竜戦の裏側1
「……なぜ、きみがここに……?」
尋ねれたアルムは持ってきた回復薬をそばに置くとすぐさま影の中に逃げるように潜る。
「ちょっと待ってアルムく――――うわわわわぁぁぁ! 火傷が酷くて指一本も動かせない!」
そんな彼を引き留めようとオリバーは誇張気味に叫んだ。
「……見知らぬ御仁よ。図々しいようだが、回復薬を飲ませてくれないか! そうでないとせっかく助けてくれた命が無駄になってしまう!」
影に揺らぎが無い事を確認すると立て続けに助けを求めた。
「……いや、もう良いです。俺の負けです。そもそも身バレした時点で逃げても手遅れですから……」
数秒後、諦めた様子のアルムが影から出てくるとオリバーに回復薬をゆっくりと飲ませる。
自力で飲むぐらいの力は有していたが、素直に姿を見せたアルムを思って介抱されることに決めた。
「――――ぷはァ! 僕以外の戦いはどうだったんだ?」
引き留めようと騒いでいたオリバーも仲間の安否を心配して尋ねる。
「多くの死傷者を出す結果となってしまいましたが竜種は全て討伐し、騎士団側が勝利を収めました」
生き残った竜種は自身で葬った事はあえて伏せる。
「……そうか、ディアン隊長やブレイド団長は?」
「オリバー隊長に劣らず重傷ですが、何とか生きていましたよ」
「……そうかぁ」
オリバーは心底安心したのか大きくため息を吐いた。
「町から救助隊が来ると思いますが怪我人も少なくありませんし、ここに来るのは時間が掛かると思います。良ければ町まで運びますよ」
「いや、もう少し勝利の余韻に浸っていたいんだ……」
彼の返答にアルムは無言で頷くと両者の間に静寂が訪れる。
「……怒らないんですか? 何で約束を破って来たんだって……」
「いくら僕でも二度も命を救ってくれた恩人に声を荒げる気は無いよ。今の僕にあるのはきみへの感謝と信頼を勝ち取れなかった自分自身の怒りだけだ……」
「すみません……ありがとうございます……!」
申し訳なさそうに謝罪と感謝を述べるアルム、再びふたりの間に静寂が訪れる。
「救助隊がこっちに来るのに時間が掛かるなら話を聞かせてくれないか。ここに来ようと思った経緯を」
「ええ、話しましょう」
余韻に浸り終えたオリバーは質問を投げかけ、アルムは内容を吟味しながら話しを始めた。
***
それは王都に襲来した魔物たちを一掃した後、オリバーたちと密会し、理事長室に突撃した話まで遡る。
「なに呆れてんだよ!」
俺に睡眠薬を飲ませるという意味不明な発言に異議を申し立てるもレイゼンには大きな溜息を吐かれ、苛立ちを隠せなかった。
いや、むしろ正しい使い方なのだが俺を眠らせて何になる。
「貴方は魔力回復の原理を理解していますか?」
藪から棒にそんな疑問を問いかけられる。
「ええ? そりゃあちゃんと栄養のある食べ物をたべて、たくさん寝れば回復する――――そういう事か!」
「おっしゃる通り、体力と魔力では特性こそ異なりますが回復方法に大きな違いはありません。極端な話、食事摂取量や睡眠時間は増えれば増えるほど回復力は増大し、短時間で魔力は充填されます。ですが人の胃袋は有限です、ならば――――」
「胃袋よりも容量が大きい睡眠を多く取れってことだな!」
レイゼンの意図を要約すると嬉しそうに首を縦に振る。
確かにこの薬を使えば普通に休むよりも回復できそうだが――――。
「なんで俺が竜種を討伐しに行くことを前提に話を進めてんだ!」
「魔力が枯渇しているから行けないという話ではないのですか? これを服用しながら休養を取れば二、三日で全快するはずです」
ここまで私に手伝わせておいて何故やらない、と言いたげな表情を浮かべた。
「魔力は関係ない、俺は王都で彼らの帰りを待つって決めたんだよ」
今更オリバーとの約束を違えるわけにはいかない。
「……そうですか、強制はできないので貴方の判断に任せましょう。こちらは持って帰って結構です」
「睡眠薬なんていらないんだけど……」
レイゼンは薬瓶を手渡すと退室を促した。
「理事長室にそのような物があっては不審に思われるではありませんか」
「俺だって部屋に睡眠薬なんてあったら両親に心配されるわ」
受け取りを拒否する俺にレイゼンは椅子から立ち上がる。
「仕方がありませんね……」
レイゼンはそう言って薬瓶を受け取ろうと手を伸ばす。
「それはこっちが言いたいっつーの!」
薬瓶を渡そうとするもレイゼンはさらに手を伸ばし、俺の腕に掴み掛かる。
「はっ⁉ なにを――――」
「ではさようなら」
直後、景色がガラリと変わり理事長室にいた俺は校門前まで転移させられる。
「……あのクソ理事長がよ‼」
俺は校門前で学園のトップを罵倒し、止むを得ず薬瓶を持って行くことにした。
***
急性魔力欠乏症の症状が緩和してきた俺は家に帰る前にイルクスが搬送された病院に赴いた。
イルクスが運ばれた病院は騎士団が療養を指定するほどの大きな病院で、常に怪我人や医者がごった返している印象が強いが今日は多くの門兵に被害があって普段よりも空気が張り詰めていた。
こんな状態でお見舞いも良くないかもしれないが、心配なものは仕方ない。
「意識は戻って無くとも顔ぐらいは見れると良いな……」
「アルムか⁉」
イルクスの病室へ歩いていると背後から聞き慣れた声で名前を呼ばれる。
「父さん! まだ仕事の時間じゃないの?」
振り返った先にはロイドだけでなく、レイナやマインもいた。
「あいつが大怪我したって聞いて居ても立っても居られなくてな、今日は早めに切り上げたんだ。っていうか、そもそも何でお前がここに居るんだ?」
放課後から二時間以上も経ったとはいえ病院に居るのはおかしいか……。
「まあ色々とあってね……」
はっきりと理由は言わず目線をずらす。
決して悪いことはしていないが、周辺の森を燃やしただなんて誇れるような事ではない。
「早く行きましょう。イルクスさんが心配だわ」
「それもそうだな」
合流した俺たちは門兵が運ばれた病室を何部屋も歩き回ってイルクスを探した。
「おお! ロイドか」
顔を覗かせると窓際のベットに座りながら俺たちを手招きする。
「ライタード家勢ぞろいで見舞いなんて俺も幸せ者だな」
「門の爆発に巻き込まれて運ばれたって聞いて心配したけど、思ったよりも元気そうじゃないか!」
体中のあちこちが包帯で巻かれているが、回復薬で治したお陰で話せるぐらいには回復したようだ。
「お前の息子が駆けつけてくれなきゃ、こんな元気じゃなかっただろうぜ。本当に助けてくれてありがとうな!」
イルクスは傷に障らない程度にお辞儀をした。
「アルムが駆けつけたってどういう事だ?」
誤魔化したと思ったがロイドは再び追及してくる。
証言者を前に隠すような事はせず、おれは事細かく話した。
「森を焼き払ったって何だよそれェ!」
「ちょっと貴方、笑い事じゃないわよ!」
「お花も燃やしちゃったの……?」
ロイドは病院の中だという事を忘れて大いに笑い、レイナはそれを咎め、マインは悲しそうな顔で訊いてくる。
「あぁ、多分燃やしちゃった……」
お花って多分、前に採りに行った時の花だろう。南西の辺りだから燃やしちゃったかな……。
「これはとんでもない奴に門番を任せちまったな」
頼んだ張本人も苦笑するしかなかったようだ。
「でも俺たちに代わって王都の人達を守ってくれてありがとう。それに安心しろ、いちゃもんを付けられても責任は俺が取る!」
「その時は頼みますよ……」
彼は俺を不安がらせないため励ましの言葉を送る。
森を焼いたとはいえ王都の危機を救ったんだし、罪には問われないだろう。
「……なに、母さん?」
「何だかいつもより大人しいなって思って……大丈夫?」
俺の反応が鈍かったようでレイナは心配そうに尋ねた。
「あぁ、魔力を消費したから疲れたのかも」
竜種の存在のせいで手放し喜べないとは言えず、それらしい理由を並べた。
オリバーから守秘義務は無かったが、気軽に話していい内容じゃないのは確かだ。
いずれ知られるとしても混乱を避けるために、今は隠しておくべき情報だろう……。
「見舞いは嬉しいけど子供たちも疲れているようだし今日は帰ったほうが良い」
マインを見ると眠そうに目を擦っていた。
「そうさせて貰う、退院したらまた酒でも飲もう」
「ああ、それまでは水で我慢するさ」
別れの挨拶を交わして俺たちは病室を出る。
「帰りに夕食の買い出しに行くけど、何かリクエストはある?」
「何でもいいよ……」
「……分かったわ」
気を遣ってくれたレイナに俺は適当に受け流す。
申し訳ないと思うも解消できない不安が募り、夕食どころでは無かった。




