真の目的
12時を過ぎた満月の夜、複数の人影が試験跡地を徘徊していた。
「あの狂信者め! 指示通りに仕事も出来ないのか!」
「組織への大恩を忘れるとはな。所詮は邪神を崇める異常者に過ぎんのだ」
黒装束の男たちは肉塊を引きずりながらリーゼンの悪態を吐く。
「死人を悪く言うのもそれくらいにしましょうよ。それに形はどうあれキッチリ、供物だけは揃えたんですから!」
彼らは大木も瓦礫も無いまっさらな更地へ移動すると仲間と思しき黒装束の者たちが陳列しており、離れたところには大量の肉塊が一か所に積まれていた。
彼らも持ってきた肉塊をそこへ放り投げる。
「そうは言っても新入り、こんな原形も留めていない死体を運ばせるなって話だよ!」
「済まないね、面倒事を押し付けてしまって」
突然、誰も居なかった彼らの背後に仮面を被る男が現れる。
「ぶ、ブレイバード様! いえ、ブレイバード様に文句を言ったわけ……!」
「ははっ、分かっているよ。ただ悪いことをしたと思っているのは本当なんだ」
焦って弁明する部下に対してブレイバードという男は優しく接する。
「何を仰いますか、貴方様は裏社会の最高幹部なのですよ。先程はあんな無礼なことを言ってしまいましたが、ブレイバード様の命令であれば快く承ります!」
ブレイバードを除く全員が地面を片膝に付けて深々と頭を下げた。
「私は良い部下を持てたな。ではベーラ、状況を報告をしてくれ」
「はっ! エンドリアス騎士団の死体捜索から一時間が経過し、現在回収できた総数は46人です!」
「ふむ……」
ブレイバードは側近のベーラから報告を受けると積み上げた死体の山に手を突っ込んだ。
赤黒い血液や漂わせる死臭を気にも留めていない様子に部下たちは唖然としてしまう。
「うん、魔法騎士を名乗るだけあって供物として申し分ない。みんなありがとう」
「身に余る光栄です!」
ブレイバードは感謝を告げると部下たちの代表としてベーラが返事する。
「ひとつ訊きたいのだが、この死体は人間の死体なのか?」
赤い肉塊の中に交じった黒い肉塊を指差す。
「はっ! 原形を留めておらず、所持品からの予想になってしまいますが実行犯のリーゼン=へレイストンの死体だと思われます」
「彼はどうしてこんな黒くなってしまったんだ?」
「……申し訳ありません。追求すべき問題では無いと勝手に判断し、原因を調べませんでした。この失態はどのようにして償えばよろしいでしょうか?」
煮るなり焼くなりお気が済むまで、と言って罰を受けようとする彼女にブレイバードは小さくため息を吐いた。
「ベーラ、そんなに自分を責めなくて良いんだ。ミスや間違いは誰にでもあるからね。それに少し気になった程度の疑問だから君の判断は正しいよ」
「気になった……? 黒い死体にですか?」
「ああ、この死体からは禍々しい魔力を感じるんだ。供物として不安要素ではあるけど、これはこれで面白いかもしれないな」
そう言って仮面男は胸元から構築式が描かれた紙を取り出して紐を解く。
そしてその紙を月明かりが照らされるように積み上げた肉塊に乗せた。
「【月光の血陣】」
魔法発動と同時に紙面に描かれた構築式が消え、供物となる肉塊を覆うほどの大きな構築式が地面に転写する。
その瞬間、大量に積まれていたはずの肉塊が霧散し、構築式の中に吸い込まれていった。
「何ですか、あれ……!」
青年は淡い藍色の構築式を見て圧倒される。
「新入りは見るのが初めてだったな。あれが俺たちが尊敬するブレイバード様の特異魔法だ」
「……美しい!」
青年はただ純粋に思ったことを口にする。
彼にとってその構築式は地上にもうひとつの満月が映し出された、そう錯覚するほどに美しく、洗練されていた。
「頃合いかな」
ブレイバードは胸元から魔物の骨を取り出し、構築式の中へ投げる。
投げた骨も霧散し吸収された直後、構築式から強い波動が生じ、白い蒸気が噴き上がった。
「お下がりください!」
部下たちはブレイバードの身に危険が及ばないよう周りを囲む。
「心配ない、魔法は成功だ」
しかし部下たちを押し退け、ブレイバードは蒸気の中へ走っていく。
部下たちは心配しつつ、蒸気が晴れるのを待つことにした。
「ベーラ殿、あの御方は何をしようとしているのですか?」
なにが現れても動揺しないよう蒸気が晴れる前に彼女に尋ねる。
「ブレイバード様は人間を媒介に竜種を召喚しようとしているのだ」
「わ、竜種ですか⁉ それは幾ら何でも無茶なのではないのですか?」
彼がそんな反応を示すのも無理はない。
召喚魔法自体はこの世界に広く知れ渡っており、習得自体もそれほど難しくはないが差し出すモノと得るモノが割に合わず、現状召喚魔法を行使する者はほとんどいないのだ。
それがたとえ魔法騎士の死体だとしても望みは薄いと言わざる負えない。
部下たちは頑張って死体を集めた意味が無いと考えて気を落とす。
「まあそう落ち込むな。あの御方の魔法がそこらの召喚魔法と一緒ではない。きっと何体もの竜種を召喚してくれよう」
「あはは、そうですね……」
希望に満ち溢れたベーラに部下は苦笑して答える。
(せめて一体くらいは召喚して……いや、それも無理かな)
何の期待もせずに蒸気が晴れると蜥蜴に近い生物がブレイバードにすり寄っている光景を目撃する。
「いち、にぃ、さん、よん……何体いるんだよ⁉」
「おめでとうございます! ブレイバード様!」
ベーラの予想が見事的中し、部下たちは驚愕した。
「ああ、幼いとはいえ16体も召喚できたのは運が良かった」
「ブレイバード様、あまり近付かないほうが……」
優しく体表を撫でるブレイバードを部下たちは心配する。
成竜とはいえ、既に成人男性並みの体長を有しており、魔物として警戒する必要は十分にあった。
「召喚魔法には術者に反抗しないよう構築式には組み込まれているから咬み付かれる心配はないよ」
「流石です!」
「それなら良いのですが……」
(((いや、咬み付かれるどころかそのまま食い千切られそうなんですけど……)))
ベーラを除く全員が口を揃えずとも同じことを考える。
ブレイバードはそんな部下たちの不安を余所に一体ずつ直に触れながら異常が無いか確かめている。
すると青色の個体の中に色違いの子竜に目を付ける。
「……供物の魔力に影響されたのかな?」
その竜だけが灰色であったがそれ以外に明確な違いは見受けられなかったため、すぐに興味が失せた。
「暫くのあいだは魔物や人間を食べて大きく成長するように。何かあったらまた会いに来るよ」
そう言ってブレイバードは方角を示し、飛び立つよう促すと子竜たちは翼をはためかせて、真夜中の闇へ消えて行った。
「竜種とはいえ、子竜だけで大丈夫なのでしょうか?」
「母体から生まれる一般の個体とは違って成長速度は段違いだ。一か月もあれば成竜にまで成長してエンドリアス王国を滅ぼせるだろう」
「確か、エンドリアス王国に娘さんが住んでいたのではないのですか?」
彼は自分たちが動くことを先読みして事前に聞いておこうと試みる。
「ああ、彼女なら心配いらないよ。私よりずっと強いからね」
「左様でございますか……」
軽い冗談だと受け流して会話を終わらせると彼らも闇の中に姿を消した。




