伍ノ話:新たな夜
俺はゆっくりと、花宮の方を向き。
「人生は、無限にある訳ではない。必ず終わりは来る。ただそれが早いか遅いかだ。それまでに、自分が納得できるような生き方をしろ。」
そう、言葉を漏らした。
「で、では、お夕食をおつくり致しますね。」
「あぁ、頼んだ。」
そう言い、花宮は台所に姿を消していった。
「...では、やるか。」
<<<三十分後>>>
「お、おぉ...」
花宮に呼ばれ、俺は食卓の前に座った。そこには今までにないような食事が並んでいた。特別豪華と言う訳でもなく、質素と言う訳でもない。家庭料理だが、しっかりしている。
「これ、お前が作ったのか?」
「は、はい...なにか、御不満でしたでしょうか...」
「あ、いや、そう言う訳ではない。久々にまともな飯を見たからな。」
そう言うと、俺は食事の前に腰を下ろした。
「...」
「何をしている。お前も座れ。」
「え?あ、はい...」
俺がそう声をかけると、花宮はゆっくりと座った。
「...お前、自分の分はどうしたんだ?」
よく見ると、机の上には一人分の食事しかなく、
「え?...あ!」
どうやら、前の家での習慣が残っていたらしい。確かに、前の家では少量の米と水しか口にしていないと言っていた。
「...はぁ、俺の分を食え。」
「い、いや、そんな...」
「気にするな、お前が食わねば俺が気を遣う。だから食え。」
「...」
だが、花宮はどこか不安げな顔をしていた。
「...はぁ、なら、命令すればいいのか?」
「え?」
花宮は口を開け、しばしの間固まった。
「冗談だ。俺は半分食う。あとはお前が食べろ。」
そう言って、俺は食事の半分を食べ、残りを花宮に渡した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「...あ、あの、翡翠様...」
「ん?」
「...本当に...よろしいんですか?」
「何度も言わせるな、お前が食べないんじゃ、俺が気を遣う。」
そう言い、翡翠様はお茶をすすった。
翡翠様は言った通り、食事を半分だけ食べ、残りを私の方へとやって来た。久しぶりの食事のはずなのに、なんだか罪悪感が湧いてきた。
私はゆっくりと、食事に箸を付け、口に含んだ。
「...」
「どうだ?久しぶりのまともな飯は。」
「...」
「...花宮?」
「...」
知らず知らずのうちに、私は涙を流していた。涙をこらえようとしても、なぜか流れ続けていた。
「...美味いか?」
と、翡翠様が微笑みながら訪ねて来た。私は涙を拭き、満面の笑みで、
「...はい。とてもおいしいです。」
「...それはよかった。」
私は再び箸をつけた。と、私はあることに気付いた。翡翠様が食べてた箇所はどれも、お肉の脂身が多い部分や、野菜の芯や根に近いところばかりだということに。
私は翡翠様の方を見た。が、何食わぬ顔でお茶を飲んでいる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事が終わり、花見も洗い物が終わったころ、
「おい、先に風呂に入ってこい。」
「え?で、でも、翡翠様がまだ...」
「俺は少しやることがある。だから先に入ってこい。」
俺はそう言い、部屋を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翡翠様が部屋を後にし、私はお風呂場へと向かっていた。
「翡翠様...やることがあるっておっしゃっていたけど...」
と、そんなことを考えていた。気づくと、すでにお風呂場に着いていた。
「...ここで...いいんだよね?」
恐る恐る中に入ってみると、
「あ...」
湯気が立つ、とても大きなお風呂があった。
私は服を脱ぎ、お風呂に浸かった。
「...はぁ...あったかい。」
久しぶりのお風呂に、少し情けない声を出してしまった。
私がお風呂に浸かっていると、
「入るぞ。」
「え!?」
なんと、翡翠様が脱衣所に入って来たのだ。
「ひ、ひひひひひひ、翡翠様!?」
「安心しろ、そっちには入らん。着替えはここに置いておく、好きに使え。」
そう言うと、翡翠様は脱衣所を後にした。
「...」
私は髪と体を洗い、お風呂を出た。見ると、脱衣所には一つの着替えが置いてあった。私はそれに着替え、脱衣所を出た。
お風呂を出て少し歩いていると、
「あ...」
そこには、お酒を飲み、縁側に座っている翡翠様が居た。
「おぉ、もう出たのか。」
「あ、ありがとうございました。」
私は深々と頭を下げた。
「そんなに頭を下げるな。普通の生活を送っただけだろ。」
「...私にとっては...とても懐かしく感じました。」
と、私は言葉を漏らした。
「...そうか...」
そう言うと、翡翠様は縁側に指をさした。
「え?」
「...座れ。」
「...」
「...どうした?」
「あ、はい...」
私は翡翠様の隣に、腰を下ろした。
「...」
「...」
不思議だった。さっきの翡翠様の言葉は、どこか命令口調だったのに...優しかった。
「...」
「...お前も、飲むか?」
「え?いや、私はまだ、11の身です。」
「その年の娘が酒を口にするのはおかしなことでは無い。お前が飲みたいのなら飲めばいい。」
「...ひ...一口だけ...」
そう言うと、翡翠様は少し笑い、一杯のお酒を渡してきた。
「あ、ありがとうございます。」
「無理はするなよ。その酒は特注だから、常人ならかなりな度数だ。」
この人、わかってて渡してきた。そう思い、意を決してお酒を口にした。
「...」
「...まぁ、本当は一番度数の低い酒だがな。味も果実にかなり寄せているし、酔いもしないだろ。」
「...」
「ん?」
「...」
「...お前...酔っているのか?」
意識が遠のいていくのがわかった。視界がぼやけ、眠気と似たような感覚があった。
「...花宮」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「...」
どうやら寝てしまったらしい。ただこれで分かったことがある。花宮は下戸であり、酒を飲ませてはならないと。
「...仕方ない。」
俺は花宮を抱え上げ、部屋に連れて行った。
ゆっくりと布団に寝かせ、部屋を出ようとした時、
「...ぁぁ...」
部屋に小さく、花宮の声が木霊した。
「...」
うなされていた。寝ている時でさへ残酷にも記憶が蘇ってくる。
「...無理もないよな。」
俺はゆっくりと花宮の目もとに手を置き、術を掛けた。
「...ゆっくり...眠ると良い。」
そう言い、俺は部屋を出た。
その刹那...
「...これは...」
ほんの一瞬だった。かすかに自分の前を通ったものを切っていた。
「...妙だな...」
今回はご愛読ありがとうございました!
これからも、書き続けていきますので
よろしくお願いします('ω')ノ




