尋問
王都出発の準備が完了させた後、生徒たちを整列させた。
「君たちが討伐した魔物は我々でポイントを算出し、後日学園に結果を伝えます。そして戻ってきていない生徒は責任をもって王都まで帰還させることをお約束します」
オリバーは要点だけを伝えて少しでも早く帰らせようと説明を急ぐ。
騎士団に死者が出たという真実を知るのはオリバーやリーゼンなどこの場に集まった騎士、そして担任のフェルンのみ。幸いなことに生徒たちに死者が出なかったため、伏せる事となった。
「この場に居る皆さんは部下と教師の指示に従い、落ち着いて王都へもどっ――――」
「少し良いですかァ!」
一人の女子生徒が勢い良く腕を上げ、オリバーの説明を遮る。しかし女子生徒は呼吸を荒げ、顔を真っ青にしていた。
「何ですか?」
オリバーは時間を気にしつつも発言を許可する。
「……わたし見たんです。そこの人が……騎士を斬っているところを!」
震えた指で一人の騎士を指差す。
「……リーゼン?」
この場にいる全員がリーゼンに視線を向け、予想外の指名に思わずオリバーが呟く。
「あの子が言っていることは本当なのか?」
生徒を王都まで送り届けるリーゼンに不信感を持たれないよう、その場で真偽を確かめた。
「違います、私はそんな事をしていません!」
リーゼンは苦悶の表情を浮かべながら強く否定する。
魔物から人々を守る騎士団が仲間を殺した犯人扱いを受けていることにプライドが傷つけられたようだ。
「小鬼を斬ったのと勘違いしただけじゃないのか?」
騎士団に憧れのある男子生徒はリーゼンを擁護する。
「ち、違うよ! 本当に――――」
彼女は反論と試みたが、彼の言葉を皮切りに一斉に彼女を否定し始めた。
「んだよッ! 驚かせんなよな」
「騎士団が騎士を斬るわけないじゃない!」
「疲れてんだから、早く帰らせろ」
「見間違えでもこれは無いよ!」
「うう……」
女子生徒は声を発したことを後悔しながら薄っすら涙を浮かべる。
「皆さん落ち着いてください! 勘違いは誰にでもあることです、責めるのは良くありません!」
被害者であるリーゼンは大人の対応見せて女子生徒を庇った。
「ではオリバー隊長、早く試験を終わらせましょう」
「……そこのキミ。教えて欲しいんだけど、リーゼンが騎士を斬ったときクラスメイトは近くにいたのかな?」
リーゼンは号令を促すも無視してその女子生徒に問いかけた。
「隊長、その話はもう――――」
再び掘り返される話にリーゼンが介入しようとすると、オリバーは鋭い眼光で睨みつける。リーゼンはため息を吐いて話が終わるのを待つことにした。
「い、いませんでした!」
問われた彼女ははっきりと答える。
「……本当に? 命を賭けられると誓えるか?」
今度は彼女に鋭い眼光で睨みつけ、いつの間にか口調も生徒に向けるモノではなくなっていた。
しかしそれだけこの問答が重要であることをこの場に居るすべての者が痛感した。
「――――誓います‼」
涙声、しかし隊長相手にしっかりと言い放った。
「……お気は済みましたか?」
退屈な茶番を終えたようにリーゼンは尋ねる。
「リーゼン。お前は『小鬼を斬っているところが騎士を斬っているのと見間違われた』ということで良いんだな?」
「……はい、あの生徒は見間違えました」
リーゼンの口からはっきり聞かされるとオリバーは一呼吸置いた。
「それはどういう事だ? 我々の職務は、生徒の保護であって魔物討伐ではない」
「……⁉」
リーゼンは一瞬、目を大きく見開くがすぐに落ち着きを取り戻す。
「誤解させてすみません、生徒が小鬼に苦戦していたので、助けに入ったのです」
「彼女が言うにはクラスメイトが居なかったようだが?」
「それも見間違えです。私は生徒を助けました」
「では生徒諸君、小鬼に苦戦した所をこの者に助けられた者は手を挙げてくれないか?」
生徒たちから手が挙がる様子は無かった。
それも当然である。多種多様の魔物の中で小鬼は最低級に位置する魔物であり、魔法を使えない者だって倒せてしまうほどの実力しか有していないのだ。
「助けた生徒は居ないようだが反論はあるのか?」
さらに詰め寄るオリバーに対してリーゼンは地面に膝を付き頭を下げる。
「何の真似だ……?」
「申し訳ありませんオリバー隊長、私は小鬼と対峙する生徒を見かけたとき、その戦闘に介入してしまったのです!」
彼らの職務は『生徒が助けを求めた場合にのみ介入する』となっているため、リーゼンの対応は規則違反になってしまう。
「いくら学園生とは言え、戦闘経験も浅い素人です。怪我をして試験を降りる事になってしまったらと思うと身体が勝手に動いてしまい――――」
「嘘を吐かないで下さい!」
規則違反を正直に話すリーゼンを遮って、試験失格になったマルクスが叫ぶ。
「貴方は俺が人鬼に叩き潰されそうになった時も介入しなかったじゃないですか! 死にかけなければ成長できないとか言って……! もしアルム君とラビスさんが居なかったら試験を降りる事になるどころかあそこで死んでました……」
人鬼に刻まれた恐怖に震えながらリーゼンの主張を否定する。
「…………」
リーゼンは完全に黙り込んでしまう。反論を考えるというよりは諦めた様子だ。
「様々な主張を考慮すると今のお前に生徒の護衛は任せられない。それどころかお前には殺害の疑いがある。済まないが身柄を拘束するぞ」
オリバーの命令に従い騎士たちはリーゼンを取り囲む。
「お前がそんなことをする奴じゃないと信じている。だから今は大人しく捕まってくれェ――――オ?」
リーゼンと深い交流があった騎士が語り掛ける。が、そのリーゼンによって首を切断され瞬く間に命を落とす。
「「「キャアアアアアアアアア――――⁉」」」
生徒たちは悲鳴を上げ、騎士たちは動揺を見せる。
「周囲には気を配ったはずだったんだけど、騎士団生活が長すぎたせいで勘が鈍ったかな?」
血を纏った長剣を払いながら飄々と反省を口にするリーゼン。
「計画は無茶苦茶だけど、とりあえずやる事はやるか」
二人目の騎士に狙いを定めて斬りかかろうとした時、オリバーが割って入る。
「それがお前の本性なんだな、リーゼン‼」
「あんたのことは結構好きだったから、本性を知られる前に殺したかったんだけどな……」
「僕を殺す……? お前の目的は何なんだ!」
「目的はないよ、俺はただ騎士団を始末するよう命令されただけだから」
「誰の命令だ?」
「答える義理は無いよ。俺はもうあんたの部下じゃない」
口調、表情、剣筋――――オリバーの知るリーゼンとはひどく乖離していた。
こいつはリーゼンじゃないのではないか、そんな考えが彼の頭を過ぎるほどかけ離れていて、受け入れ難い現実だった。
(覚悟を決めろ、オリバー=アンドリス――――部下の仇は目の前にいる)
「……リーゼン、お前を殺す」
「前菜としては申し分ない相手だぁ」
覚悟を決めたオリバーは彼に剣先を向ける。
リーゼンは不気味な薄ら笑いを浮かべ、長剣を舌で卑しく撫でた。




