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それぞれの立場

 昼過ぎから開始されたアルムの魔法テストから二時間ほどが経ち、真上から照り付けていた太陽が傾き始める。


 鼻息を荒らす超人鬼(ハイ・オーガ)は今もなお目が見えない状態でありながら少女らの下へ歩み寄る。 

 無論、それは戦いで負った傷を癒そうと食らうためだ。


 アルムの推測通り魔力感知が出来るから? 否、そもそも魔力感知とは感知魔法を有している者、もしくは魔力の流れや異変に敏感な感受性の高い者しか感知は出来ない。大抵の人間は自身の魔力を感知するのが関の山、魔法を扱う人間ですら難しい技術を低能な超人鬼が扱えるわけが無いのだ。 


「嘘、お兄ちゃん……!」

 

 少女は再び絶望の底に叩きつけられる。

 誰か助けに来ないのか? と周囲を見渡すも人の気配は感じなかった。


「嫌、こっち来ないで!」


 後退りながら近くに転がった石ころを投げるが、そんな些細な事は気にせず少女に掴み掛かろうと巨腕を伸ばす。


「ン……」


 抵抗を諦め、瞳を閉じたその時――――。


「うおッ⁉」


 大剣を握りしめたアルムが超人鬼の首元に目掛けて《《影の中》》から飛び出す。

 彼の声が聞こえてから接近に気付いた超人鬼、しかし《《嗅覚範囲外》》であったため完全に油断して防御も回避も間に合わず大剣が太い首に突き刺さる。

 即座に絶命した超人鬼は大剣の勢いに流されて横に倒れた。


「いってェ……あれ、死んでる」


 魔力感知が出来ると考えたアルムはこの特攻が失敗すると思っていたようで怪訝そうな顔を浮かべる。


「ま、いいか!」


 とはいえ殺せたことに満足して深く考える事はしなかった。


 ***


「とりあえず応急処置は完了、と」


 俺は馬車の廃材と布で男性の腕を補強する。

 超人鬼(ハイ・オーガ)に殴られて腕やあばらの骨は折れているが命に別状はないようで良かった。


 それに群れが近くに居ると予想していたが、そのような気配を一切感じない。

 群れの長だけで行動とは珍しいが仲間が居なかったのは不幸中の幸いと言える。

 しかし一歩間違えれば死んでいたかもしれない。これからは更に用心していこう。


「魔物は倒したから心配ないよ」


「ヒグッ、ヒグッ――――」


 泣き続ける彼女に声を掛けるが、深緑色の瞳からボロボロと涙が溢れている。


 子供の扱いなんてどうすれば良いんだ……そうだ!


「見てこれ、カッコいいでしょ。君にあげるよ!」


 赤ん坊だった頃、両親が玩具を与えてくれたことを思い出して短剣を差し上げる。

 自分で作っておいてあまり期待していなかったが、やはり泣き止むことは無かった。


「女の子が好きな物、か……」


 俺は黒器創成で大きめの円盤を作りだし、短剣で外周を削る。

 作りたい形を結晶化する時で作れたら良いんだけど、その練度にはまだ到達できていない。

 不格好であればそれも容易だが初の人助けを適当に済ませていいわけがない。


 俺は触って怪我をしないように端を丸く削って表面に切れ込みを入れた。


「これ、何だか分かる?」


「……ウサギさん?」


「正解、景品として差し上げます!」


 黒一色のウサギ型結晶細工を見せつけると彼女はゆっくり手を伸ばして受け取ってくれた。


「可愛い……」


 武器を生み出す物騒な魔法を習得してしまったと思っていたが、少女を笑顔にさせることが出来るなんて頑張った甲斐があった。


「俺はアルム=ライタード。君の名前はなんていうの?」


「ラビス、私の名前!」 


「そっか、よろしくねラビス」


 会話できるようになったのは良かったけど彼らの対応はどうするか……。

 男性は動けないほどの怪我ではないが、骨折が複数箇所あって歩くのは困難だ。

 ラビスの怪我はすり傷くらいだが、年は俺と同じくらいだろう。馬車を使うという事はそれなりに距離が離れているだろうし、歩かせるのは酷だ。

 一先ずこの男性が気が付くまで動くのは――――。


「うぅ……」


「パパ!」


 気絶していた男性が意識を取り戻すとラビスは歩み寄る。


「ラビス、イタッ⁉」


 娘が無事でホッとするも骨折の痛みで額に脂汗をかく。


「動かないで。腕とあばらが折れているから」


「娘を連れて逃げてくれ! 近くに魔物がいるんだ!」


 激痛を顧みずおれの腕を力強く握る。

 見た目は俺も子供なんだが目覚めたばかりでそれどころでは無いのだろう。


超人鬼(ハイ・オーガ)なら俺が倒したので安心してくれ」


 俺は超人鬼の死体を指差すと彼は口を大きく開ける。


「これは、夢か?」


「現実ですよお父さん。ラビス、顔を引っ張ってあげて」


 ラビスは彼の両頬をぐにーと引っ張る。


「いてて、夢じゃないのか……凄いな、君」


 痛みに耐えながらゆっくりと起き上がるが無理しているのはすぐ分かる。


「結界を張っておくのでここで待ってください。今すぐ門兵を呼んできます」


 門兵を呼んでしまえば全ての真実が明るみに出てしまうが、離れた王都まで歩かせるわけにはいかない。

 俺にとって喜ばしくない状況になるがここまで来て見捨てるのは違うはずだ。


「待ってくれ!」


 結界を張ろうとした俺の腕を掴む。


「動けない怪我ではないし、家まで歩いて行ける距離だ。門兵を呼ぶ必要はないよ」


 気丈に振る舞う彼だが俺の腕を掴んでいるだけでも辛そうだった。


「安心してくれ。魔法は使えるし薬学にも精通している。それに……これ以上恩人に迷惑を掛けたくはない」


 門兵に知らせる行為が俺にとって不利益をもたらすと気付いているらしい。

 少し不安だが先の様子からラビスのことを大切に思っているのは確かだ。無茶な真似はしないだろう。

 

「分かりました。せめてこれを……」


 森の中で丸腰は危険すぎるため長剣を彼に渡す。


「本当にありがとう、この恩は決して忘れない……」


 折れた骨を庇いながら自分より小さい子供に頭を下げる。


「ラビス、あの子にお別れの挨拶をして」


「バイバイアルム!」


 ラビスは両手を広げて元気よく声を上げる。


「うん、バイバイ!」


 俺も小さく振り返し、彼らの背中が見えなくなるまでその場に留まった。


「何も無いといいけどォ――――二人のこと忘れてたぁ!」


 両親の下へ帰ろうとした時、両親の存在を思い出す。俺は血相を変えて走り出した。

 潮時の時間から三十分以上が経ち、眠り花の効果が切れて起きているはず。


「【影移動(シャドウムーブ)】」


 俺は木の影に潜り込み、影の中を高速で移動する。

 この魔法は転移魔法を模して習得したのだが、本来の魔法特性からかなり逸脱している。

 本来の転移魔法は現在地と転移先の二点を世界から隔絶した異空間から移動するという原理であるため消費する魔力が尋常ではないのだ。

 離れた場所で大切な人が危機に瀕した時、この魔法が使えたらとても素晴らしいと思う。でも魔力が尽きた俺にその脅威を払い除けることは出来ないだろう。

 だから魔法特性を『異空間から影の中』に変更することに決めた。

 お陰で魔力の消費は抑えられたが、一瞬で転移できなくなったりなどの制約も増える事となったが。

 今回のようなとき本来の転移魔法が使えれば、と考えるがそれは後日にしよう。

 

「アルムゥ! 返事をして!」


「どこに行ったんだァ! アルム!」


 影の中でレイナとロイドの声が聞こえる。

 見られる前に結界を解こうと思ったが、戦いに集中しすぎていつの間にか解いてしまったようだ。


「ここだよ!」


 彼らを納得させる理由が思い浮かばず、正直に草むらから顔を出す。

 木に上っていたロイドは降りるのに手間取っていたため、先にレイナが駆けつける。


「アルム、どうしてそんな傷だらけなの! それにたんこぶも……⁉」


 不安な顔で俺の頭を優しく撫でる。


「少しぶつけて転んだだけ、痛くないよ」


 想像以上の慌てように驚きながらも大した傷でないことを伝える。

 ラビスたちの応急処置で自身の怪我を忘れていた。だが下手に処置をしていないほうが要らん疑いを掛けられずに済むか。


「――――良かったぁ……」


 頭の怪我と無事が確認できた彼女は安心したのか、ぐったりした様子を見せる。


「レイナ! アルムは無事なんだな⁉」


 木から降りて来たロイドも俺たちの元まで走って来る。


「たんこぶとか擦り傷はあるけれど、本人は大丈夫そうよ……」


「はぁ……たくっ、どこ行っていたんだ‼」


 心配する彼女に対してロイドは怒鳴りつける。

 彼が心配していないわけが無いのは分かる、これは完全に俺が悪い。

 だが、魔物狩りをしていなかったらラビスたちは確実に死んでいた。良い事をしたのに怒られるのは良い気分じゃない……。


 子供みたいな理由で意地を張っていると、二人の服が酷い有様になっている事に気が付く。

 レイナのワンピースは土色に汚れていて、ロイドの服は木に上った時に破けてのか肌を露出させていた。


「…………⁉」


 服屋を営む彼らが汚れや傷に関心がないはずが無い。

 しかし彼らはそれを承知してなりふり構わず探し回っていたのか……。


「ごめんなさい……」


 彼らの格好を目の当たりにした俺は心から謝罪の言葉が出る。ロイドはその様子をしばらく見てから俺を抱えた。


「帰るか」

 

「そうね、帰りましょう」


 最低限の身なりを整えて歩き出す。


「「「…………」」」


 ピクニックの帰りとは思えないほどの長い沈黙が続く。

 この空気を変えたいと思いつつ、怒られた俺が喋り出すのは少し気が引けた。


「……また来ような、アルム!」


 そんな俺を見兼ねたロイドは笑顔で声を掛ける。


「今度はもっと遠くまで行きましょう」


 レイナも笑顔を見せる。


「……うん!」


 夕日に照らされながら今日の楽しかった事をゆっくり語り合った。

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