各々の竜戦
「ディアン、俺は何処へ行けばいい?」
竜種が移動した方向を把握したディアンに尋ねる。
「予定通り団長には三体の竜種を相手して欲しいので、そっちに向かって下さい!」
ディアンは竜種同士の間隔が近いほうを示した。
「分かった、残りの二体は頼んだぞ!」
そう言ってブレイドは示された方向に走って行く。
(少し想定とは違うが、団長に三体の竜種と半数以上の部下を割り当てることができた。だが戦力で言えば依然こちらが劣勢、ここからが騎士団の底力が試されるとき……!)
「【召喚】」
地面に向けて手をかざし、構築式を展開すると強い魔力の波動とともに大蛇が姿を現した。
「泥潜蛇! もういちど竜種と戦おぅ――――っておい!」
しかし姿を見せるや否や細長い舌でご主人の顔をぺろぺろと舐め始める。
「今は遊んでいる場合じゃないんだ、俺と一緒に戦ってくれ!」
ディアンは宥めながら切願すると舌を出して承諾の意を表す。
「よし! 僕が合図を出すから頼んだぞ、相棒!」
ディアンは竜種のほうへ走り出し、サシャは地面に潜る。
「右から竜息来るぞォ!」
竜種と対峙していた騎士は大声で叫ぶと同時に竜種の口から蒼炎の濁流が彼らを襲った。
警告が聞こえた者は距離を取り、魔法で相殺しようとするも吐き出された炎は一瞬にして距離を詰め、あらゆる魔法を呑み込んで騎士の体を焼き焦がした。
「「「アアアアあああああああ――――‼」」」
ある者は竜息を全身に浴びて絶命し、ある者は皮膚と筋肉が焼かれ自身の骨を見せられ、ある者は金属の鎧が溶けて体に溶湯を伝わせた。
生物の最上位に君臨する竜種は一挙手一投足ですら並みの魔物を遥かに上回る破壊をもたらす。そんな彼らの最大の武器である『竜息』は家や建造物を焼き払い、人を焼死体へと変えるなんて造作もないことだった。
「やっぱ竜種に勝つなんて無理だ……」
「挫けるなァ!」
焼け死んだ仲間を見て心が折れそうになる部下にディアンが声を上げる。
「竜息直後は動きも鈍くなるし、しばらくは吐けない! お前らは吐いたばかりの竜種に攻撃しろ!」
正確な情報と指示を部下に与えて別の竜種に狙いを定めさせ、ディアンはもう一方に意識を向ける。
「これ以上死なせてたまるかァ!」
向かって来るディアンに竜息を浴びせようと大きく口を開ける。
「グラン!」
竜息が吹き出す瞬間、地面を掘り進める泥潜蛇に指示を飛ばし、竜種の顎下から直上した。
口先が硬い泥潜蛇と激突し、鈍い音を立てながら竜種をよろめかせる。
「酸を吐け!」
隙を突いて竜種の背後に回ったディアンは翼の付け根に向けて酸性の体液を射出させる。
鋼鉄の鎧すら容易に溶かせる酸液だが、竜種の外皮には効果が薄いようで体表を溶かす程度にとどまる。
「離れてろグラン!」
竜種から距離を置かせると酸液で脆くなった外皮に剣を突き刺した。
「ッ――――――――‼」
竜種は背に這っているディアンを引き剥がそうとのたうちまわる。
「ぐっ……おりゃああああああ――――!」
竜種の体躯と自重に圧し潰されそうになりながらも力づくで突き刺した剣を動かし片翼を抉り取った。
しかし掴まるものが無くなったディアンは地面に投げ出されてしまう。
「いってぇな……!」
竜種と地面の板挟みにされたときに骨を折って動けないようだ。
竜種はディアンを食べようとはせず、離れた状態で竜息を吐こうとしていた。
「――――注入口は作ったぜ、相棒」
直後、地面から泥潜蛇が竜種の背後に現れると大きな傷口に咬み付き、酸液を体内に注入し始める。
「ッ――――――――――――‼」
必死に抵抗して引き剥がそうとするも泥潜蛇の体躯が自身に巻き付いて全く離れようとはせず、あらゆる内臓が溶かされ――――力尽きたように膝を折って倒れ込んだ。
「まずは一体撃破だな」
折れた腕を庇いながら立ち上がると泥潜蛇は支えるように彼に寄り添う。
「助けてくれてありがとな」
感謝を告げられると再び彼の顔を舐め回す。
「ちょいちょい、まだ戦いは終わっちゃいねぇ、行くぞ相棒!」
泥潜蛇の頭に乗ってもう一体の竜種に向かって行く。
(もう少し踏ん張ってくれよ、オリバー……!)
「無理だろ、これ……」
一方、オリバーは木に隠れて情けない声を漏らす。
(僕の魔法が通用するのは良かったけど……)
「あっ、ここももう駄目か……」
隠れ蓑にしていた木も竜息によって燃え始め、更に森の奥へ逃げることを余儀なくされる。
強化種灰竜はオリバーの奇襲で右目を失ったことで警戒心を高め、近距離戦に持ち込ませないようひたすら竜息を吐き続けていた。
「熱っ! ああもう……こんな予定じゃなかったのに……」
竜息の熱波に驚くと残念そうに気を落とした。
彼自身、近距離戦でしか己の強みはを発揮できないと理解しているため、竜種から距離を取る行為がどれだけ愚かなのか分かっていた。しかし『連続的に竜息を吐ける竜種は存在しない』、とディアンから聞き及んでいたため一時的に距離を取って隙が生まれるのを伺っていた――――のだが、現実では近付くことすらできないのが現状だった。
竜息は止まることを知らず、吐くのをやめたと思い体を見せた瞬間に豪炎の奔流が全てを焼き尽す。
あんなに生い茂っていた草木が一本も生えておらず、王都周辺の焼け野原を思い出すほどだった。
「こうなってしまったらひたすら逃げて時間を稼ぐしかないのか……」
目の前の対応不可能な状況に数時間前とは打って変わって消極的な言動を見せてしまう。
(いや、彼らも竜種との戦いで大きく消耗しているはずだ! それに奇襲を仕掛けられるような障害物も無い以上、魔法の撃ち合いになることは必然。そうなればこちらに勝ち目はない……)
「もう一か八か突っ込む……いや無駄死にしかならんだろう……!」
焦る気持ちを抑えて対応策を考えていると不意にディアンの言葉を思い出した。
「その、強化種灰竜は戦闘経験もある団長に任せた方が良いと思うのですが……」
それは作戦を部下全体に打ち明ける前に話した夕食時の事だった。
「確かに竜種との戦闘未経験のお前に任せるには少し荷が重いかもしれない。だが現状の戦力であの硬い外皮を貫ける攻撃力を有した人物はお前と団長しか居ない。何度か強化種灰竜に攻撃を仕掛ける瞬間を見ていたが、通常個体に比べて厚さも硬度も格が違った。それに団長は中距離戦の攻撃手段も持ち合わせている。ならば団長と部下たちで他の竜種と戦わせたほうがお互いに能力を発揮できると考えたんだ」
「しかし……!」
論理的に説明を受けるも、オリバーは団長と比較されて自分のほうが適任であると 認めることは難しかった。
「……オリバー、ここだけの話だが――――近距離戦に関して言えば、団長よりもお前のほうに分があると思っている。勿論それはあの人が両腕だった時も含めている」
「えっ……⁉」
ディアンが耳打ちするとオリバーは体が硬直した。
経験、技術、戦闘センス――――あらゆる要素で劣っていると思っていた彼にとってその言葉は何よりも嬉しく、そして喜ばしく感じられた。
「今思えばお世辞だったのかもしれないけど……」
しかし彼はその言葉で再び奮い立つ勇気を得た。
(強化種灰竜とオリバーのあいだの距離は200メートル以上、右目を負傷したとはいえ長い首を常に動かして全方向に目を配り、どう足掻いても接近する前に見つかるのは避けられない……)
「でもそんな事は関係ない。見つかろうと、炎で焼かれようと、近付ければ俺の勝ちだ」
オリバーは一か八かの捨て身作戦を考案し、静かに鎧を脱ぎ始めた。




