生徒会のお誘い
「アルム、今日は一緒に帰れそう?」
ラビスは授業終了の鐘が鳴るのと同時に俺に尋ねる。
「ああ、今日こそは一緒に帰れるよ。ずっと誘ってくれたのにごめんな」
俺はレイゼンに募らせていた怒りを忘れて彼女と共に席を立つ。
「仕方ないよ。あの試験から先輩たちが毎日押し掛けてたし……」
「しばらく話せなかったからな、今日はゆっくり帰ろう!」
「うん!」
俺とラビスは教室を後にした。
あの試験というのは二週間前の魔物討伐試験のことだ。
騎士団や周辺の森に大きな被害はあったが、生徒らに直接被害があったわけでは無いので、リーゼンが暴れたことは隠蔽しようという話になっていた。しかしその翌朝には王都中に噂が広まってしまい、騎士団は王国放送で包み隠さず事件の真相を話す事になった。
俺は情報を漏らした犯人として騎士団に詰められそうになったが、主にオリバー隊が庇ってくれたおかげでとりあえず平和な学園生活を送れている。
しかし平和になったのは割と最近のことで、一昨日まで俺の実力を確かめようと授業が終わるたびに腕に自信のある上級生たちが教室に乗り込んできたのだ。
わざと負けていれば、もっと早く騒動も収まっただろうがそれはオリバー隊、延いては騎士団そのものが低く見られてしまう。
騎士団の信頼が揺るぐことでどれだけ俺の生活に影響するのか知らないが、庇ってくれたオリバー隊が舐められるのは望むところではない。
忙しい二週間だったが、悪くない非日常ではあった……昨日を除いてな。
「――――ルム、アルムッ!」
忙しかった二週間を振り返っていると肩を掴んでラビスが呼び掛けていた。
「何でしょうかラビスさん?」
「用があるのは私じゃなくて先輩だよ」
またか、と心の中で思いながら渋々その先輩に意識を向ける。
「初めまして、三年生のミリエラ=スワントと言います」
軽くお辞儀をし、透き通った水色の瞳が俺を見つめた。
「なッ……⁉」
男だと予想していたため、思わず面食らってしまう。
というか、ここ二週間は男とばかり接する時間が多かったため女性への耐性が落ちたのも関係あった。
「……スワント先輩って生徒会の方ですよね?」
衝撃が抜け切れていない俺を横目にラビスが話を進める。
「よくご存じですね」
「入学式で会長さんの近くで立っていたのは憶えていたので、もしかして勧誘ですか?」
「率直に申し上げればそうなります。ライタード君は生徒会に興味はありませんか?」
落ち着きを取り戻した俺は彼女の問いを考える。
「……生徒会がどんな活動をする組織なのか分からないのでお答えできません」
そう言えば、生徒会がなにをする組織なのか全然知らないわ。
入学式に簡単な説明はしていた気がするけど、退屈のあまり睡魔と戦っていて碌に憶えていない。
怒らせないよう言葉を選びながら返答すると彼女はほんの一瞬、眉間にしわを寄せた。
「……それでは仕方ありませんね。しかし活動次第では加入も検討していただけるのであれば、生徒会室に足を運んでみませんか?」
しかし見間違えと疑うレベルの速さで表情を戻し、俺を勧誘してくる。
先の眉毛は怒っている合図だ。
なぜ怒らせてしまったのか理由は分からないが、これ以上怒らせる前に彼女に付いていくのが正しい……が、ラビスと帰る約束を果たさなくてはならない。
「あ、そういえば買いたい物があったんだ。ごめん、わたし先帰るね」
不意に言い出したラビスは俺に背を向けて足早に歩き出す。
空気を読んで言ってくれたのか、はたまた本当に買い物があるのか、どちらにしても悩みが解消されたのは事実だ。
だが、本当にそれで良いのか?
「待て!」
俺は腕を伸ばして彼女の手を強く握る。
「アルム……⁉」
ラビスは突然の状況に戸惑ってしまい、体が硬直する。
「素晴らしいご提案ですが、後日にしてもらえませんか?」
俺がすべきことは初対面の相手に嫌われないよう振る舞うのが正解なのか?
そのためなら友人との約束を破棄しても良いのか?
違うだろ、本当に俺がすべきことは――――。
「今日の放課後は彼女と帰る約束をしているので」
彼女との約束を果たすことだ!
この件をミリエラが生徒会で話し、再び俺の悪評が広まって孤立するような事があっても関係ない。
俺は噂で態度を変えるような有象無象の生徒に嫌われるより、彼女の約束を反故にしてしまうほうが看過できない。
俺の覚悟は決まったぞミリエラ=スワント、どうしようと好きにしろ!
「先約があるのでしたら仕方ありません。では明日の放課後はいかがでしょう?」
罵声を浴びせられるくらいは覚悟していたが、彼女は淡々と話す。
「……分かりました、じゃあ明日の放課後、そちらに伺います」
それどころか笑みを浮かべているようにも見えた。
「ではそのように会長へ伝えておきます。さようなら、ライタード君」
長髪の藍色を大きく揺らして俺たちと反対方向へ歩き出した。
あの反応から彼女がどんな行動を取るのか読めないが……一先ず忘れよ。
「さっ! 帰ろラビス」
気持ちを切り替えて声を掛けるが、彼女の顔が真っ赤だった。
「何をそんな真っ赤に……ああ、悪い」
理由を尋ねようとするもラビスの手を握ったままだったことに今更ながら気付く。
昇降口に行くための廊下だから人通りも多いし、今の俺はちょっとした有名人だ。下手に注目を集めて恥を掻かせてしまったようだ。
「ううん、大丈夫」
手を離した途端に握っていた右手を自身の胸元に寄せる。
俺、嫌われてないよな……?
「……アルムのほうこそ断わって大丈夫なの? 私は別の日でも良かったよ」
「まあ少し怖かったけど、あの感じなら大丈夫でしょ」
「だったら――――」
これ以上の議論は不要だと考え、彼女の口元に人差し指を立てて静止させる。
「俺はさっきの先輩と生徒会に行くよりもお前と一緒に帰りたかったんだ。それとも迷惑だったか?」
彼女は僅かに体を震わせたあと、黙って俺の左肩に体を寄せる。
「ううん……嬉しかった」
「なら良かった!」
先程よりも距離が近くなったせいか、より一層真っ赤になっているように見えた。




