山岳地帯、突入
「はぁ――――マリアちゃん! 着いたよぉ……」
「――――はぁ……もう、限界です!」
30キロの長い道のりを乗り越えたスベンとラビスは疲労困憊な様子だった。
「ここからが山岳地帯……」
視界に収まらない程の大きな山々を前にマリアは喉を鳴らす。
『アルム選手が囮となって一足先にエンドリアス学園が山岳地帯に到着します!』
『選手たちの注目を一挙に引き受けているとはいえ、到達時間はかなり早いですね。魔力の消耗は尋常ではないようですが、結果としてかなりの距離を進めているようです』
『しかしあの状態で山道は走れないでしょうし、それなりの休息は必要そうですね』
「【召喚】」
地面に向けて手をかざし、構築式を展開すると魔力の波動とともに大きな熊が姿を現した。
『ここでマリア選手! 大熊を召喚します!』
「大熊ちゃん、私たちを山頂まで運んでくれる?」
小柄な彼女を遥かに上回る大熊にお願いする姿は捕食されまいと命乞いをするように見えた。
「「「…………」」」
そんな光景を目にして人々は何も起きないよう静かに願う。
『だ、大丈夫なんでしょうか……? 召喚獣に襲われたりとか……』
そして実況役すら不安に駆られて見守る始末、それ程までにマリアという少女は庇護欲を掻き立ててしまう存在だった。
「……ちょ、くすぐったいな――――あとで遊んであげるから今は競技に集中しよ」
しかし大衆の心配を余所に大熊は焦げ茶色の毛並みを彼女の頬にスリスリと擦り付ける。
嫌な予感が的中しなかったことに会場全体が安堵の表情を浮かべていた。
「よいしょっ!」
マリアは大熊の背中に疲弊した彼ら仰向けに寝かせた状態で乗せ、落ちないよう制服をしっかり掴む。
「頼んだよ、大熊ちゃん!」
主人に軽く返事をするとドタドタと足音を立てながら山道に足を踏み入れた。
『……心癒される光景に目を奪われて実況を忘れていましたが――――休息を取らずにエンドリアス学園は山岳地帯に突入します!』
『目の前の事だけで手一杯にならず、二手三手と先を見据えて作戦を立案するのは長期戦の競技には必要不可欠です。これはエンドリアス学園が一枚上手だったかもしれませんね』
『なるほど、高い実力と計画性を有した選手が揃っていたからこその結果という訳ですね。では森林地帯の戦いを見てみましょう!』
映像が移り変わると地面に伏して苦悶の表情を浮かべる選手が散見された。
「【風刃】」
空を斬り裂くような風の刃がアルムの喉元に向けて放たれる。
しかし黒いオーラを纏った黒棒に触れた途端に魔法特性はかき消され、彼の体にそよ風が通り過ぎる。
「クソっ! ふうてんしょ――――」
「遅ぇ」
第二の魔法を放つ前に彼の懐に入ると脇腹に目掛けて黒棒を振り抜き、数本の肋骨を叩き折る。
「ぐあああァァ……!」
選手のかれは肋骨を押さえながら痛みに耐え忍んだ。
「とりあえずこれで全員だな……」
『何という事でしょう! 40人近くの選手に囲まれていたにもかかわらず単独で制圧してしまいましたァ! ちなみにこれはルール的には有りなんでしょうか……?」
『妨害許可区画で許されている傷害行為について詳しく明記されておらず、現場の監督者の判断されます。その上で私から言わせてもらえば、ルールの範疇だと思います』
(ルールの抵触行為の一つとして『再起不能、もしくは回復薬の治癒範囲を大きく逸脱した傷害を与えた場合』と明記されている。そして俺が彼らに与えた傷害は酷くて骨折くらいなもの、回復薬を服用しなくても走ることは可能だ……)
「多分、問題ないはずだ……」
ルールの穴を突いた見事な戦術だと言われるかもしれないが、監督者が抵触行為とみなされれば失格となるため、アルムの内心は決して穏やかでは無かった。
「それにしてもマリアが言っていた『トールズ』って奴は誰だったんだ。雷魔法の使い手としても一流だって言ってたから警戒はしてたんだけど……」
アルムは地に伏せている選手たちを見渡すが、探している彼はこの場から姿を消していたのだ。
「――――――――!」
そしてベルモンド王国の岩窟で寝静まっていた竜種がまぶたを開けた。




