明日の競技
宿舎に到着した俺たちは速やかに昼食を食べ、各々の競技種目の調整を行うために向かっていた。
「アルム君、本当に百キロ走を先に練習して良かったのかい?」
百キロ走の選手候補生のスベンは心配した様子で尋ねる。
「百キロ走は明日にありますから多めに練習しておきたいんですよ。それに全種目顔を出すつもりなので心配には及びません」
「はっ! 大会前日まで全種目出場できると思っているなんておめでたい奴だ」
「……気にすることはないよ」
俺の言葉をよく思わなかった上級生が後ろから悪態を吐いた。
彼は途中から百キロ走の練習に参加した三年生、と言いたい所だが他二種目で出場できないと悟ってこちらに来た先輩だ。
出場選手を決定するのは行われる競技当日になるため、それ以前の活躍次第では出場できる可能性もゼロではない。しかし大会運営の都合上、種目に出場候補生は二週間前に申告しなければならないため、早々に見定めるしかないのだ。
「この人たちの中から何人が選ばれるんだろう……」
ラビスは未だに明かされていない出場枠に不安な表情を浮かべる。
現在の出場候補生数は34人、本校の候補生の半分以上の生徒がこの競技に集まったことになる。
出場人数に実質的な制限が無いため全員が出場することも可能だが、一定の順位を下回れば大きくマイナスになってしまう事は避けられない。
「去年の出場枠はどれくらいだったんですか?」
「えぇと、確か……」
「本校は四人、多い学園では六人です」
「マリア先輩!」
スベンの代わりに小柄な二年生女子が回答する。
「去年から練習に参加しているだけあって詳しいね」
「当然です! 明日に備えて色々と調べてきましたから」
自信満々に答え、マリアは自分の胸をポンと叩いた。
彼女の熱意は伝わってくるのだが……イベントを楽しみにする妹にしか見えなかった。
「……アルム君、私に何か言いたい事でも?」
俺の思考に勘付いたのかマリアは鋭い視線を飛ばす。
「いえいえそんなぁ……競技で走るルートを教えて貰っても良いですか?」
「良いでしょう、先輩として後輩にご教授してあげます!」
それらしい質問を投げかけて誤魔化すことに成功する。
「百キロ走は大会運営が定めた区間を走ることになります。大会会場からスタートし、最初の10キロは王都内や平野など人が住んでいる区間を走ります。ここでは選手同士の妨害や干渉する行為は禁止です」
「はい、マリア先輩」
「何でしょうか、アルム君?」
「ルールに抵触する行為を行った場合はどうなるのですか? また誰がどうやって判断するんですか?」
「良い質問ですね。まず不正や遭難を防止するため出場選手たちには追跡の魔道具と現地の様子を見るための魔法、そして区間ごとに監督者を配置しています。そして禁止行為を見つけた場合、故意かどうかの真偽を大会運営の人たちで行われます。そして故意と判断された場合は退場となり監督者から通達、素直に従わなければ拘束されます」
彼女の熱意は決して嘘ではなかったようで饒舌に俺の質問に答えた。
「ルールに抵触したのは良くありませんけど少し強引というか……」
「なに甘いことを言っているんですかラビスさん! 魔導大会は近隣諸国との交流を図る大切なイベントなのです! ルールも守れない輩はさっさと退場してくれれば良いんです!」
情状酌量の余地を見出す彼女をマリアは真っ向から正論をぶつける。
「まあ勿論、選手たち全員が真面目に競技に参加してくれることを願っていますよ……!」
マリアは気圧されてしまった俺たちに決して本意で無いこと伝えた。
「話の腰を折ってしまってすみません。それで10キロの妨害禁止区間を超えたらどうなるんですか?」
「そこからは魔物が蔓延る森林地帯、勾配の激しい岩山エリアに入ります。勿論、生徒同士の妨害行為も許可されます」
「質問良いかな。去年の百キロ走を見ていると妨害行為が許されている区間でも妨害を理由に退場した選手がいた気がするんだけど、あれもルールに抵触したという事かな?」
俺の次にスベンが彼女に尋ねる。
妨害行為にも許容されない境界線が存在するのか、または別のルールに抵触したのか、これは俺も聞いておきたい事項だ。
「良い質問です。確かにその選手は妨害を許された区間で魔法を放った、それ自体に問題はありません。しかし相手の行く手を阻んだり行動を制限したりするのが私たちに許されたルールであり、それを逸脱することは許されていません」
「それらを逸脱する……再起不能、ですか?」
俺の言葉をマリアは静かに頷いた。
「その選手は岩山エリアを走行中に頭上の岩壁を爆破し、他の選手らにたくさんの瓦礫を落としました。魔法で防いだり回避できれば良かったのですが、対応が遅れた生徒は体が圧し潰され、意識不明の瀕死状態に陥ってしまいました。幸い、監督者の迅速な対処によって一命は取り留められましたが大会が終わった後もしばらくの間、意識が戻らなかったそうです……」
マリアはまるで当事者ように悲しそうな顔を浮かべていた。
憧れていた種目に凄惨な事件が起きればそんな顔も浮かんでしまうだろう。
「「「…………」」」
暗い終わり方をしまったせいで全員が押し黙ってしまう。
「だから妨害かどうか判断に困ってしまった時は、自分の身の安全を守る事を第一に考えろって事だ! 明日は我が身ってやつだな!」
「「「はい!」」」
先頭に立っていた監督教師のバルデンはそう言って陽気な雰囲気を取り戻させる。
「一番戦闘が少ないと思ってた種目でもこんな危険なんだね……」
「ああ、それだけみんな必死なんだ」
無論、俺も好成績を収めるために全力を尽くすが、消える事の無い傷跡を残してまで掴みたいとは思わない。
今までは死に値する敵や殺しても問題ない相手、きちんと整備された場所で戦って来た。だが明日の種目は意図せず大勢の人間を巻き込みかねない。
「使用する魔法は今夜中に考えておかないとな……」
俺はマリアの説明が聞けたことを心の底から良かったと思った。




