出場する者たち
翌日の朝、アルムは不安を胸に登校していた。
(家に来たって事は嫌われている訳じゃなさそうだし、とりあえず昨日の誤解は解こう……!)
「よし――――」
アルムは前を向いて歩き出すが背後から肩を掴まれる。
「少しお話があるのでご同行お願いします」
振り返る間もなく路上から転移し、見慣れた部屋に移動した。
「……レイゼン!」
「昨日ぶりですね」
凄まじい形相で睨みつけるアルムに対してレイゼンは爽やかな笑顔を見せる。
「何の用だよ!」
告発したことへの報復だと考え、数歩下がって戦闘態勢を取った。
「こんな朝から血の気の多い人ですね。紅茶でも飲んで落ち着いてはいかがですか?」
そう言って棚からティーカップを下ろすレイゼン。
「誰がお前と紅茶なんか飲むか! さっさと用件を言え!」
「……貴方が察している通り、昨日の告発の件です」
「俺から言わせれば敵対しているとは言わねェ、ただ真実を語っただけだ」
アルムは謝罪はおろか、悪びれる様子もなく言い放った。
「そんな暴論がまかり通ると思っているのか、と言いたい所ですがその主張は失敗に終わったようなので今回は目を瞑りましょう」
だが王侯貴族から僅かばかりの信頼は無くなり、レイゼンの株を上げてしまった現状を見ればどちらが敗者なのか言うまでも無かった。
「……そうやって自分の優位性を見せつけたかったのか? 性格悪ィな」
この状況では自分が惨めになると分かっていてもアルムは悪態を吐き続ける。
「私は昨日のような軽率な言動を慎むように、と伝えたかったのです」
「そりゃあ戯言だと思われようが、自分の正体を言いふらされるのは嫌だもんな」
「私は貴方の立場を憂いているのです。せっかく学園での力関係を確立し、貴族たちからの信頼を得られようとしたのに……」
「なに教師面して説教してんだ、だったら素直に容疑を認めろ」
嫌味のように聞こえたアルムは突き放すように言うが、レイゼンの表情にはどこか心配しているように見えた。
「それとこれとでは話は別です、それに肩書きは理事長ですので」
「あっそ、話しが済んだならもう行くから」
そう言い残して理事長室を後にする。
「ええ、授業頑張ってくださいね」
レイゼンは軽く手を振ってアルムを見送った。
「……あと三分」
レイゼンは自室の時計を一瞥すると再び棚からティーカップを取り出す。
水魔法と火魔法が刻印された蛇口を捻ってお湯を注ぎ、ゆっくり時間を掛けて茶葉を浸した。
「来たか」
カップに入れようとした瞬間、机の方から振動音が聞こえ、引き出しを開けて伝承石を手に取る。
「……私だ」
「――――おはようございます、先生」
振動がピタリと止まり、伝承石から男性の声が聞こえた。
「おはよう、モーゴット。そっちの様子は変わりないか?」
「ええ、最初こそ問題がありましたが今ではロードスト学園の教師として馴染めています……リベルも、物凄く頑張っています……」
モーゴットと名乗る男は簡単に現状を説明する。
「本部の監視という任務はあるが決して無理はしなくていい、今はきみたちの時代にはなかった『学園生活』というのも楽しんでくれ」
「はっ、そのようにリベルに伝えておきます。ライオスたちにはこれからですか?」
「本当はきみたちよりも先に連絡を寄越す手筈になっているのだが、起きていないか支度に時間が掛かっているかのどちらかだろう」
「ッ……!」
モーゴットはそんな彼らの様子が容易に思い浮かんだ。
「……本当に申し訳ありません。あいつらには私からきつく言っておくので、どうかご容赦ください」
「はは、むしろあの二人らしくて良いと思っている。理事長と言っても忙しいわけじゃない、向こうからの連絡を気長に待つとするよ」
「寛大なお心遣いに感謝を……」
「ロードスト学園の選手候補生はどうだ?」
レイゼンはそう切り出して本題に入る。
「例年と同様にまずまずと言ったところです。ライオスやタリオナ程度の実力者は見受けられません」
「リベルも実力なら候補生に選ばれてもおかしくは無いんだが……」
「あの子は人前に立つ性格ではありませんからね、そこは惜しいところだと思っています」
全くだ、と言ってモーゴットの意見に共感し、ティーカップに紅茶を注ぐ。
「他校の情報も耳にしますが、ほとんどの学園が出場選手は上級生と聞きます。ライオスたちも鍛錬しているとはいえ、今年もベレス=ダーヴィネータの優勝でしょうね」
「……それはどうかな」
しかしモーゴットと見解を肯定することは無かった。
「エンドリアス学園に彼を超える新入生でも入ったのですか?」
「断言はできない、彼は大会の勝ち負けとは別に目的があるみたいだからね」
レイゼンは紅茶を飲んで一息吐く。
「ただ今年の魔導大会は例年通りにはいかない、それだけは肝に銘じておいてくれ」
「分かりました。では朝礼の時間なので失礼します」
「ああ、大会会場で会おう」
楽しみに待っていますと言ってモーゴットは魔力波を中断し、連絡を絶った。
「全く、朝から気分最悪だぜ」
アルムは溜まった怒りを発散させようと力強く廊下を踏みしめ、そんな彼の後ろにひっそりと隠れてラビスが話しかけるタイミングを見計らっていた。
(何だかアルム怒ってる、やっぱり昨日の事で腹を立てているのかな……)
逃げたい衝動に駆られるも首を大きく横に振る。
「あ、アルムっ!」
そう言って彼女は廊下の角から姿を現し、大きな声でアルムを呼んだ。
「ら、ラビス……」
気持ちの整理が出来ていなかった彼はぎこちない様子で振り返るが、意を決した彼女はスタスタと歩いてアルムとの距離を詰める。
「昨日の事は本当にごめんなさい!」
殴られると思い静かに目を瞑るアルム対し、ラビスは深々と頭を下げた。
「勝手に一人で暴走して……こんな気分屋な私とだけど、仲直りさせてください!」
「……何言ってんだよ」
許して貰えなかった、そんな不安を抱えて彼の顔に視線を向ける。
「そんなの当り前だ、むしろ怒らせるような事をして悪かった」
アルムは笑顔で答え、心の底から安心したようだった。
「アルムは悪くないよ! あとで会長さんにも謝らないと……」
「ついでに言っておくけど、あれは完全に誤解だ! 俺はカルティア先輩なんて全然――――」
アルムはすぐさま訂正しようと試みるも指を立てて静止させる。
「うん、分かっているから言わなくて大丈夫!」
「そ、それなら良いけど……」
誤解が解けたのか怪しい反応だったが、彼女の言う事を信じて追及することは無かった。
「それよりも今日の放課後はどの競技を練習しに行くの?」
「昨日は王城に行って参加できなかったし、今日こそは魔撃墜の練習だな。そっちこそ百キロ走の練習はどうだった?」
「凄く走らされて大変だったよ。こう見えて筋肉痛を我慢して歩いてるんだ!」
関係を修復した二人は嬉々とした様子で教室へ向かった。
***
エンドリアス王国南西に位置するベルモンド王国内の収容所――――。
「死ねェ! サイコ野郎!」
鉄格子の部屋の中、囚人服を身に纏った男は青年に向けて短剣を突き立てるが紙一重で攻撃を避ける。
そんな命を賭した戦いを繰り広げているにもかかわらず、青年は退屈そうな顔を浮かべていた。
(なぜ避けられる⁉ なぜ恐怖を感じない⁉ こっちは魔力で肉体を強化して、ナイフも持っているんだぞ!)
囚人は目の前の相手との実力差に恐怖を覚え、急いで決着を着けようと果敢に攻め入る。
「飽きた」
そう言うと彼は短剣の持ち手を思いっきり素手で殴る。
「ウアアァ――――!」
突然の反撃に悲痛の叫び声をあげる囚人、しかし青年は容赦なく体を殴り続けた。
「――――くっそォォ!」
抵抗しようと何度も手を出すが即座に殴り返され、反撃の隙すら見えない猛攻に囚人はいつしか心が折れてしまった……。
「もぉ、ころすてェ……」
顔は勿論、全身の至るところを殴打し、短剣で自殺することはおろか喋る事さえままならなかった。
「フッ、殺人鬼と聞いて少しは期待していたが魔力を使わせてもこの程度。殴り損だな」
無様な囚人を見下していた青年は吐き捨てるように言い放つと止めも刺さずにその場を後にする。
「ここに居ましたか、ベレス殿! 囚人の処遇も決めずに勝手な行動は慎んでいただきたい!」
大きな腹を抱えたベルモンド国王はベレスの行動を非難した。
「別に良いでしょ、どうせ死刑なんだし……」
「牢の中で死因が打撲死だったなんて民衆に知られるのが不味いのだ!」
国王が説教する傍らでベレスは回復薬を飲み干すと地上に向けて歩き出す。
「だったら治癒でもなんでもすれば良い、辛うじて息があるからな」
「なんと⁉ そこの看守! さっさと治療させるのだ!」
国王はそばに控えていた看守を怒鳴り付け、ベレスのあとを追った。
「魔導大会が控えているのだから問題行動は控えて貰いたい」
「そう言えば今年もそんな大会があったな、興味ないから忘れてたよ」
強がって言っているように聞こえるが、彼の瞳には囚人と戦っていた時と同様に退屈に満ちていた。
「興味が無いのは結構だが、今年も優勝して我が国の威信をみせてもらうからな!」
「はいはい……」
ベレスは素っ気ない様子で答えた。




