竜戦の裏側4
作戦を教えてくれた騎士に森林地帯まで運ばれ、森の影を利用しながら全速力で騎士団の元へ向かっていた。
作戦決行は四時からって話だから到着する頃には戦っているだろうが、あの騎士団なら俺が駆けつける前に戦いを終わらせているかもしれないな。
「……だれだ?」
影の中を移動中に人の気配を感じ取る。
こんな朝早くに一人で森の中、しかも数キロ先には竜種たちが住処にしているというのに……。
独り言を喋っているようで俺は足を止めて耳を傾ける。
「騎士団は思いのほか善戦しているようだな。成竜に至っていないとはいえ、半数以上の竜種を葬られたのは想定外、だが強化種と残りの五体で疲弊した騎士団は滅ぼせよう」
俺が盗み聞きをしているとも知らずにその男はブツブツと喋り続けた。
「しかし召喚した一体が私の支配下から抜け出すとはな。死体を媒介に生物の召喚など初めてだったから構築式に不具合でも生じたか……全く、面倒な事この上ない」
召喚、死体を媒介、構築式――――俺はこの男の発言からひとつの結論に達する。
裏社会の実権を握り、学園理事長に並ぶ最高幹部。
「アイビス、ブレイバード……!」
この事件の黒幕が竜種討伐の道中に会えるとは日頃の行いの成果か。
今の俺は魔力も体調も万全そのもの、レイゼンと同等の実力を有していようと勝てない相手ではない。
背後から気絶させる? 無力化を目的に動くのはリスクが高い。
気付かれずに奇襲を掛けられる絶好の機会! 手足の一本ぐらい切り落として――――。
「それで何時になったら襲って来るんだい? やる事があるから早くしてくれ」
「ッ――――⁉」
目線も姿勢も変えず、ただ暗い森に問いかけるその男に高鳴っていた鼓動は一瞬にして鳴りを潜め、代わりに凄まじい緊張が全身を駆け巡った。
バレた⁉ 見つかった⁉ 気取られたのか⁉ いや、影の中に滞在し続ける限りは外の世界に互い干渉は出来ない。
ならばはったりか! だが多少の警戒心はあるようだ、ならば無力化を目的に奇襲を仕掛けるべきではな――――。
「早く出てこい、【閃光】」
男は紙切れを取り出すと怒気を含みながら森に光を灯す。
「クッ⁉」
一瞬にして森の影が消え失せ、影が存在する場所まで強制的に押し戻されることを余儀なくされる。
俺が行使魔法の一つ、影移動は影があればどこでも潜り込むことが出来る。
潜り込んだ影と他の影が繋がればその分だけ移動範囲も増える。逆に言えば、影が何らかの理由で消えればその分移動できる範囲は狭まってしまうのだ。
「とりあえず近くの木に隠れてやり過ごすしかねえか」
俺は光によって生み出された木の影に身を潜める。
男から大分離れてしまったが、影移動なら一瞬で懐に入れる距離。ひとまずはあの光が消えるのを待つしかない。
「はぁ、面倒な事この上ない。【光球】」
男は再び紙切れを取り出し、複数の発光する球体を配備する。
前方の閃光と後方の光球によって潜んでいた影も消失する。
「あッ――――ぶねェ!」
完全に影が無くなる前に抜け出すことに成功する。
あのまま影の世界に潜り続けていたら迫り来る影の境界に圧し潰されていただろう。
「ようやく姿を現したな」
森全体に光を灯したまま男は近づいて来る。
俺は正体が悟られないよう結晶魔法で顔を隠させた。
「それはこっちのセリフだ。アイビス=ブレイバード」
「……なぜ私の名前を知っている? きみは組織の人間なのか?」
男、いやアイビスも白い仮面を被って素顔は分からないが困惑の表情を浮かべているだろう。
名前を言い当てるのは少なからずリスクもあったが、まず自分が所属する組織の人間だと真っ先に考えるはずだ。
「教える訳ねぇだろ。もっと明るくして自分の目で確認しな」
「……まあいい。何者であろうと組織の敵なら容赦はしない」
「【魔黒閃】」
アイビスが動作を起こす前に狙い撃つ。
恐らく、直前に取り出した紙切れが魔法を発動させる引き金だ。
紙面に構築式を描き、魔力を注いで発動させる手は存在する。発動までの遅れや手間が掛かるということで使い手はほとんどいないがな。
「流石にこれで死にはしねぇよな」
一般人なら蒸発するほどの威力だが、裏社会の最高幹部様なら即死は無いだろう。
「自身の弱点を把握しているならその対応策も用意してある」
蒸気が晴れると小さな結界に覆われ、何事も無かったかのように立っていた。
「紙……いや仮面の中か、この手の攻撃は慣れてるってわけね」
一筋縄ではいかない相手、こんな奴ばかりなのか裏社会の幹部は!
「……きみ、見逃してあげるからどこかに行ってくれないか。もうすぐ向こうの戦いが始まってしまうんだ」
「それは同感だ、俺も向こうの戦いに用があるからさっさと降伏しろ」
竜種と騎士団の戦いに何をするのか見当もつかないが、こちら側がメリットになることは絶対にない。
「はあぁ……本当に面倒この上ない!」
大きなため息を吐くとローブの中から手帳のようなものを取り出す。
「【雷撃】」
構築式が展開され、黄色い稲妻が俺に向けられる。
「【黒棘】」
数多の杭を生成し、稲妻を受け止めるもその上から第二、第三の魔法が俺を襲いかかる。
「【黒器創成】!」
長剣で魔法の猛攻を防ぎながらレイゼンとの距離を詰める。
こうなったら本腰入れて戦うしかないな、オリバーたちには悪いがこいつを野放しにするわけのは危険すぎる。
「すぐに終わらせるから待っとけよ!」
「それは私のセリフだ」
そう言って背後からアイビスが囁く。
「なァ⁉」
「【氷の槍】」
驚くおれを余所にアイビスは至近距離で魔法を放つ。
剣での防御どころか回避もできない完全な不意を突かれ、止むを得ず指先で出力方向を指定せずに魔黒閃を撃った。
無論、方向が定まらない熱線は槍の一部を掠め取る程度にとどまるが、冷気と熱気がぶつかり合い大きな爆風を生まれた。
「――――くっっっそォ! 【瞬間転移】も使えんのかよ!」
爆風に吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、周囲の警戒を高める。
発動前に倒せればいいと思っていたが、予想よりも発動までの時間が短い。それに手数の多さは元より魔法の火力もテイバンやセロブロと同等かそれ以上……。
「レイゼン以上に厄介な相手かもしれねえな――――」
「彼とも戦ったことがあるのか!」
再び背後に現れるアイビス、転移魔法を警戒していた俺はすかさず長剣で斬り掛かる。
「【重加力】」
直後、長剣から全身、爪の先まで重く圧し掛かり握っていた剣は地面に落とし、自重を遥かに超える重さに耐えきれず膝を屈してしまう。
「じゅ、重力魔法……!」
人が構築式に落とし込んで習得できる魔法の中で最上位の魔法。
魔法学の教本や並みの魔法師には閲覧すらできないほどの機密情報も持っているというのか……!
「これも初めて使用したが凄まじい力だな」
嬉々とした様子で俺を見下ろすアイビス、だがそれが命取りだ。
俺は悟られないよう少しずつ地面に魔力を流し込む。重力で身動きは取れないが体内の魔力には影響はない。
大地に流れる魔力に俺の魔力を乗せて、アイビスの足元からブスっと刺してやる。
「では仮面の下を拝ませてもらおうか」
「や、止めろぉ! 止めてくれ!」
腕を伸ばすアイビスに俺は全力で嫌がる素振りを見せる。
そうやって俺に近付け、そして仮面を取る前に刺し殺して俺が仮面を剝いでやる。
「【黒棘】!」
アイビスが仮面に触れた瞬間、アルムは魔法を発動させる――――が、彼が貫かれることは無くアルムの素顔が晒される事となった。




