騎士団の隊長
魔物討伐試験当日、俺たちBクラスは南門から王都を抜け出し歩くこと数十分、目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。
「ここより先は魔物のいる森に入ります。騎士団が先行しているとは言え、何かあったらすぐに教えてください!」
フェルンは緊張した面持ちで俺たちに注意を促す。
「街道からだと普通の森に見えるけど、いざこうして見ると結構暗いな……」
「どんな凶暴な魔物がいるんだぁ……」
魔物を見た事が無いだろう生徒たちは踏み入る前から怖気づいている様子だった。
「では、進みます!」
フェルンを先頭に列を作った俺たちは薄暗い森へ侵入する。
「す、少し怖いねアルム……」
隣に歩くラビスは震える声で投げかける。
「魔物を見るのは初めてじゃないんだろ?」
「見たことがあっても怖いものは怖いよ……」
この二週間で彼女の実力を測る機会はそう多くなかったが、周辺に生息する魔物で敵わない魔物はほとんどないと言っていい。魔法力はクラス平均より高く、魔法制御力に関してはセロブロすら上回るほどだ。
もっと自信を持った方が良い、そう言ってやりたいがそれで緊張が収まれば苦労はしない。
「そんなビビらなくていい。何かあったら俺が守ってやる」
少し恥ずかしいが彼女の緊張を解せるなら安いものだ。
「……⁉ 頼りにしてる……」
恥ずかしいのは俺のはずなのに彼女のほうが顔を赤らめてしまう。
しかし体の震えは収まったようなので追及することはしなかった。
あと何故だか分からないが俺が強い魔法師だと思い込んでいる節がある。無論、嫌がらせを抑止するためセロブロと同等の魔法力を見せているがまだ実力を隠している、そんな視線を時折向けてくるのだ。
「魔物が怖いです、セロブロ様」
「安心しろミゼラ。僕の炎で全て焼き尽くしてやる」
後列のほうでも同じようなやり取りを繰り広げているようだ。
「セロブロ様は魔物と戦ったことがあるんですか?」
「ああ、父と一緒の森へ行ったことがある。蛇の魔物だったかな、僕の炎が良く燃える丁度いいゴミだったよ」
「セロブロ様の前では魔物も敵じゃないってことですね!」
「そうゆう事だ、魔物が居たら騎士団じゃなくて僕を頼っても良いぞ」
セロブロの強気な発言に周囲ははやし立てる。
これだけ豪語するだけあって魔法力は相当なものだ。侮ることなく対処すれば、魔物の群れすら壊滅させられるだろう。
「ねえアルム」
「どうした?」
いつもの調子でラビスが尋ねる。
「ずっと考えてたんだけど、いくら騎士団でもこんな広い森の中で私たちを見守りながら試験を行うのは無理なんじゃないのかな?」
俺やセロブロでは至らない、魔物の恐ろしさを知っている彼女だからこその意見。
魔物が生息する広大な森に魔法が使えるとはいえ、この場にいるほとんどの生徒が戦闘経験すらない素人。
騎士団に所属する団員全てが動員されれば万が一にも問題は無いだろうが、そんな事は実現不可能だ。つまり騎士団は庇護対象を守りつつ魔物を相手取るほどの強さを有しているか、または我々生徒の実力を過大評価しているかのどちらかという事になる。
「そんな事は無い、多分見れば分かると思うぞ」
そして、その答えは『前者』である。
騎士団とはエンドリアス王国を守護する魔法師集団であり、魔法学園卒業時の最終成績上位10パーセントの生徒しか入団を許されていないにもかかわらず、大半の生徒がその権利を得るために学園に在籍しているのだ。
一応、学園を通じなくても入団する方法はいくつかあるが、その難易度は遥かに高い。それなりの実力者であれば学園を通じて選ばれるほうが確率は高いだろう。
「騎士団だ!」
男子生徒の声に全員の視線が集まる。
鋼鉄の鎧で全身を纏い、銀色に輝く長剣を携えて魔物の森だろうと威風堂々としている。しかしその身のこなしは隙を感じさせない。
なるほど……国中から魔法師の精鋭を集めただけの事はあるようだ。
「ッ……⁉」
先程まで横柄な態度を取っていたセロブロも黙り込んでしまう。
実力がある分、他の生徒よりも彼らとの『差』が明確に感じられるのだろう。
俺はというと流石に怖気づいてしまうような奴はいない。この時代ではそれなりの強者に位置するのだろうが、俺を怖気づかせるには至らない。
こちらの存在に気付いたのか一人の騎士が向かって来る。
「魔法学園の生徒たちですね。オリバー=アンドリスと申します」
兜を外して丁寧に挨拶する。
ゴツイ鎧の下は爽やかな好青年が顔を見せた。
「オリバー=アンドリスって騎士団の隊長じゃん‼」
「ちょ、お前! 声デカいって……」
興奮気味に一人の生徒が声を荒げると、失礼な態度を近くの生徒が宥める。
全員がこの無礼に対してお咎めを覚悟するがオリバーは苦笑した。
「僕のことを知ってくれて嬉しいな!」
「も、勿論です。学園卒業と同時に隊長に就任した天才魔法師だって有名でしたから……」
言葉遣いに気を付けながら男子生徒はオリバーと会話を続ける。
「ははっ、天才魔法師だなんて僕には不相応な肩書きだけど、相応しい男になれるようこれからも精進するつもりだ。さて、学園生の皆さんは行動班を作ってテント前に集まってください!」
オリバーは体勢を反転して俺たちを誘導する。
「馬鹿かお前! オリバー隊長だから助かったんだぞ」
「ゴメン、これからは気を付けるよ……」
自身の失言の重みを理解したのか猛省している様子だ。
敬称や敬語は権力が高ければ高いほど気にするものだが、オリバーという男には驕る様子が一切ない。
「良い人そうだな、オリバー隊長……」
彼への感想を素直に呟いた。




