汎用魔法と特異魔法
「ごちそうさまでした」
昼食を食べ終え皿洗いをしているレイナの所まで食器を運ぶ。
「片付けられるなんてアルムは偉いね」
「今日のオムレツ、美味しかった」
「ありがと、夕食も楽しみにしていてね」
嬉々とした様子で頷いて見せると階段に上って自身の部屋に籠る。
俺が転生してから三年の時が過ぎて周囲の環境も少しずつ変化していった。
去年まで両親と同じ寝室で過ごしていたが、自分だけの空間が欲しいと申し出をして衣服の在庫置き場として利用していた三階の一室を貰った。もっと広い部屋が良いかとも聞かれたが目的は果たせたためそれ以上要求する必要はない。
目の前には玩具や本棚があるが、ここら辺は両親が口を出してくるから仕方なく置いているだけ。俺自身は寝床だけで十分だが流石に寂しすぎるらしい。
「ふぅ……」
ベッドに体を預けて横になり三年間を振り返る時間に充てた。
何の問題も無くすくすくと成長し、転生者であることを誰にも悟られないまま今日まで生きて来た。両親が営む服屋の売り上げも好調、ここエンドリアス王国にも災害に見舞われるような事も今のところない。
全てが順風満帆、そう言って差し支えない三年間だったが未だ解決できない問いのせいで晴れやかな気持ちになれていなかった。
「俺はどうすれば良い……?」
どんな時間を過ごしていても不意に頭に過ぎってしまう。
やり直す権利なんてあるはずがない、だが『アルム』を殺すことも両親を悲しませることもやってはいけない。
矛盾してしまう二つの事象をどう解決すれば良いんだ……?
「魂と肉体を引き離す、そんな魔法でもあれば楽なのに……」
言うは易し、しかしそんな魔法を聞いた事も見たことも無い。
『汎用魔法』が使えれば魔法研究も、なんてもしもの考えが頭にちらつく。
ふと本棚に視線を向けると魔法学に関して記述された本を見つける。
丁度いい、と言ってベッドから立ち上がると本を手に取り自身の魔法知識と照らし合わせた。
『魔法には汎用魔法と特異魔法の二つに分類される。汎用魔法とは一定量の魔力を有する人間が習得を可能にするため究明された魔法を指す』
自然界に存在する火水土雷風のほか、鍛冶師や広報士など特定の職業に必要とされる結晶魔法や拡声魔法も汎用魔法に分類される。
前世でもそれらに近い魔法は存在したが数百年と研鑽された魔法レベルにはやや劣ってしまう。
頭で内容を整理しながら説明を読み続ける。
『特異魔法とは魔法の習得に必要不可欠な構築式を記憶せずとも扱える魔法、もしくは研究されていない未知な魔法を指す。いずれも魔法発動時に構築式を展開する必要はない。理由としてそれらに分類される魔法は先天的なものであり、才能や身体機能の一部として備わっている。そのため汎用魔法を扱う者たちより高い魔力量と制御力を有している傾向にある』
特異魔法の説明もおれの知識と相違はほとんどない。
「【真黒】」
前世で多用していた暗黒魔法を確かめようと発動させる。
窓から差し込む陽光で照らされていた部屋が真っ暗に《《見える》》。
これが真黒の魔法特性だ。部屋そのものの照度を下げるのではなく相手の視界を暗くして自由を奪う。
かなり地味な魔法だが戦争で活躍しない日は無いと言っていい。
押し寄せる数千の敵を前に発動するだけで歩みを止める。目の前を闊歩しても気づかれることは無く、数人を斬り殺せば混乱した敵同士で勝手に戦ってくれる。
魔力で全身を覆い抵抗するなど対策は講じられたこともあったが、大抵の兵士に為す術はない。
「この時代に使うことは無さそうだな」
強いて言うなら明るい所でも眠れるよう暗く出来る事くらいだろう。
特異魔法の確認を終えた俺は魔法を解除し本を読み進める。
『また現在確認されている特異魔法を有している者は親世代にも有している者が多いため、特異魔法は遺伝する可能性が極めて高い。しかし特異魔法を自分の代で発現させた者は未だ発見されておらず、特異魔法の発現条件は今も研究中である』
「何だ、今も分からないままかよ」
適当な場所に本を棚にしまうと再びベッドに寝転がる。
魔法研究が進んでいると言っても知りたい情報が分からないままなら正直どうでも良い。
「せめて汎用魔法を使える方法が記されていればな……」
特異魔法の発動条件と並行して知りたかったもう一つの疑問、それがこれだ。
前世で特異魔法を発現した日を境目に訓練兵時代に培った汎用魔法が、突然使えなくなったのだ。
当時は親から遺伝した特異魔法が危機的状況に発現したと考えたが、遺伝した周りの人間は汎用魔法も使えていた。となると遺伝では無く俺が特異魔法を発現したことになるが、その発言条件は結局分からないままだ。
汎用魔法が使えなくても困ることは無い。だが同期たちと共に昼夜習得に励んだ努力が無くなってしまうのは寂しい。
それに俺は暗黒魔法があまり好きではない。陰湿で姑息な魔法ばかりだし、殺戮に特化し過ぎている。
「誰かを守れるような、そんな魔法があったらもう少し誇れたかもしれないな」
静かに目を閉じ、訓練兵で使用していた水魔法を思い浮かべる。
ちなみになぜ水魔法にしたのかというと、炎天下の下で教官にひたすら走るという拷問を受けて――――冷たッ!
「なに……⁉」
体中が濡れるような感覚を覚えて目を開くと、黒色の液体が身に付けている衣服やベッドがずぶ濡れになっていた。
「…………」
俺は数秒の間、放心状態に至ることとなった。




