怒涛の大災害
「「「ウワアァァ――――――――‼」」」
力づくで黒き空牢が破られたことにより魔法特性が失われ、アルムを除く全員が空へ浮かび上がる。
そんな彼らを助けようとするが――――。
「なッ――――⁉」
変わり果てたそとの景色に衝撃を受ける。
晴れていた天気は灰色の雨雲に覆われ、緑に生い茂っていた森は姿を消し、荒廃した大地が拡がっていた。
「――――って今は【黒棘】」
気を取り直してアルムは両隣から黒棘を生成し、彼らに向けて一直線に伸ばしていく。
棘先で引っ掛けようと試みるアルムだが、時間とともに出力を増した浮力によって十数メートルのところで砕け散る。
「ここまで来るともはや引力だな!」
アルムは悪態を吐きつつ彼らを地上へ戻す方法を模索する。
(俺みたいに魔法抵抗するしかないが、全員ができるとは思えねぇ……誰かが出来ない奴の分まで肩代わりすれば――――!)
一つの答えを導き出したアルムは右手に長槍を生成すると魔力を纏わせる。
「一番上の奴! 投げるから掴めよ!」
一番高い位置にいる女子生徒に狙いを定めると、右上半身を後ろに反らして足腰に力を入れた。
「オオオオォォ――――ラアァ‼」
唸り声を上げながら彼女に向けて投擲する。
風を切りながら生徒や騎士の間を通り抜けて女子生徒にまで届いた。
「ふっ!」
手を伸ばして長槍を掴むと引力の影響が弱まりゆっくり降下していく。
「……そういう事ね!」
一連の流れを見ていたフェルンは魔力を体外に放出して女子生徒のように降下する。
アルムのように体表に張り付かせるのは難しいが、自身の身体を魔力で包めれば同様の効果は得られる。
「皆さん。自分を魔力で覆って魔法抵抗してください!」
「わ、分かりました!」
「確かにそれなら……!」
彼女の助言を聞き入れた彼らも体外へ魔力を放出し始める。
「落ち着いてやれば、大丈夫だ!」
「大雑把でも良いから、身体を包み込むんだ!」
生徒を手助けするほどの余力は無くとも、騎士として自分たちが出来ることを精いっぱい務めようとした。
しかし抵抗できない者や魔力そのものを使い果たしてしまった生徒も少数だが存在する。
「魔法抵抗出来てないのは、あと八人……」
アルムはその者たちに向けて丁寧に一本ずつ投擲していった。
「た、助かった……」
最後の生徒にも掴ませることに成功し、息を切らしながらその場に座り込む。
「大丈夫?」
フェルンが心配した様子で駆け寄る。
「ええ、慣れない作業で少し疲れただけですよ……」
「聞きたい事があるのだけれど、さっき投げていた槍って魔力を纏っていたから魔法抵抗出来ていたのよね。一体どういう原理なのかしら?」
武具に魔力を纏わせることは強靭性を向上させるため、騎士団がよく使う手法でありそこまで珍しくはない。
しかし魔力を持続的に纏わせるには、定期的に供給元から魔力を送ってもらわなければならない。
数十秒も供給元から離れれば魔力が送られず離散してしまうのだが、アルムが投擲した槍は未だに魔力を纏ったままなのだ。
魔法学に並々ならぬ思いがあるフェルンにとって、その謎を解き明かしたいと思うのは自然なことだった。
「纏わせる工程にプラスして槍の内部に飽和魔力物質を混入させたんです」
「飽和魔力物質って過剰に魔力を注ぎ込んだ物質のことよね。それを内部に?」
「はい、少し前に結晶魔法に魔力を注ぎ続けてみたんです。ある程度まで硬度が増加するんですが突然ひびが割れて、それでも注ぎ続けたら砕け散って砂化したんですよ」
「よくそこまで続けられたわね……」
フェルンは凄さを通り越して呆れた様子だった。
魔力を物質として生成するために魔法があり構築式がある。
しかし魔法発動を超える魔力を注ぎ続ければ、適量を前提に作られた構築式は崩壊し生み出された物質も崩れ去る。
「でも砂化しようと魔力で生成されたことに変わりはない。それも膨大な魔力で……」
意味深な笑みを浮かべながらフェルンに視線を向ける。
「……原理は理解できた。でも飽和魔力物質だからって魔法抵抗と同様の効果を得られる理由は結局分からないわ」
アルムは当てが外れたように首をガクッと下げる。
飽和魔力物質が魔法抵抗と同様の効果を得られるのは同じ現象が起きているからに他ならない。
そもそも魔法影響を受ける理由は魔法発動に注いだ魔力量より少ない魔力物質が存在するためだ。しかし今回のような一部の例外を除いて、ひとつの魔法より魔力総量が劣っている人間はこの場に存在しない。
ではなぜ騎士団や生徒、アルムですら魔法の影響を受けたのか――――それは魔力が体内に潜在したままだからである。
魔法は構築式を通して体外へ魔力を放出するため、魔力を体内に潜在させたままでは体外に生じた魔法影響に干渉することは不可能ということ。
特に引力を生じさせる此度の魔法は体外へ魔力を放出させる魔法抵抗以外に太刀打ちする術はない。
しかし物質として生成する結晶魔法黒器創成は高い魔力密度に加えて槍内部に飽和魔力物質が混入している。
「――――だから魔法抵抗も飽和魔力物質も体外へ魔力を放出し、魔法影響に干渉しているため同じ効果を得られるのです! ……はぁ、説明疲れた」
休もうと座り込んでいたはずのアルムは、より一層疲労の色が強く見受けられた。
「……なるほど、疲れているのに丁寧に教えてくれてありがとね」
準備が整うまで休んでいて、と言い残してこの場を後にする。涼しい顔を装う彼女だが頬に汗が伝い、僅かに表情筋が震えていた。
(魔法の知識を広めるとは言え、生徒に教えを乞うなんて……帰ったら最新の研究論文を読み漁らなくては!)
彼女は静かな熱意を滾らせていた。
権力や立場で物を言わせる性格ではないが、教師として生徒より魔法の理解力が乏しいと思われたくはないらしい。
アルムは一呼吸置いてから周囲の状況を観察する。
(引力でここら一帯の森が根こそぎ引っこ抜かれたのは分かるが、一本も見つからないのはどう考えてもおかしい。見えない所まで飛ばされたか、或いはまだ空に――――)
「……ん?」
アルムの髪の毛が数本ほど、ピンッと張り立つ。
魔法影響で引っ張られているが痛みを伴うほどではない。
「何で、俺の髪の毛が引っ張られて……! 魔法抵抗はちゃんとしているのに」
しかし彼は大きな焦燥と不安に駆られていた。
「魔法抵抗を上回った……⁉」
「え、あれ、何で?」
直後、移動の準備に取り掛かっていた一人の女子生徒が困惑の声を漏らす。
彼女はアルムの長槍に頼らず、自身の魔力で魔法抵抗していたのだが、突如両足をバタつかせて再び浮き上がってしまう。
「なに遊んでんだ? 早く準備するぞ」
「違うわ! なんで急に……!」
男子生徒が注意するも彼女は至って真面目であり、それどころか今にも泣き出しそうになっていた。
「まじかよ!」
即座に立ち上がったアルムは彼女の手を取り、地面に足をつかせる。
「あ、ありがと、アルム君!」
「お前ら全員、これ持ってさっさと離れろ!」
アルムは彼女に長槍を渡して全員に投げかける。
「何言ってんだ? お前の力を借りなくても魔法抵抗ぐらい――――」
「死にたくなかったら黙って言う事を聞け!」
焦った様子で怒鳴り散らすアルム、そんな彼の声をかき消すように上空から爆発音が轟く。
雷の音だと誰もが思い込み空を見上げると、雨雲を押し退けて大岩が姿を見せる。
否、『それ』を大岩というにはあまりに大きく混じり過ぎたモノだった。
表面に土塊がこびり付いていただけで、目を凝らすと姿を消した森がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
「ッ……⁉」
「なんだよ、あれ……」
非現実的な光景に誰もが立ち尽くす他なかったのだった。




