死に際の言葉
ギィィン、と金属同士を強く打ち付けるような甲高い音が両者の間で鳴り響く。
しかしどちらも金属器を用いてはおらず、一方は高硬度の結晶で作られた剣、もう一方は鋼鉄の硬度を上回る人肌だった。
「存外に素手も悪いものじゃないな! お前もやってみろ」
リーゼンは鋭く尖った五指でアルムを突き刺すように攻撃を繰り出す。
「魔物にしか出来ないよ、そんな芸当!」
アルムは回避とカウンターに徹しながら彼の能力を測っていた。
(上手くカウンターを決めても浅傷程度、接近戦は不利か……)
近接戦闘が得意なアルムが押し切られている事態に焦る様子を見せる。
「【黒棘】」
魔法発動直前に後退し、リーゼンを囲うように鋭い棘で彼の体躯に穴を開ける。
「ぐおぉ……!」
腹部や脚が貫かれて苦渋の表情を浮かべるリーゼンにアルムは追撃しようと試みる。
「――――ウオオオオォ‼」
「なっ⁉」
しかし全身の筋肉を動員して強引に黒棘をへし折るという力技で拘束を解いた。
「いってェなクソがァ!」
悪態を吐きながら突き刺さった棘を抜き取ると傷口が塞がっていく。
「化け物かよ!」
人間離れした行動と生命力に僅かながら恐怖心も覚える。
「その化け物にどうやって引導を渡すんだ!」
より一層、狂気を増すリーゼンに黒棘の出力を上げて凌ぐ。
(あの肉体に傷を付けるのも簡単じゃねえのにあの再生力は厄介過ぎるが、これだけの力をノーリスクで行使できるわけが無い。ここは黒玉の効果が消えるまで時間を稼げば――――)
「戦闘に集中していないなんて相手に失礼だぜ!」
力いっぱいに地面を蹴ってアルムに触れられる距離まで詰めた。
「しまっ――――⁉」
「もう一発だァ!」
頭部に目掛けて鋭い五指がアルムに目の前に差し迫る。
不意の攻撃にも剣でガードして対応するもリーゼンの一撃が止まることなく、間に入った剣すら砕いてアルムのほうへ直進し続けた。
「ぐうぅ……‼」
リーゼンの五指が顔面を貫こうとした瞬間、咄嗟の判断を下して左手で受け止めた。
無論、手首を掴む余裕は無かったため左手を貫かせて難を逃れる。
激痛が全身を駆け巡りながらもリーゼンを蹴り飛ばし、自身も後退して何とか距離を取る。
「いったぁ……!」
左手首を強く握りながら殺意と怒気を含んだ眼差しをリーゼンに向ける。
「もう良い、ぶっ殺す‼」
本来であればアルムが思案した『効果が消えるまで時間を稼ぐ』というのが最適解であるのは間違いない。しかし激しい痛みによって理性的に考えていた思考は吹き飛び、衝動的な思考にチェンジしてしまったようだ。
「【黒棘】」
感情的になってしまったアルムは今までと異なり乱雑に魔法を展開する。
「物量で圧し殺せるほど甘くはねえぞ!」
リーゼンは向かって来る黒棘をへし折りながら少しずつアルムに接近する。
「馬鹿言え! お前はこの手で殺してやるんだからな、【影移動】!」
広範囲に展開された黒棘によって生じた影はリーゼンすら覆うほどまでに広がっていた。
アルムは影に入り込むと一瞬にしてリーゼンの背後に現れる。予測すらしていないリーゼンの背中は隙だらけであり、アルムは短剣を彼の心臓に突き刺した。
「グアァッ……⁉」
「初見じゃ対応は無理だろォ!」
アルムは勝利を確信する――――が、同時にリーゼンも勝利を確信する。
「捕まえた」
心臓を貫かれたにもかかわらずリーゼンは嬉々とした表情で背中に腕を回し、逃がさないようアルムの両腕を掴む。
「初見じゃねえよ。女教師を殺そうとした時、使ってくれたじゃん!」
「チィ!」
アルムは振り解こうと両腕に力を込めるがそれ以上の力で抑え込み、動かせる状態ですらなかった。
「まあ蹴られてほとんど見えなかったけど、一応覚えていたさ。そっちから殺せる距離まで近付いてくれてラッキーだ!」
リーゼンは話しながら徐々に力を強めていく。アルムの腕からは筋肉や骨が軋む音が聞こえ、恐怖と不安を掻き立てる――――はずだった。
「そんなに強く握らなくてもお前の傍から離れねえよ」
「……?」
状況を見ずに聞き取れば、恋人に掛ける甘い言葉と勘違いされてもおかしくはない発言。あまりに場違いな言葉にリーゼンも固まってしまう。
「お前の嬉しそうな顔が見れて心底嬉しかったよ、【黒器創成】!」
魔法を発動させると心臓に刺さったままの短剣から複数の刃が生え出し、周りの内臓にも刃が向けられる。
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアァァ――――――――‼」
自身の内臓が貫く激痛と、体内に異物が暴れ回る気持ち悪い感覚が相まってこれ以上ないほどの絶叫を上げた。
アルムの腕を引き千切ろうとするも、経験したことのない痛みで全く力が入らない。だからと言って不用意に離れれば更なる激痛が彼を襲うことになる。
「イイねェ! 希望から絶望に叩き落とされる愚者を眺めるというのは! 不要なリスクを背負っただけの価値はあるぜ!」
溜まりにたまった鬱憤を晴らそうと必要以上にテンションを上げてリーゼンを貫き続けた。
「ア、アァ……」
「おっと」
異常な再生力を凌駕したのか傷付いた肉体は再生せず、全身の血を流し尽したであろうリーゼンは地面に横たわりうめき声を上げた。
「……こんなに手こずったのはお前が初めてだよ」
アルムは先の発言を悔やみつつ彼の首元に剣を突き立てる。
「……リムド――――」
死が差し迫るリーゼンは最後の力を振り絞って口ずさむ。
「え、なんて? 遺言くらいは聞いてやるからもう少し大きな声で頼むわ」
死にかけの人間に対する接し方ではないアルムだが、殺人鬼に優しくする義理も無いと考える。
「…………」
しかしリーゼンはうつ伏せになったまま無言を貫く。
まるで言いたい事は既に言い終わったような様子だった。
「……分かった、いま楽にしてやる」
首を斬り落とそうと剣先を空へ向ける――――が、スルッと手から柄が離れた。
そして手放した剣が落ちてくることは無かった。




