竜戦の裏側2
王都を救ったご褒美にいつもより豪勢な夕食を味わい、そのまま風呂に直行したが
心のわだかまりは依然として残り続けたままだった。
「いい加減に切り替えろよ……」
そう言って風呂の湯をバシャと顔に掛けるも晴れやかに気持ちにはなれない。
行かないと決めたならどれだけ悩もうと意味は無いというのに、人の頭というのは実に御し難い。
一人だけの空間で気持ちを整理しようとしている中、風呂のドアが開く。
「入るぞ」
開けた後に断りを入れるのがロイドの作法らしい。
今はひとりになりたかったが、静かだと竜種の事ばかりが頭を過ぎってしまうため、膝を畳んでロイドを迎い入れた。
「ふぅ……」
男二人が一緒に入り浴槽は耐えきれず、前回と同様に大量のお湯が流れ出る。
この男は嫁に怒られるのが怖くないのか?
「……今日は何が聞きたいの?」
数日前と全く同じ状況に対しておれは同じように投げかけた。
「悩める息子の相談に乗ろうと思ってな」
「……悩みなんて無いけど」
「何年お前の親やってると思ってんだ。息子の様子を見ていれば悩みがあるって事ぐらい気付く」
浴槽ぎちぎちの中でロイドの目が真っ直ぐに俺を見つめた。
お互いに向き合った状態なため、言い逃れは無理そうだな……。
「確かに悩みというか迷っている事はある、でも話せる内容じゃない」
「男同士でも話せないくらい恥ずかしい話なのか? 安心しろ、笑わずに聞いてやる」
ロイドはニヤニヤしながら悩みを打ち明けるよう促した。
恐らく彼の頭はラビスの恋愛事情だと思い込んでいるのだろう。
「父さんが考えている事と全然関係ない、男同士でも話せる内容じゃないんだ。気に掛けてくれるのは嬉しいけど、ほっといてくれ」
余計な誤解を招かないため訂正してから立ち上がる、がおれの両腕をがっちり掴んだ。
「なんで話してくれないんだよぉ、そんなにお父さんを信頼できないのかァ!」
泣きながら訴える父の姿に呆気に取られてしまう。
夕食も酒を飲んでいたから酔いが回ったのだろうが――――心底面倒くせぇ……。
泣き上戸なんて指で数えるくらいしか経験がないが、普段の陽気なダル絡み飲んだくれとは比にならなかった。
一昨年、泣き上戸に入ってしまった時も地獄だった。対応していたレイナは投げ出し、マインは頬を叩いて逃げ出してしまい結局、ロイドが寝るまで俺が相手をする羽目になった。
「お父さんはなぁ! 弱くてもお前の父親だと思ってんだよ!」
泣き上戸になってしまう原因として大きなストレスが起因していると聞いた事がある。自身と俺を比較して自棄になってしまったのだろう。
「そんなの、あんたも分かっていたことだろうが……」
何もかもが違う俺とロイドでは比べること自体がおかしな話、だがどちらが凄いとか劣っているとかそんな話でもない。
魔法も碌に使えず、洋裁しか取り柄のない酒飲みの父親でも尊敬もしているし、この人の息子で良かったと思っている。
そんな当り前の事はロイドも理解しているが、考えたくなくても考えてしまう……やはり人の頭は実に御し難い……。
「はいはい話すから、そんな事で泣くなよ父さん……」
こんな怪物を野に放つわけにはいかないという正義心により竜種について話す事に決める。
それに酔っていたら何も覚えてないだろうし、誰かに話してしまえば気が楽になると考えたのもあった。
「わ、竜種が南にィ――――‼」
「声デカいよ父さん……!」
泣き上戸の彼からどんな反応を貰えるのか期待していたが、衝撃的事実に酔いが醒めてしまったようだ。
まあ少しすっきり出来たし、話して良かったとは思う。
「確かに俺の想像を遥かに超えるスケールの話だけど、普通に行けば良いじゃないか」
「いや、父さんに話して分かったけどこれは悩みじゃない。そもそも行かないって決めてたのに睡眠薬のせいで行ける可能性を作って迷っていただけなんだ。だから睡眠薬は捨てる、俺は騎士団の勝利を祈って待ってるよ」
「アルム……」
神妙な面持ちのロイドを気にせず、今度こそ浴槽から立ち上がった。
***
ロイドに打ち明けたお陰で気持ちはだいぶ楽になり、魔法学の課題に集中して取り組むことができた。
「これで課題は終了、とっ」
魔力を回復させるためにいつもより早く就寝しようと試みるが、睡眠薬に視線を向ける。
「どうせなら使ってみるか! えぇと、『一粒で深い眠りに、二粒で気絶するような眠りに、三粒で永遠の眠りに』か……説明怖っ」
物騒な説明書だがここまで言うなら効能は強そうだ。個人差もあるだろうし、とりあえず一粒だけ飲むとしよう。
俺は部屋から出て、水を飲もうと二階へ降りる。
魔法で水を生成しても良いが、特異魔法の影響で水が黒く濁ってしまうのだ。味や風味は問題ないので本当にただの水なのだろうが積極的に飲もうとは思わない。
水を汲もうとリビングに立ち寄ると険しい表情の両親が座っていた。
「……アルム、少し良いかしら?」
深刻そうな顔で尋ねるレイナに何となく事情を察し、無言でロイドを睨みつける。
「あ、あの話は男同士でなくとも出来るからな。黙っておく必要はない」
悪びれる様子は無く、言い訳のように独りでに語った。
「……竜種が攻めてくるかもしれないんだぞ! 隠しているほうが悪いと思うぞ!」
それどころか自分が正しいと主張し出した。
「声が大きい!」
しかし鶴の一声ならぬ、妻の一声によって瞬く間に旦那を鎮圧する。
「話の通り、竜種の群れが王国に居座って騎士団は応戦している。俺も行こうと思ったけど、オリバー隊長たちを信じてここに残ることにした。話はそれだけだよ」
レイナの事だ、俺が竜種討伐に本当に行かないと確信が持てなかったから声を掛けたのだろう。
俺としてはこれ以上この話はしたくないと思い、事実を並べて説明した。
「そう、貴方が決めたことなら反対しないわ」
「うん? どういう意味?」
彼女の言い方に違和感を感じて聞き返す。
「……私は南に行くことに反対していなかったから」
「…………えっ?」
思いもよらない発言に己の耳を疑った。
「どうして反対していないんだよ。母さんは俺に戦って欲しかったのか?」
レイナは子供思いの良い母親だと思う。ときには過保護に感じたりウザったく思う事もあるが、心の底から心配しているという気持ちは伝わっていた。
しかしそんな彼女が息子に戦って欲しいと思っていたことに驚きを隠せなかった。
「……お風呂場の話を聞かされて最初は嬉しかったの。竜種は騎士団に任せるって言ってくれて。でも行かなかったせいで大勢の人が死んじゃったら凄く悔やむんじゃないかって……」
自身の葛藤を赤裸々に話す。
「残酷な事を言うけど、竜種相手に死者を出さないなんて不可能だ。しかし彼らはそれを覚悟して挑んでいる。人並みに悼む気持ちはあっても悔やむことなんてしない」
レイナが思うほど俺は人情深くない、そう否定するも彼女は首を横に振る。
「そんな事ない、貴方は自分が傷ついても人を助け、人の痛みを理解できる優しい子だもの……」
レイナの言葉に《《行かなかった自分》》を想像する。
「……確かに出来る事があるのに、それをしなかったら後悔するかもしれない。でもオリバー隊長と約束したんだ、それに背くわけには――――」
「いつまでそんな言い訳並べて自分を縛ってんだよ!」
押し黙っていたはずのロイドが再び立ち上がる。
「俺たちにとっての最優先事項は『アルムが後悔しないこと』が一番、『アルムが病気や怪我をしないこと』が次いで二番、そして『人との約束を破ること』が三番だ! だから後悔しないように行って来い!」
「何だよその順位付け、父さんたちは約束を破るような息子で良いのか?」
普通の親なら人に迷惑を掛けないことが一番大切だろう。
「人との約束を破ったからなんだ! 俺たちはお前やマインが生きたいように生きてくれるのが一番の望みなんだよ」
「できれば約束も守って欲しいけど、人を助けるために破る約束ならお母さんも応援するわ」
レイナは夫の言葉を真に受けないよう訂正をしながらも後押しする姿勢は変わらなかった。
竜種との戦いに出向くということは怪我は勿論、最悪命を落とす可能性があることくらいは理解している。
それでも不安や心配を押し殺して応援すると、生きたいように生きて良いと言ってくれた。
「……ありがとう、父さん、母さん。俺は竜種を討伐しに行くよ!」
この両親の元に生まれたことを心から誇りに思った。




