レブロック山脈
「坊主、これの赤色があるか?」
「在庫を確認して来ます。少々お待ちください」
中年男性から上着の在庫を尋ねられ、足早に一階の在庫置き場へ向かう。
「赤色、赤色、赤色……あった」
商品を見つけた俺はお客さんの下へ駆ける。
「こちらでお間違いありませんか?」
「おう、ありがとうな!」
満足そうな表情を浮かべて会計の列に並んでいった。
「店の売り上げに貢献しないと……」
おれは引き続き店内を見回る。
転生してから八歳になり店の手伝いを任されることが多くなった。正確には自ら働きたいと頼んだのだ。
それはレイナが第二子を妊娠したからである。
ロイドがこの店を立ち上げた後に製糸店の従業員だったレイナと出会い二人は結婚した。俺を身籠っていた頃はまだ駆け出しだったということで、ロイド一人でも切り盛りできたが今じゃ王都でも指折りの人気店にまでのし上がった。
その上、季節は冬に移り変わり冬物の衣服が大人気だ。レイナも出来る仕事があるが匂いに敏感になって仕事にならないらしい。
俺は日頃お世話になっている恩返しとして店の手伝いをしているというわけだ。
「アルムちゃん、久しぶり」
「メーデルおばさん」
背後から話しかける高齢女性は王都内で診療所を営む夫人で、魔法テストで怪我をしたり風邪を引いた時はよくお世話になっている。
「こんな小さいのに頑張ってて偉いねぇ」
軽く頭を撫でられるとポケットから砂糖菓子を寄越す。
「……お母さんの体調は良くないのかい?」
「そうですね。吐き気とか頭痛とか辛そうで……そうゆう症状に効くお薬はありませんか?」
薬学に関する知識が豊富な彼女に尋ねる。
「あるにはあるけど、特効薬じゃないから副作用が心配だね……」
「特効薬、あるんですか?」
彼女は失言したような表情を浮かべる。
「それは、その……」
「教えてください! ぼく、お母さんに元気になって欲しいから!」
煙に巻こうとする彼女を子供らしい素振りで引き留める。
「……レブロック山脈に自生している薬草があれば、ねぇ」
レブロック山脈とはエンドリアス王国北部に連なる長い山脈のことだ。
「あれば? 今は手元にないんですか?」
引っ掛かる物言いに探りを入れる。
王都は北寄りに位置するため山の麓までそう遠くない距離、商人に頼めば行けないことは無い。
「ええ、色々な薬に使うから商人の人達に頼んだのだけど、しばらく入荷の目処が立っていないのよ」
「何かあったんですか?」
「それがね、山脈付近に大蛇の魔物が出たらしいのよ。困ったわ」
メーデルは大きくため息を吐く。
冬の季節、しかも山脈で蛇の魔物が活動しているとは思えないが……。
「その薬草ってどうゆう見た目なんですか?」
「お薬のこと気になるのね。診療所に来てくれれば詳しく話せるけど来る?」
「それじゃあ手伝いが終わったら行っても良いですか?」
「分かったわ。でもその前に白いセーターを見せてくれないかしら?」
「勿論です。案内します」
世間話を終えたおれはメーデルと店内を歩き回った。
***
夜を迎えて家族で夕食を囲んでいた。
今日は雪が降っていて以上に冷え込むため暖炉を焚いている。
「メーデルさん家に行って何したんだ?」
夕食を配膳し終えたロイドは椅子に座りながら尋ねる。
「……おいしいお菓子を貰っただけだよ!」
薬草ことを伏せようとスープを口に運ぶ。
「――――しょっぱっ⁉」
「嘘つけ、お父さん頑張って作ったんだぞ――――しょっぱっ! なんで⁉」
怪訝な表情を浮かべてスープを覗くロイドだが、作ったのは本人である。
レイナの体調が優れないため、最近ではロイドがご飯を作るのだがお世辞にも美味しいとは言えない。
「ごちそうさま……」
出された夕食にほとんど手を付けずにレイナは席を立つ。
「ちゃんと食べないと駄目だぞ」
「食欲がないの。それに貴方のスープは美味しくないわ」
「…………」
そう言ってレイナは寝室に籠る。ロイドは去り際の一言で意気消沈した様子。
最近はずっとこの感じでレイナは不調で機嫌が悪く、言葉の節々に棘がある。辛さを理解しようと努めるロイドも仕事と家事で疲労困憊。
お互いに余裕がない状態で少しギスギスしている。
二人には仲良し夫婦でいてもらうため、俺が何とかしなくては……。
「皿は俺がやっておくから休んでて」
「……済まないな」
椅子から立ち上がってソファーに体を預ける。
この様子だと朝まで熟睡だろう。
「レブロック山脈は今夜決行だな」
俺は食器とたわしを両手に持って夜の予定を決定した。
***
時針が十時を過ぎた頃、俺は毛布を退かしてベットから降りる。
外着の上から毛皮のコートを羽織って窓を開ける。零度を下回る冷たい風が俺の肌に突き刺した。
屋根に薄っすらと雪が降り積もっているが大した障害にはならない。
「行ってきます」
俺は小さく呟き、屋根の上を駆け出した。
メーデルから教えてもらった薬草の群生地までおよそ70キロ。体が成長し、魔法力も上達したが道草を食っている余裕はない。
白く積もった屋根を飛び越えながら外壁を飛び越える。
薬草の特徴はメーデルの図鑑で記憶したが、問題があるとすれば魔物のほうだ。蛇系の魔物は何体か知っているがどれも冬に活動するような個体ではない。見間違えだという線もあるがこの知識は前世のもので五百年もたった今、新たな個体が存在しても不思議ではない。
急ぎの用が無ければ駆除しても良かったが、一番の失敗はロイドたちに家出したことがバレること。
「当初の目的通り、薬草取りに集中しよう」
森の小道に足を踏み入れ、さらに加速した。
***
「……凄ぇ雪」
平らな小道を抜けて山道に差し掛かろうとした所で降雪量が増え、足首の高さまで雪が積もっていた。
影移動で目的の場所まで行きたかったが、ぶ厚い雲で月が覆われてしまい地上に月明かりが届かない。
光と影の境界が存在しない場所では使えないのがこの魔法の欠点だな。
不慣れな雪道に戸惑いながらもザクザクと音を立てて踏み歩いた。
「はぁ――――もう疲れた!」
山道を歩き始めてから数十分後、俺はその場に仰向けで寝転がる。
膝下近くまで積もった雪が俺の体を冷たくも優しく包み込む。
休憩しているが状況はあまり芳しくない。
俺はメーデルから正確な薬草の位置を教えてもらったが、広大な山脈の中から見つけ出すだけでも骨が折れる。その上、地表は雪で覆われて見つけ出すハードルが数段上がってしまった。
「雪を解かす魔法でもあればな……」
そう弱音を吐くがそんな魔法は無いだろう。解かすだけなら火魔法が最適だが、ほかの魔法を習得したかったため後回しにしてしまった。
家に帰ったら習得する優先度についてもう一度考えなければ――――。
「……⁉」
微かだが視線を感じる。
俺は気付かないふりをして仰向けのまま周囲を観察した。
こんな大雪の山で人? 猟人……もしかして山賊か?
視線を向ける正体を考えていた時、地中から大きな震動を感知し即座にその場から離れる。
徐々に揺れが強くなっていき、地面の中から魔物が姿を現す。
「泥潜蛇」
紫みがかった青色の鱗を全身で覆い、鋭く細い眼光は『捕食者』という印象を浮かばせる。
地中に隠れていて全長は分からないが、見えているだけでも八メートルはある。こいつが雪山で暴れていたら、商人が手を出せないのも納得だ。
「でも、何で?」
前世でも存在した魔物だがやはり冬場に活動する個体ではない。
この五百年で寒さに適応できるよう進化したか、或いは俺に視線を向ける人間たちがこの蛇に何か施したのか。
どちらにせよ、逃げられる状況では無いか。
「忙しい時ばっか、厄介事が降って来るな」
そう言いつつも気分転換と考え、前向きに捉えることにした。




