緊急事態
試験終了まで一時間を切り、Bクラスの生徒たちは続々と設営地へ帰還していた。
「フェルン殿。戻っていない生徒はあと何人いますか?」
騎士団隊長のオリバーは名簿をチェックしている担任に尋ねる。
「あと七人ですね。あまり無理はしないように言っておいたのですが……」
フェルンはため息を吐くとオリバーは苦笑した。
「僕も学生の頃は無我夢中で魔物と戦っていましたから彼らの気持ちも理解できます」
「あの子たちはオリバー隊長では無いから心配なんですけどね。でもそれぞれの班に優秀な生徒が在籍しているので問題は無いと思いますが……」
「Bクラスの生徒情報は事前に目を通しました。確か、セロブロ君とアルム君ですよね。その二名の魔法成績が頭一つ抜けていたのでよく覚えていますが、まさかその二人で班を?」
オリバーの疑問にフェルンは首を大きく横に振る。
「一緒に班を組むような雰囲気すらありませんでした。話に聞くとアルム君がセロブロ君に失礼な態度を取ったらしくて、入学初日から険悪な関係になってしまったんです。私としては仲良くして欲しいのですが、生徒同士のいざこざに教師が介入してよいものかと考えてしまって……オリバー隊長はどうするべきだと思いますか?」
騎士団隊長に問いかける内容では無いと知りつつも恥を忍んで訊いてみる。
「……立場の違いからそのような問題に発展することは僕が在籍していた頃からありました。そして僕が知る限り、一度でも不仲になってしまったら関係修復はできずに卒業してしまう事がほとんどです。そもそも十数年も異なる環境で生きていた者同士が仲良く勉学に励むというのが無理な話なのかもしれません。しかし――――」
俯くフェルンを横目にオリバーは声量を上げる。
「立場や考え方に大きな違いがあったとしても、お互いに共有できる何かがあればあとはきっかけ次第で関係修復は可能だと思います。そのきっかけは彼らが起こすかもしれませんし、担任の先生が起こすのかもしれませんよ」
オリバーは隣の彼女を見ながら溌剌と答えた。
「……そうですね。ありがとうございます、オリバー隊長!」
フェルンも普段通りの調子を取り戻していった。
(私があの二人にきっかけを作ってみせる!)
張り切る彼女だがその裏で強襲が起こっていたことは知る由も無かった。
「オリバー隊長、ご報告がございます」
急ぎ足でリーゼンが声を掛けるとフェルンに断わってからその場を後にする。
「何事だ」
「はっ! 生徒が続々と帰還してきており、我々も移動の準備を進めようと声を掛けていたのですが……」
「急用なのだろう、問題だけ報告してくれ」
普段と違って焦る様子のリーゼンを不安に思い、簡潔に説明するよう命令する。
「はい、明らかに隊の数が少ないのです……」
「少ない? 部下の行方が分からないということか?」
予想だにしていない報告にオリバーにも焦りが生じる。
「それもありますが状況は更に最悪だと考えられます」
「教えてくれ、お前の考えを……」
「実は、ここに来る途中で仲間の遺体を発見しました……」
「なんだと……⁉」
凄まじい衝撃がオリバーに走る。
「敵は未だ掴めていません。探ろうにも試験を蔑ろにできませんから……」
粛々と状況を報告するリーゼンだが、仲間の安否を心配して声が震えていた。
「強大な魔物の出現か、あるいは『裏社会』の手の者か。いずれにせよ緊急事態だ! 生徒たちが帰還次第、すぐに帰らせよう」
「お言葉ですが今は一刻を争う事態です。今いる生徒だけでも王都へ帰らせ、我々が残りの生徒と敵の捜索をするべきです!」
「…………」
リーゼンの進言にオリバーは少しばかり頭を悩ませた。
「……分かった、お前の案を採用しよう。生徒たちには直ちに王都帰還の準備をさせる。この設営地は撤去せず、私と部下たちで残りの生徒たちを捜索する。王都までの護衛と騎士団の応援要請はリーゼン、お前に一任しよう」
リーゼンは頷いてフェルンに真実を伝えに行く。
(何という失態だ! あの人に認めて欲しくてこの試験を請け負ったというのに……)
自身の未熟さを痛感しながらも気持ちを切り替えて戦闘の準備を進めた。




