不安の種
百キロ走の調整を終えた俺は魔撃墜と一対一の練習場である円形闘技場に向かった。
七か国の魔法学園生が密集しないよう時間帯は区切られているが、それでもうちの生徒以外の学生も見受けられた。
「あらアルム君、百キロ走の練習はもう良いのですか?」
「ええ、王都周辺の走行ルートを確認しただけなのでそんな時間は掛かりませんでした」
「それは良かったです。我々も会場の確認と軽い練習で済ませたので調整は全員終わりました。アルム君も射撃練習がしたかったら、あちらの的を狙って下さい」
中央のフィールドに足を踏み入れるとカルティアが出迎え、百メートル以上も離れた岩壁を指差した。
「遠慮しておきます、どうせ明日には実戦が待っていますから」
どんな調整をしているのかと思って来てみたが、これなら練習の必要はない。
「出場する気があるのは良い事です。私は夜の懇親会まで時間があるのでもう少しここで交流を深めています」
そう言ってカルティアは他国の選手候補生たちの元へ歩いて行った。
三週間以上前の謁見以降、表立って嫌ったり避けるような様子は無く、何事も無かったかのように接してくれた。
まあ国王にはこっぴどく叱られたらしく軽い小言は言われてしまったが、この程度で済んでいるだけマシと考えたほうが良い。
「アルム君、百キロ走の練習お疲れ様です」
「ミリエラ先輩」
カルティアと入れ替わるように三年の女先輩が顔を見せる。
ミリエラは他の生徒会役員と比べて交流は少ないが、魔撃墜の練習で何度か話したことはある。
「マリアさんは大丈夫でしたか?」
「……? 質問の意味は分かりませんが明日の競技について色々と教えて貰い、とても頼りな上級生でしたよ」
彼女が居なければルールについて中途半端な理解しか得られず、いつの間にか抵触して退場していたかもしれない。
「……杞憂かもしれませんが頭の片隅に置いて欲しいものがあって、聞いてもらえますか?」
「はい……」
神妙な面持ちの彼女を不安に思いながらも耳を傾ける。
「……実は、竜種がベルモンド王国に棲み付いているとの噂を小耳に挟みまして――――」
「竜種ですか⁉」
「アルム君! 声大きいです……!」
予想だにしていない言葉に驚いて声を張り上げてしまう。
幸いなことに闘技場内は調整の為に多くの選手候補生が集まって喧騒に包まれていたため、俺の声が拾われることは無かった。
「……だれからそんな事を聞いたんですか?」
「……噂なので、誰からと言われても困ります」
誰かが話しているのを盗み聞きしたという事か?
「聞いた場所さえ分かれば情報源を探って来るので、大体でいいですから教えてください」
「……カゼです」
ミリエラは考えた末にボソッと呟く。
「すみません、もう一回言ってもらってもいいですか?」
しかしお互いに近付いて話しても上手く聞き取れなかったため、再び聞き返すとなぜか顔を赤らめた。
「……か、風です、風の噂です……風が勝手に教えてくれた噂なんです。だから分からないです」
「はぁ⁉ 何言ってるんですか? 真面目に答えてください」
理解できない発言に強めに聞き返すと、すみません……と言って謝罪されてしまう。
「……いや、こちらこそすみませんでした」
理解し難い行動だったが何か言えない事情でもあるのだろう。
そもそもガセである可能性もあるしな――――いや待て。
「ミリエラ先輩、どうしてそれを俺に伝えようと思ったんですか?」
「貴方やマリアさんたちは明日、ベルモンド王国の中を走るので念頭には入れて置いて欲しいなと思って伝えました」
俺の予想が正しければその竜種は|裏社会の最高幹部《アイビス=ブレイバード》が召喚した竜種の可能性が高い。『支配下から抜け出した』とか言っていたし、騎士団が竜種の群れを発見した時、エンドリアス王国の南部だったらしいからベルモンド王国との位置を考えればあり得ない話ではない。
「……少し野暮用が出来たので失礼します。竜種の事もありがとうございました」
そう言って俺は竜種の情報を得ようと動き出す。
自国の不始末を片付けたいという考えもあるが、もし明日の百キロ走で選手たちが竜種と遭遇すれば、多くの死傷者を出すことは火を見るよりも明らかだ。それに俺が戦った竜種は成長途中であり、オリバーたちが消耗させてくれたお陰で簡単に倒せただけ。
「居場所が突き止められれば今日中にでも討伐に行きたい……!」
俺は情報を持っていそうな場所を考察しながら大会会場を後にした。




