南の異変
俺とオリバー隊は人気のない路地裏へ駆け込んだ。
「民衆の前で一学生を相手に頭なんか下げないでください! 貴方たちはこの国の騎士なんですよ……」
騎士隊長に対して強めに叱責する。
ようやく終息してきたのに変な噂が流れたら堪ったものじゃない。
「君の言う通りだ、少し混乱していたらしい……」
先の行動を悔いる彼の言葉に違和感を覚える。
オリバーという男が魔物に対してどのような思いを持っているのかは分からないが、少なくとも魔物の大群が押し寄せたくらいで混乱する男には見えない。
「何かあったんですか?」
今回の魔物の大群と関係があるかもしれないと考え、彼らに尋ねる。
彼らは俺の質問に顔を見合わせて答えるべきか迷っている様子を見せるも、腹を決めたのかオリバーは再び視線を向ける。
「……じつは、王国南部で出没した竜種の群れを狩るために編成された団長率いる討伐隊に大きな損害が出たと、報告があったんだ……」
「竜種⁉ それは本当ですか!」
「ああ、攻め入る前に偵察隊を向かわせたらしいが、間違いは無かったと……」
衝撃的な真実に驚きを見せるが、それと同時に魔物の大群がこちらに来た理由が納得できた。
てっきり俺は恐ろしい災いの兆候だとか、魔物を統率する特異魔法者でも現れたのかと思った……って今はどうでも良い。
「オリバー隊長たちはこれからどう動くんですか?」
「討伐隊の状況とともに魔物の大群が押し寄せていると聞かされて援軍は難しいと思っていたけど、アルム君が一掃してくれたおかげで予定よりも早く討伐隊に合流できそうだ。ブレイド団長には来るなと言われたけど、王国の一大事でも黙って命令に従っているような騎士を目指していないからね」
悲報を聞いて顔を曇らせていたオリバーだが、『騎士隊長』の面構えになった。
人の頼もしさは実力云々で測れるものでは無いと彼を見ればそう思える。
「では討伐隊に加勢する時は俺にも一声を掛けてください」
普段の俺なら積極的に首を突っ込むなんてことはしないが、今回は王国内で発生した問題であり、対処しなければその脅威は王都にまで及ぶ可能性がある。先送りにしたり、他人任せにしている場合ではない。
しかしこの申し出に快く受け入れるかと思ったが、オリバーは首を横に振った。
「気持ちは嬉しいが、きみには王都に残ってもらいたいんだ」
「……それは何故ですか?」
とてもじゃないが最善とは言えない判断に俺は理由を尋ねた。
おれの実力を疑っている訳が無いから……何だろう?
「きみはまだ子供だからだ」
「……それ、本気で言ってます?」
想像を遥かに超えるマヌケな考えに怒りを通り越して呆れてしまう。
「……済まない、張り詰めている様子だったから冗談を言って和ませようとしたんだが、空気が読めていなかったようだ……」
オリバー再び落ち込む様子を見せる。
確かに冗談を言う雰囲気ではなかったが、イルクスの怪我のせいで気が立っているようにみえたらしいな。
「こちらこそオリバー隊長に気を遣わせてすみません。それで本当の理由は?」
「ああ、これは確信している訳じゃないから聞くけど体に異変はないか?」
「えっ? まあ確かに言われてみれば、なんか怠し、気持ち悪い……」
彼からの指摘を受けて無自覚だった体調不良に気付かされる。
「それは急性魔力欠乏症の症状だね」
一般的な魔力欠乏症とは違い、魔法などの体外へ魔力を放出する行為を短い時間に、限界近くまで行うことで目眩や倦怠感などの体調不良を発症する魔力障害のひとつである。
その上、一般的な魔力欠乏症よりも症状が酷く、回復にも時間が掛かるのだ。
「……なるほど、発症しない理由はありませんね」
興奮状態だったとはいえ、そんな事も気づけなかった自分を情けなく思った。
テイバンとの戦いで消費した魔力は翌日には回復している程度だったが、魔物の殲滅に使用した魔黒閃は他の魔法よりも魔力の消費も高い上、百発近くも連射してしまった。
「その状態のきみでも十分な戦力になるとは思う。でも回復しきれていない状態で竜種たちとぶつかれば、返り討ちに合う可能性も高い」
魔力の回復には体力と同様、質の高い睡眠や適切な栄養摂取で左右されるため正確な数字は出せないが、消耗した魔力を元通りにするまで一週間は掛かることが予定される。
明日、明後日に戦火を交えるというならオリバーが語る未来も否定できない。
「万全なきみが王都に残ってくれるなら安心して戦場へ行ける……不安かもしれないけどどうか僕たちを信じて欲しい!」
「…………」
俺は彼の訴えを黙って聞いている事しか出来なかった。
オリバーらの援軍で竜種たちを全滅させられるのかという不安も少なからずあるが、俺にとって重要なのは彼らの命だ。
俺が療養を選び、無理に行かなかったことでより多くの犠牲者を出してしまうと考えてしまう。
無論、王国の脅威を退ける騎士団に入団した以上は死ぬことも覚悟の上だろうが、救えたかもしれない命を見逃す理由にはならない。
「……すみません、やっぱり俺は――――」
彼の懇願を拒否しようとするも、強く訴えかける彼の瞳を見て声を詰まらせてしまう。
「……どうしても騎士団だけで決着を付けたいんですね」
これ以上おれが反対したところで意味が無いことを悟った。
「そうだ。身勝手なことを言って本当に済まないと思っている、けど――――!」
「分かりました。俺は王都に残るので貴方たちだけで竜種を片付けてください」
「……ああ! 任せてくれ!」
オリバーたちは嬉しさを顔に滲ませた。
しかしただ療養している訳にはいかない。
「王国北部の警備体制はどうなっていますか? 出来れば情報を教えて欲しいのですが……」
此度の竜種は王都から北のレブロック山脈から南に飛翔してきたのだろうし、警備体制の強化や侵入防止策などを企てている筈だ。
もしもレブロック山脈から新たな竜種が飛んでくるというのなら、俺が撃ち落として騎士団は南の竜種に集中して貰いたい。
「情報を教えることは構わないが、きみが知りたい情報は得られないと思うよ。今回の竜種はレブロック山脈と無関係だと結論付けられたから」
「……? じゃあ出所は別にあると?」
周辺地域に竜種の出没する可能性があるのはレブロック山脈のみ、であれば北部の警戒を強めればいいと思ったのだがどうやら違うらしい。
漠然とした自身の問いを口に出すとオリバーは神妙な面持ちになった。
「……これもきみにも関わりがあるから話すよ」
おれは緊張感を取り戻して頷く。
「魔物討伐試験で46人の僕の部下が亡くなったことは伝えたね。後日、彼らを埋葬するため回収に向かわせたんだが、一人の遺体も見つからなかったんだ」
「そんな事が……⁉」
遺体全てが圧縮されて押し潰れたとしても一人も見つからないのは有り得ない。
誰かが隠したのか……何のために? 時期的に考えれば出所不明の竜種と関係が――――。
『あの男は、私たちを供物と言っていました』――――――――。
因果関係を探る中、不意にフェルンの言葉が頭を過ぎった。
「まさか……⁉」
「ん? どうしたんだい?」
不自然な反応にオリバーは聞き返す。
「すみません、用事を思い出したので!」
彼らの元を離れて路地裏から抜け出す。
オリバーには真実を知る権利があるが確信を得られた訳では無い。
少なくともあの男に問い詰めるまでは黙っておこう。
俺は酔った感覚に蝕まれながらも目的地に向けて疾走した。




