兼ね備えた体
夕方頃、ベッドと衣服を汚した俺は正直に両親に話した。
「アルムがおねしょだなんて初めてじゃないかしら」
仕事が終わったばかりで疲れているだろうレイナだが嫌な顔一つせずベッドシーツを取り換える。
そんな献身的な彼女を見て否定することは出来なかった。
「いや、どう考えてもおしっこの色じゃないだろ!」
雑巾を絞りながらロイドが適切に突っ込みをいれる。
「そうなのアルム?」
「気づいたら濡れてた、みたいな……」
「初おねしょじゃないのね。残念」
「残念て、これがおねしょなら今すぐ精密検査だ」
何故か残念そうにするレイナにまたも突っ込みをいれるロイド。
大酒飲みで口下手な父親だと思っていたが今回ばかりは感謝と尊敬しかない、あといい加減おねしょ連呼は止めて頂きたい。
「しかし雨漏りって訳でもなさそうだし、この液体はどこから来たんだ?」
天井を見上げるロイド、しかしそのような形跡は見当たらない。
可能性があるとすれば魔法だが暗黒魔法にそんな特性は無い。
では何者かが俺の部屋に液体を転移させた……? いや意味が分からなすぎる。
「原因はあとで考えるとして早く片付けて夕食にしましょう!」
「そうだな」
三人係りで部屋の掃除を進めていった。
***
多くの者が寝静まる真夜中、突然アルムは目を覚ます。
「あつ……」
俺は起こさないように静かに毛布をめくってから寝室を抜け出す。
寝床がないため今夜は両親のベッドで寝ることにしたが、両隣に挟み込まれての快眠は無理だったらしい。
我慢できない暑さでは無かったが寝付くまで時間が掛かりそうだったため、明日の要件を済ませようと自室に向かう。
「俺の感覚が間違っていなければ……」
そう言ってベッドに染み込んだ黒いシミに触れる。
いい寝起きとは言えないが睡眠を取ったことで感覚が研ぎ澄まされ、集中力が増している今の俺なら感知できるはず……。
「やっぱり、アルムの魔力を感じる」
自身の魔力を感知した俺はそのまま床に座り込む。
この黒い液体は俺の魔法で生成したもの、正確に言えばアルムという肉体に潜在する魔力で生成したものになる。
「確かに直前まで水のことを考えていたしな……待てよ」
黒い液体の正体が判明した直後、新たな疑問が生じる。
「この体では、汎用魔法が使えるというのか……!」
俺はベッドに手を突き出して水魔法を発動させようと試みる。
「【創水】」
黒色の構築式が出現し黒水が噴き出すと、半乾きだったベッドは新たなシミを作り出す。
窓から流すのは良くないと思ってベッドに出したけど、これはこれで良くなかったと出した後で後悔した。
「……けどこれは凄いぞ。この体、特異魔法と汎用魔法どちらも使える!」
数百年ぶりに水魔法が使えたことにテンションが高まるのを感じる。
こんな黒い水を飲む気には全くなれないが、同期と共に頑張った思い出や努力が目に見える形になるというのは嬉しいものだ。
「じゃあもしかして……【雷撃】」
思い立った俺は窓を開けて空へ雷魔法を発動させる。同様に黒い構築式から黒い稲妻が放出する。
どうやら記憶として定着させた二つの汎用魔法は使えるようだ。
俺は期待を膨らませて昼間に読んだ魔法学の本を再び手に取り、構築式が描かれたページを開く。
「他の魔法も使えるかも……!」
魔法に対して人並みの関心はあるがここまで食い付くのには理由があった。
それは殺戮に特化した暗黒魔法で人を助ける、もしくは殺戮以外の手段を見出したかったからである。
彼は人を貶め、傷付ける自身の魔法に嫌悪していた。しかし汎用魔法は仲間と共に勉学に励んだという良い印象があり、人々を守り豊かにする魔法が数多くある。
生き方を見失っている彼には光明に他ならなかった。
「あった……結界魔法の構築式」
込み上げてくる嬉しさを抑えきれず声を漏らす。
目の前で仲間や妻が無残に殺されてしまった時、この魔法が使えればと何度おのれを呪ったことか……。
「ふぅ……落ち着け」
過去の後悔を幾らしたって変わらない……前に進もう。
俺は月明かりが差し込む場所まで移動して習得に意識を向ける。
汎用魔法の習得するプロセスは全て決まっている。
まず構築式を脳に記憶として定着させること。そして最終的に構築式を白紙に描けるようになるまで暗記作業は終わらない。
ひとあず構築式全体を眺めて形状を頭に叩き込むことから始める。
「めっちゃ久しぶりだ! この感じ」
暗黒魔法を手にしてからこんな地味な作業を暫くやっていなかったため、懐かしさを噛み締めながら作業を進める。
訓練兵当時は起きている時間のほとんどを魔法習得に充てていたせいか夢に見てしまうほど重症だった。目と脳がイカレてしまうのではないかと本気で思ったくらい辛かったけど、今となっては良い思い出だ。
「少し間違えただけで怒鳴られてたっけ……」
「ちょっとアルム! 夜更かしなんて駄目でしょ!」
感傷に浸っている中、背後からレイナの怒鳴り声が俺に向けられる。
「母さん! いつからそこに?」
先の独り言を聞かれていたら不味い、そんな考えが頭を過ぎる。
「そんな事より早く寝るわよ」
欠伸をする彼女は腕を引っ張って階段を下る。
この様子だと気付かれてはなさそうだな……。
「ご、ごめんなさい」
真夜中に希望の光が見えた俺は心地よい気分でベッドインを果たす事となった。




