勧誘されたワケ
「勝負が終わってからもう20分、急がねェと……」
凍傷した右手の治療と黒憑の説明を終え、カルティアが待つ生徒会室へ向かっていた。
何故こんなに時間が掛かってしまったのかと聞かれれば、それは先程終わらせたふたつの用事のせいだ。
カチカチに凍ってしまった右手は回復薬だけの治療は効果が薄かったため、火属性の魔法を行使できる生徒にじっくり解凍してもらって治療が出来た。
まあこれは俺の実力不足が招いた結果なのだから文句は言えないが、問題だったのは説明のほうだ!
『武器に纏わせる魔力の量を大幅に増やしたことであたかも噴出したかのような現象が起こる』と何度も説明しているのに――――。
「ただの魔力に色は付かない」
「そんなに魔力を放出したら効率が悪いだろう」
と批判を食らい、挙句の果てには……。
「魔法でもないのにテイバン様の魔法を攻略するなんて失礼よ!」
なんて理不尽なことまで言われる始末だった。
確かに魔法ですらない魔力操作で自慢の魔法が突破されたのは彼のプライドを傷つけたかもしれないが、あの状況ではあれが最善だったのだから仕方ないだろう。
テイバンがあいだに入ってくれたお陰で収集は着いたが――――。
「もう馬鹿には説明なんてしてやらん!」
そう心に決めると生徒会室が見えてくる。
俺は深呼吸して怒りを鎮めてからドアを開けた。
「アルム=ライタード、入ります」
「お疲れのところすみません、あちらでお話ししましょう」
執筆していた彼女は机から立ち上がり、ソファーのほうへ案内する。
本当に疲れていた俺は遠慮なくソファーに体を預けた。
「先の勝負は実に素晴らしいものでした。敗北という結果にはなってしまいましたが、テイバンにとって良い経験になるでしょう」
「俺も魔導大会の優勝候補とやり合えたのは良い機会でした」
「ご存じだったんですね」
正面のソファーに腰かける彼女は驚いた様子で尋ねる。
「ええ、有名ですからそれくらいは知っていますよ」
教えてもらった相手を言う必要はないため伏せることに決める。
「ではテイバンを打ち倒した貴方も優勝候補として期待されることになりますね」
「……魔導大会って俺みたいな一年生が出ても大丈夫なのですか?」
魔導大会、エンドリアス王国が加盟している連盟内で各国から選ばれた学生たちを競わせる大会、というのが俺が把握している情報だ。
魔導大会の開催期間中は王国放送で結果が報告されるから何となくは知っているが、上級生向けのイベントというイメージは強い。
「無論です。実力さえあれば、上級生を押し退けて出場することも可能です」
実力、ね……その点で言えばテイバンに勝った俺は選手として出場する可能性はっ非常に高いということか。
「それは楽しみです。でもその前に聞いておかなければならない事がありますね」
機会があるのならやってみたいものだが、今はそんな話をしに来たわけじゃない。
「教えて頂けますね、俺を生徒会に勧誘した理由を……」
俯いていた彼女はゆっくりと顔を上げ、紫紺色の瞳で俺を見つめる。
「……分かりました。回りくどい言い回しは好きでは無さそうなので、単刀直入に申し上げますとこの国の王女としての目的を成就するためです」
王女としての目的、学園の風紀維持とかそんな可愛い理由じゃないのは予想していたんだけど……。
「ではその成就したい目的をお教えてもらえますか?」
彼女は意外そうな表所を浮かべる。
正直、俺も政治や国の厄介事に自ら突っ込みたいとは思わないが、この国に住んでいる以上は無関係ではいられないしな。
「ライタード君はこの国の現状をどう感じますか?」
「……平民ということで貴族から横柄な態度を取られることがありますが、特に困ったところはありません」
彼女が言って欲しい言葉を理解しつつも、俺は思ったことを素直に話した。
学園以外で貴族と接する機会はほとんど無いし、家業も繁盛しているから物が買えなくて困ったことも無い。
経済的だけでなく、実力も高いほうに位置するから暴力に屈することも無いだろう。
無論、世界を見たわけじゃないから正確な立ち位置は不明だが、王国が誇る騎士団の隊長を超える実力者を倒し、そして同世代の優秀者が集う大会の優勝候補であるテイバンも倒した。
であればそのような結論に至っても傲慢とは言われまい。
「貴方に困った事が無いのは喜ばしい事です」
どんな反応を見せるのかと思ったら、彼女はただ笑みを浮かべた。
「しかし残念ながら、貴方のように幸せな生活を送れる人はそう多くないのが現状です」
「それは否定できませんね」
この学園に入学する前は傭兵として王都外へ出向き、魔物の討伐や人助けのため各地を巡っていた。
栄えていた地方もあったが、貧困に喘ぐ者のほうが多かったように思える。
貧困に悩まされる理由は様々だが、領地を治める貴族からの高い税、魔物の被害といったところが主だ。
平和な世であっても民の生活が豊かになるのとは別の話なのだと知った。
「ではカルティア先輩はそのような方々を助けるという目的があって俺を勧誘したんですか?」
いまいち繋がりは見えないが、話すタイミング的にそういう事だろう。
「そのような気持ちもありますが、私はそこまで人情深い人間ではありません」
貧困者を救済する、なんて素晴らしい目的だったらそもそも隠す理由は無いか。
「じゃあ一体、どんな目的をお持ちなのですか?」
「……私の目的は貴族制を廃止することです」
「な……⁉」
想像の斜め上の回答に言葉を失ってしまう。
貴族制の廃止、それは即ち国王とその系譜に連なる者のみで国家の運営を行うという事だ。
エンドリアス王国の方針を最終的に決めるのは国王だが、その方針を提示するのは貴族たちだ。
そのような体制を選んだ理由もちゃんとある。
王族は他国との外交を責務としており、自国の領地に目を向けている貴族の方が国民が求めている議題をより正確に提示できるという考えからこの体制を確立したのだ。
まあ仕組みは理解できるが、国民が本当に求めているかどうかはまた別の話。
「……何故そのような事を?」
しかし数百年間、機能し続けた体制を変えることは多大な労力、そして大きな反発を生むのは火を見るより明らかだ。
彼女が望んだ未来が気になってしまい、更に聞き出した。
「……これ以上の事をお話すわけにはいきません」
しかし彼女は拒む。
「ここまで話しておいてお預けですか……」
「一般の方が踏み込んでいい話は超えました。ここから先は政治です。ライタード君はお好きではないでしょう?」
彼女は見透かしたような目つき語り掛けた。
確かに政治なんて碌なものじゃないだろう。しかし彼女が王位を継承し、目的を成就してしまえば今後の人生に何らかの影響を及ぼすのは確実だ。
俺だけなら何とかなるかもしれないが、ロイドたちやラビスはそうもいかない。
無論、絶対に彼らを守り抜くと誓えるが、どんな未来が訪れるのか知っておくことに越したことはない。
理由次第じゃ、俺がここでカルティアの野望を潰してやる!
俺は黙ってソファーから立ち上がった。




