王族謁見
放課後、俺とカルティアは校門で合流した後、王城へ向かっていた。
正直な話、約束を忘れて逃げ出したかったが友人を家に招待するのとはわけが違う。
ここで逃げればどんな社会的制裁が来るのか想像も及ばない、というか想像したくない。
「王城に来るのは初めてですか?」
隣で歩く彼女は軽い冗談なのかそんな事を尋ねる。
「当り前じゃないですか。俺みたいな平民が足を踏み入れて良いわけがありません」
「実は前にも貴方を招こうかと父上たちが話していたんですよ」
父上たち、ということは国王と貴族たちの事だろうか。
「招かれるような事をした覚えがありませんね。それよりも俺が呼ばれた理由を話してくれませんか?」
これも冗談である可能性が高いため分からないふりをする。
もし本当にそんな話が上がったとすれば、恐らく魔物討伐試験のことだろう。
「群れを壊滅させた張本人なら心当たりはあると思いますが、南部に出現した竜種についてです」
「壊滅させたなんて誤解です。騎士団が仕留め損なった竜種を狩っただけですよ」
驚いた恍けるような反応はこの状況では不自然なため訂正だけに止まる。
誰にも話すなとは言ってないから別に文句はないが、その件はほとんどの民衆に知られていない。だから時期や場所を見計らわず声を掛けたカルティアには疑問の余地がある。
「やっぱり父上が言っていたことは本当だったんですね。実物を見たことが無いのですが、やはり竜種は強いのですか?」
意外にも興味津々に訊いてくる彼女に驚きを隠せない。
「どうでしょうね。俺は瀕死な竜種としか戦っていないので、ですが騎士団に大打撃を与えたのは事実なので、他の魔物ととは別格なのは間違いないでしょう」
「なるほど……」
聞きたかった言葉を聞けて満足したのか薄っすら笑みを浮かべる。
「……竜種が強いと何か良いことでもあるんですか?」
竜種に憧れや畏怖がある人間は一定する存在するが、そのような反応とは違うように見える。
違和感を覚えてしまう反応に思わず尋ねた。
「……ええと、やっぱり竜種は強いんだなと思いまして!」
その慌て様はいつもの口調すら忘れてしまうほどだった。
本当に何があるんだ……?
「まあ再び竜種が王国に降り立った際は、出来る限りの尽力はするのでそんな心配しなくても大丈夫ですよ」
だが竜種の存在が彼女の不安を掻き立てているのは間違いないはずだ。
ならばその不安を取り除く言葉を聞かせることが俺に出来るせめてもの事だ。
「……ありがとうございます、その時は頼らせていただきますね」
いつもの様子を取り戻し上品な笑みを浮かべた。
***
その後は学園の話をしながら城壁を越えて王城入り口まで辿り着く。
「アルム君は客室で待って頂くことになるので使用人の案内に従って下さいね」
弟に言い聞かせる姉のような口調で耳打ちする。
俺は軽く頷くとカルティアは門兵に扉を開けさせた。
「すげぇ……」
高い天井に灯されたシャンデリアと広々とした空間が広がっており、その圧巻の光景に啖呵の声を漏らす。
「行きますよアルム君」
そんな俺に声を掛け、彼女の後を追って歩く。
「「「お帰りなさいませ、カルティア王女殿下」」」
赤い絨毯の端にはメイドが十数人の列を作って深々と頭を下げている。
なんか俺まで偉くなった気分だ……。
「マーレ、彼を客室までご案内して」
見慣れたカルティアはメイドの一人に淡々と命令を下す。
「支度が終わるまで客室で待っていてください。何かあればマーレに声を掛けで下さいね」
振り返ってそう言うと目の前の大きな階段を上がって行った。
学園と違ってきつめの話し方や表情に変わっている。家の中でも王女殿下は大変そうだ。
「ではライタード様、このマーレが案内をさせていただきます」
「……お願いします」
自身のスカートを軽くつまんでお辞儀する彼女にどう返せばいいか分からず、こちらもお辞儀で返すと王城内をぐるぐると歩き回って客室まで案内される。
もし突然マーレが消えてしまったら、壁を突き破って強行突破するしかないぐらいには広くて大きかった。
初めての王城で若干はしゃぎたくなったが、そのような事態を容易に想像できた俺は黙って彼女の誘導に従った。
「こちらになります」
マーレは長い廊下に設けられた一つの扉をガチャリと開ける。
王城の客室と言うだけあってソファーやテーブル、壁に飾られた絵画は非常に高価な代物だろう。
「使いの者が来るまではこの部屋でおくつろぎ下さい」
そう言ってテーブルに高級お菓子と紅茶を出すと扉前で佇んだ。
俺は紅茶を一口含んで香りを楽しみ、お菓子をひとつ摘まむ。
「――――良いわぁ……」
一息吐きながら静かに呟く。
落ち着いた雰囲気に高級感がありつつ洒落た内装、そして美味しいお茶とお菓子、制裁を恐れて嫌々来たが王城に出向くのもたまには悪くない……。
「ご満足していただいて何よりです」
独り言で呟いたが自分に話しかけられたと判断してマーレが返答する。
「いくら招かれたとはいえこんな待遇を受けて良いんでしょうか?」
呼ばれるまで茶を啜っているのも退屈なため、彼女に話を振った。
「不要な心配でございます。ライタード様は国王陛下の命を受けてこちらにいらしたのです。ですから客人として扱われて当然でござます」
「どんな用件で呼ばれたのかマーレさんはご存じですか?」
「申し訳ありません。私のような一介のメイドには知らされていないため、お答えできません」
王城で給仕に務める使用人なら竜種の存在を認知しているのかと思ったが、聞かされなかったようで深々と頭を下げる。
つまり竜種の存在は例外を除いて王族や少数の貴族、そして騎士団以外には知られていないようだ。
竜種発見から一週間以上が経過したというのに凄い情報統制力と言える。
しかしいつまでも抑えられるわけでは無い。どこかで王都に魔物の大群が襲来した理由、そして騎士隊長の殉職を広報しなくてはならない。
その方針と俺の動きはこれから知ることになるだろう。
「――――しかし、決して咎められるような雰囲気では無かったため、あまり気を張らなくて良いかと思います!」
考え込む様子を心配したのか彼女は励ますように優しく言った。
「……ありがとうございます、マーレさん。お茶のおかわり良いですか?」
俺は彼女の優しさを素直に受け入れ、空になったティーカップを持ち上げておかわりを要求した。
それから十五分ほど経過して扉がノックされる。
「王侯会議の場が整いました、アルム殿はご同行願います」
開けられた扉先に二人の城兵が立っていた。
俺はソファーから立ち上がり身だしなみを軽く整えて客室を出る。
マーレの役目は終わったようで扉前で頭を下げ、俺を見送っていた。
鎧を纏った二人の騎士は俺の前を左右で別れて歩いていた。石畳の上でありながら金属音がほとんど聞こえてこず、長いあいだ王城を守衛していたことが伺える。
そんな事を考えている間に会議の場に着いたようだ。
「ここが……」
玉座前の扉もさぞ大きいのかと思いきや高さ三メートルと意外に小さい。
まあ入るのは人がほとんどだろうし、大きくする必要は無いか。
「「アルム=ライタード殿をお連れしました!」」
目の前の騎士たちは断りを入れるとドアノブに両手を掛けて力強く押す。
開かれた扉の向こうには大きな玉座に座る中老の男、そしてその両脇にご子息とご令嬢が小さな玉座に座っていた。




