竜の紋様
「止せェ! アルム!」
「気付いてください!」
「マリアさん、逃げて!」
意味もなく彼らに声を掛ける者、目の前の光景から目を背ける者と様々な反応を見せるが、映像を見ていた誰もがマリアの死を予見していた。
(この御方だけは命に代えても――――!)
ただ、一体の竜種を除いて……。
「――――まだ粘んのかよ」
アルムは傷だらけで絶望的な状況にも関わらず、竜息を吐き続ける竜種に驚嘆の声を漏らす。
「なぁ⁉」
最大出力の魔黒閃ではないとは言え、成竜の竜息はアルムの魔法に拮抗し、僅かに上回る勢いだった。
「――――どうしてそこまで……!」
マリアは危険に晒してまで自分を守ろうとする竜種の行動に疑問を懐かずにはいられない。
「あ、やべ――――」
長時間の照射経験がないアルムはふとした拍子に熱線が逸れ、竜息に一気に押し込まれてしまう。
(ああクッソ! 制御が難しくなるけど、なりふり構っていられねェ!)
「【魔黒閃】」
押されている状況から一転、アルムは出力を上げてこの場で仕留めようと躍起になった。
(……私の竜息でも跳ね返せない!)
竜種も負けじと火力を上げるが彼の上昇率を超えることはできず、黒き熱線が彼女たちに接近し始めた。
(マリア様! 速やかにこの場から離れて下さい!)
竜種は目前に迫る魔黒閃から視線を逸らさず、彼女の脳に直接語り掛けるが――――。
「ごめんなさい……」
顔や手など露出した部位を衣服で覆い、身を屈めた状態でか細く答える。
すでに周囲の大気温度は肌身を焼き焦がすほどに高く、炎魔法を行使する彼女ですら正常に呼吸できる状態では無かった。
「マリアさん……!」
会場で眺める事しかできないミリエラは涙目になりながら彼女の無事を願う。
しかし強い魔力の衝突によって投影魔法が干渉を受け、マリアを映していた映像が途切れてしまう。
「――――何をもたもたしている! さっさと連絡を回せ!」
「監督者たちを経由して連絡を急がせていますが、竜息の衝突が魔力波にも悪影響を及ぼしているようです!」
魔黒閃中止の連絡は森林地帯の監督者の耳に入っているが、肝心のアルムに魔力波が届いておらず、ポケットに入れた伝承石は微動だにしなかった。
「やり方は問わない! 何としてもアルム選手の魔法を止めさせろォ!」
一刻の猶予も無いと判断した運営者らは声を荒げた。
「レイゼン殿、貴方の転移魔法でどうにかならないのですか?」
闘技場に設けられた貴賓席で他学園の理事長が尋ねる。
「私の転移魔法は足を運んだ場所でなければ転移できないので、非常に心苦しいですが……」
「ッ……!」
彼はレイゼンの置かれた状況に深く同情した。
(何もできないが、ただ見過ごす訳にもいかない。少し手を打とう)
レイゼンは席から立ち上がり裏手へ向かった。
(マリア様を逃がすことも出来ず、誇り高き我らがなんて不甲斐ない……ですが貴方様だけは何としてもお守りします!)
竜種は長い尻尾でマリアを包み込み、大気の熱から彼女を守る。
「何やってんだ……?」
不自然な尻尾の動きはアルムにも見えたが、特に気に留める事ではないと判断し、攻撃の手を緩める事は無かった。
「……ガ――――アァ……」
そして体内に残留する空気を使い果たし、竜息がピタリと無くなると熱光線が竜種の外皮に接触する。
(かならず、お守り――――)
如何なる攻撃も耐え忍ぶ、そう意気込む竜種だったがほんの数秒で頭、そして首下の胴体を消し飛ばす。
直後、トールズすら超越する速度で長槍が飛来した。
「ちょっ――――⁉」
意識の外からの攻撃に防御も迎撃も間に合わず、尻を地面に付けてなんとか回避に成功する。
出現不明の長槍は岩壁に深く突き刺さった。
「はぁ、はぁ……」
息の仕方を忘れていたかのように呼吸を再開し、混乱しながらも魔力波を受信する伝承石を手に取った。
「もしもし?」
「トールズだ! マリアが竜種に向かったかもしれねェから攻撃は待ってくれ!」
トールズの連絡に彼は胸が締め付けられる感覚に襲われた。
「はっ⁉ ……嘘だろ、そんなこと今言われたって――――」
彼はトールズとの連絡を遮断し、崖から飛び降りる。
(今はマリアの安否確認が先だ!)
アルムは地面の手前で崖に短剣を突き立てて着地し、竜種の元へ駆け参じる。
「マリア先輩! どこですかァ!」
彼女の正確な居場所は把握していないが、竜種の周辺に潜んでいると考え隈なく探し歩く。
すると森の奥で何者かが咳込む音を感じ取り、足早に現場に駆け付けた。
「マリア……?」
アルムは探していた対象が見つかったにもかかわらず、疑惑の表情を浮かべる。
とくに大怪我を負っている訳でも、体が焼け焦げていた訳でもない。
はたから見れば軽い火傷はあっても、無事と言って差し支えない様子。
ただひとつ、小さな額に象られた竜の紋様を除けば、の話だった。




