第二の幹部
路地裏でのやり取りを中断して再び学園へ戻り、最短距離で一階の廊下を走り去る。
「失礼します、レイゼン理事長」
俺は目的地のドア前に立つと形だけのノックをし、向こうの返答を待たずに入室する。
「少し待っていただけますか」
問いただしたい相手はおれが尋ねることを予想していたのか驚く様子も無く、万年筆を動かして書類を書き綴っていた。
「待つつもりはない、俺も質問を素直に答えろ」
俺は部屋に誰も居ない事を確認してから彼の机に拳を叩きつける。
四日前の一件で敵対するのは極力控えようと心に誓った。
しかしそれはあくまで向こうから手を出さなかった時だけの話だ。
この男が関わっていない可能性も考えられるが、それはこれから始まる問答で分かること。
「……全く、なにが訊きたいのですか?」
ため息を吐きながら万年筆を机に置く。
「そんなの言わなくても分かってんだろう。南部に出現した竜種の群れも騎士団の遺体が消滅したのも、全てお前が絡んでいるんだろ!」
「突然部屋に押し入って何を言い出すのかと思えば……根拠はあるんですか?」
しかし彼は素直に答える様子はなく、あくまで知らないふりをした。
「チィ!」
おれは彼の白髪を力強く掴んで引っ張り上げた。
「恍けてねぇでさっさと答えろ! こっちはお前らのせいで知人が大怪我したんだ! お前が何をしようと勝手だが周りに人たちを巻き込むなって言ったよなァ!」
彼の金眼と僅か数センチの距離まで詰めて怒気をまき散らす。
「私を疑った根拠も答えずに掴み掛かるなんてずいぶん大胆な行動に出ましたね。私が手を出さないと考えたのですか?」
自身の頭髪が引っ張られて相当痛いはずなのに、何ひとつ表情は変わらなかった。
「上から目線で語るんじゃねえよ。前の小競り合いで自分のほうが強いと思ってんなら足元掬われるぞ?」
魔力量も体調も万全とは程遠いが、厄災を振り撒くこの男を野放しにしておくほうが危険だ。
「……分かりました、素直に話しますから手を放してください」
先の言動に不信感を抱きながらも彼の要求を呑むことにした。
「まず誤解を解いて欲しいことがあります。それは竜種も遺体消失も私は関与していない事です」
「嘘を吐くな。あんたの組織から送られたリーゼンはフェルンたちを供物と呼んでいたと聞き及んでいる。つまり裏社会の目的はオリバーたちの抹殺ではなく、騎士団やB組の連中を生け贄に竜種を召喚するのが真の目的だと考えた。何か訂正箇所はあるか?」
「貴方の推理は概ね当たっています。事実、魔物討伐試験が行われる前にこの計画は知らされていました」
「だったら何故おれに話さなかった?」
「敵対する貴方に話す義理は無いと思いますが……」
「確かに無い、だがその計画のせいで知り合いは命を落とすかもしれなかった。無差別に攻撃するなら俺の知人を巻き込む可能性は十分にあったはずだ。お互いに無闇な争いを避けたいなら話す必要は生じる、違うか?」
予想外の正論に流石のレイゼンも押し黙ってしまう。
「……なるほど、貴方の言っている事は正しいですね。謝罪で許してくれますか?」
反省? した様子も無く頭を下げられても意味は無い。
事件が起きてしまった以上は今後に活かせることで清算するしかないだろう。
「一連の計画を立案した奴の素性を教えろ」
レイゼンは犯人でないと確定したわけでは無いが、話が進まない以上は第三者を仮の犯人として考えるしかない。
「此度の計画を立案し、竜種召喚の実行した人物は私と同じ裏社会の最高幹部、自らをアイビス=ブレイバードと名乗る男です」
「アイビス=ブレイバード……」
その名を聞いて『閃光のアイビス』という人物を思い浮かべる。
その男は500年前の死累戦争で同盟国の窮地を救い、数々の強敵を打ち倒した英雄として文献に書き記されている。
当時の俺とは敵対する同盟国だったのは覚えてくるが、剣を交えたかと言われればはっきりと覚えてはいない……って歴史を振り返っている暇は無い!
「それで他には?」
「私が知っている情報はこれで全てです」
「は? 仲間なのにそれしか知らねぇの?」
「仲間と言われても我々は裏社会です。自ら情報を開示するような人は滅多に居ません」
どうやら名前という名の偽名と組織の役職がレイゼンの知る素性らしい……ってもう何も知らないと変わらないじゃん!
「じゃあ代わりに正体を明かした理由を教えろよ」
「それは私を倒した時にお教えします。それともこの場でやりますか?」
あまりに利用価値のない情報に別の情報を要求するとレイゼンは淡々と戦いを吹っ掛けた。
俺は無意味な詮索だと割り切って仕方なく諦めることにした。
本当に素性を知らないのか、それとも仲間の秘密を守る為か、どちらにしても念頭に置いておくべき人物に変わりはない。
どこに逃げ隠れしようと必ず見つけ出してやる。
「一応伝えておくが、オリバー隊長たちが援軍として南に向かうらしい。もし王都に竜種が攻めてきたら仕方ないが、協力して倒すぞ」
レイゼンも理事長という社会的地位を失いたくは無いだろう。
「大変魅力的な提案ですがその申し出を受けることは出来ません。仲間の計画を台無しにしたくありませんから」
しかし予想とは裏腹にレイゼンは俺の申し出を断った。
「ふざけんなよ! じゃあお前は大人しく殺されんのか」
「私には『転移魔法』があるので、逃げようと思えばいつでも逃げられます」
「……マジで自分勝手だな」
この様子だと騎士団に加勢する気も無さそうだ。
むしろ竜種と戦っている間に背中を刺されるかもしれない。
やっぱりここで始末したほうが良いのかも――――。
「しかし王都に攻め来られる事態にならないよう貴方には渡しましょう」
机の引き出しを開けて小瓶を見せる。
「何だそれ?」
「闇市場で取り寄せた強力な睡眠薬です」
「まさか竜種に飲ませろってことか?」
普通の市場では流通できないレベルの睡眠薬なら竜種にも効くのか……?
そんな淡い期待を胸にレイゼンに尋ねるも首を横に振った。
「貴方自身が飲むんですよ」
「はぁ? 何でおれが?」
予想外の使用方法に困惑した様子を見せるとレイゼンは深くため息を吐いた。




