風刃
「本当に助けてくれてありがとう……」
救助した男子生徒のマルクス君は涙を浮かべながら再びお礼を言った。
「当り前の事をしただけだよ。それにお礼を言うなら私じゃなくて囮役を引き受けたアルムに言ってね」
私は止めるよう促しながら、アルムの印象を良くしようと彼の名前を強調する。
「彼は大丈夫なのか? 人鬼の群れをたった一人で……」
「アルムなら大丈夫だよ。私が知っている人で一番強いから」
『五歳で超人鬼を倒した憧れの人』とは流石に言えないけど、このくらいの言い回しなら問題は無いと思う。
「ラビスさんにそうも言わせるなんて、同じ男として情けないな……」
ふと私が背負っている女子生徒に視線を送る。その視線は私がアルムに向ける視線にとても似ているようだった。
「マルクス君こそ、あんな状況でも逃げずに班員を守るなんて誰にでもできることじゃないと思う。それこそ想い人でも無かったらあそこまで出来ないよ」
「な、何言って……!」
項垂れていた顔を紅潮させる。
「マルクス君とアルムは違う。だから自分ができる精いっぱいを頑張れることが素敵なことだって、私はそう思う」
だから私も、彼の隣に立てるように頑張りたい。自分の力で……!
「そろそろアルムも戻ってくる頃だと――――」
後ろを振り返れば見えるかもしれない、そんな淡い期待を秘めて振り返ると視界を埋め尽くすほどの大きな巨体が背後に立っていた。
「【風魔弾】――――‼」
凄まじい焦燥に駆られた私は反射的に魔法を放ち、受け身も取れず前方に吹き飛んだ。
「どうして、ここに人鬼が……⁉」
新たな人鬼が、そんな考えが浮かび上がるも腕にアルムの短剣が刺さっており、嫌な考えが過ぎる。
「まさか、死んで――――」
「おい! その男はラビスさんが知っている人で一番強いんだろ! だったらきっと無事だ。多分、無視して俺たちを追いかけて来たんだよ!」
マルクス君の説得になんとか気持ちを落ち着かせる。
「俺が気を引くから、魔法で仕留めてくれ!」
マルクス君は折れた剣を引き抜き人鬼に斬りかかる。
しかし負傷した彼に無理をさせるわけにはいかない、早く決着を着けないと……。
「【風魔弾】」
先程の驚いて放った魔法と違い、圧縮させた空気の弾丸を人鬼の腹部に狙いを定めて放つ。しかし体勢をよろめかせるだけで致命傷には至らない。
「重い……」
分厚い筋肉と脂肪に覆われている人鬼は、重量だけでも森蛇の10倍はある。
今の私にはこれ以上の出力は出せない。でもこのままマルクス君が殺されちゃう。
「どうすれば良いの……!」
緊迫した状況の中でアルムとの会話を思い出す。
あれは討伐試験を迎える三日ほど前の話だった。
『魔法出力を上げる方法?』
『うん、このままだとアルムの足を引っ張っちゃうからどうにかしたいんだ!』
その日の授業で可視化された魔法成績ではジクセスさんが一位、次いでアルムが二位、私は九位だった。
正直アルムは手を抜いているように見えたが、表の成績ですら私とアルムには圧倒的な差がある。
せめて迷惑は掛けたくないという気持ちを秘めてダメ元で尋ねてみた。
『魔法の出力を上げるのは容易じゃないけど、ラビスには高い魔力制御がある。空気の密度を狭めれば出力はそのままでも攻撃力は上がると思うよ』
彼のアドバイスを受けて挑戦してみたが、慣れない魔法で普段出来た魔法にまで悪影響が出てしまったから一度しか練習したことがない。
でも、あの魔法なら人鬼に致命傷を与えることが出来るはず……!
「やべ――――⁉」
回避行動が間に合わず、巨大な腕でマルクス君を握り潰そうとした時――――。
「【風刃】!」
素早い動作で斜め上に右腕を動かし、刃状の風圧が人鬼に向けて放つ。まるで紙を切るように手前の腕を切り落とし、続いて胸部すらも真っ二つに斬り裂く。切り口から噴き出る大量の血がそばに居たマルクス君に浴びせられる。
「だ、大丈夫……?」
魔法が成功した喜びをぐっと堪えて、人鬼の血を全身に浴びた彼を心配する。
「すげぇ! 何だあの魔法! 人鬼の体が真っ二つになったぞ!」
血を被っている事も忘れて私の魔法を褒める。とりあえず元気そうで一安心。
「……⁉ 待って、何か来る!」
落ち着いたのも束の間、ガサガサと茂みが動き私たちはすぐに臨戦態勢を取る。
姿を見せた瞬間に風刃で倒す、そんなことを考えていたがアルムの顔が見えた瞬間に『倒す』から『見せたい』に変化したのは言うまでもない。




