公爵即発
「あいつ大丈夫か……?」
「可哀想に、セロブロ様に反抗してしまった罪悪感で狂ってしまわれたんだわ」
入学二日目の翌朝、B組の生徒たちは笑顔で席に座っているアルムに懐疑な視線を向けていた。
端から見れば公爵家を敵に回し、まともな学園生活が送れなくなったことでおかしくなった、そう思われても仕方ない光景だ。
(早くラビスに伝えたいなぁ……)
しかし彼は悲観するどころか今日の学園生活を心待ちにしていた。
それもそのはずで彼女の助言を信じて、妹のマインに『家族旅行の計画を立てよう』と提案したところコロッと態度が変わり、久しぶりに普通の会話が出来たのだった。
身内との関係が悪い状態が続くことは彼自身も望むものではない。健全な精神があって初めて学業に勤しめられるというもの。
そう、彼とってこの仲直りは華々しい学園生活の始まりともなったのだ。
「おい平民! 気味の悪い笑みを僕に見せるな」
イジメの対象が楽しそうに見えるのにイラつき、セロブロとその取り巻きがアルムに近付く。
「嬉しそうに見えますか? ありがとうございます!」
しかし妹と仲直りが出来たことが相当嬉しかったようで会話は成り立ってなかった。そんなアルムの様子にセロブロは怒りを露わにする。
「……僕を小馬鹿にするとは良い度胸じゃないか! 少し魔法が使えるくらいで図に乗るなよ!」
アルムの傍らで罵声を浴びせ続けるセロブロを無視して出入り口を直視し、一人の生徒が入室する。
「ラビスッ!」
手前の長机を乗り越えてラビスの前に着地する。
「⁉ お、おはようアルム……妹さんと仲直りできた?」
視界の外から現れたアルムに驚きつつも助言の成果を尋ねる。
「ああ! お前のお陰で仲直り出来たよ。本当にありがとうな!」
「ふふっ、どういたしまして」
興奮気味のアルムはラビスの両手を強く握りしめる。彼女も頬を赤く染めながら自分事のように喜んだ。
「僕を無視して平民の女とイチャつくとは……舐めた真似をしてくれるじゃないか!」
激昂した様子で右手に火球を灯す。
「セロブロ様! 教室で魔法は幾ら何でもヤバいですよ!」
セロブロの暴挙に取り巻きだけでなく、傍観していた生徒らも騒ぎ出す。
「……無視してたのは謝ります。ですが公爵とは言え、魔法の無断使用は注意だけじゃ済みませんよ」
浮かれていたアルムも只ならぬ雰囲気を感じてセロブロのほうへ意識を向ける。
「それは脅しか? お前と僕を一緒にするな」
「何をやっているんだ、セロブロ」
セロブロの手から火球が放たれる瞬間、一人の男子生徒が介入する。
「エ、エルマリス様ァ!」
取り巻きの一人が悲鳴を上げるようにその者の名を叫ぶ。
「……何故テイバン殿がこちらに?」
敬称を省いたことで更に怒るかとクラス全員が震えるも、火球を消して対話に応じた。
「廊下を歩いていたら騒がしくて中を覗いてみたらお前が暴走していたからな。同じ公爵家のよしみとして愚行を止めたまでだ」
「愚行だと! 同じ公爵家とは言えその発言は無礼だぞ!」
アルムに向いていた怒りの矛先がテイバンへ向く。
「無礼はどちらだ? 同じ位でも俺は四年生、それに実力も――――」
灰色の鋭い眼をセロブロに向ける。
「……ッ! 先輩に対しての無礼を、お許しください……」
「こちらも言い過ぎたようだ、許してくれ」
形式的に謝罪の言葉を並べるとテイバンは教室から出て行き、入れ替わるように担任のフェルンが入室する。
「エルマリス君が来ていたようですが何かあったのですか?」
「何でもありません……」
ぶっきらぼうにセロブロは答えて席に座る。アルムたちも空いている席に座りホームルームの準備をした。
「よく分かりませんが……皆さんおはようございます! 早速ですが皆さんには二週間後、王都を出て魔物との戦闘試験を行いたいと考えています」
「入学したてでもう魔物と⁉」
「森の中を歩くなんて考えられません!」
生徒のほとんどが悲鳴を漏らす。例年であれば、入学して三か月ほど経った頃に魔物の戦闘試験は行われるため、このような状況になってしまうのも無理はない。
「初めての実戦で不安に思う人もいるでしょう。しかし今年の試験には『騎士団』が同行してくれるそうなので、必要以上に緊張する必要はありません」
「き、騎士団⁉ やったぜ!」
「俺の活躍を見てもらうチャンスだ!」
だがフェルンの補足説明を聞き、生徒たちは態度を急変させた。
「詳細は後ほどお伝えするので楽しみに待っていてくださいね。今日のホームルームを終了します」
フェルンが教室をあとにすると生徒たちは試験の話題で騒ぎ立てた。
「セロブロ様のお力を騎士団にお見せできる日がこんなに早く訪れるなんて良かったですね!」
「そうだな……」
(アルム=ライタード……この僕に恥をかかせた事を死んで後悔させてやる!)
セロブロは憎悪の感情を込めてアルムに狙いを定める。
「少し怖いけど、楽しみだね!」
「ああ、楽しみだな」
(妹とも仲直り出来たし、これからの試験を集中して取り組むとするか!)
戦い慣れた王都周辺の森、しかし初めて同年代と競い合う試験に騎士団の同行はアルムにとっても胸躍るイベントとなった。
***
同時刻、大陸南方の大きな教会――――。
太陽が昇っているにも関わらず、中の礼拝堂はまえが見えないほど暗く、蝋燭に火を灯してようやく見える程だった。そんな人気を感じさせない空間に二人の人間が談笑していた。
「ブライトン殿、布教のほうはどうなっているのかしら?」
異様な雰囲気を漂わせる黒長髪の彼女は隣に立つ肥満体型の牧師に尋ねる。
「ほっほっ。アリアス殿の命令通り信者を増やし、大陸内でも屈指の宗教に伸し上げることが出来ましたぞ!」
「それは上出来です。これからも『シニガミ』様の尊き教えを広め、信者を増やして下さいね」
「勿論ですとも。そう言えば例のモノをご指示通り、各国の信者に配っておきましたぞ」
「ふふっ、仕事が早いが貴方の魅力よ。ちなみにどこの国に配ったのかしら?」
「隣国のメイレス王国とその周辺国、あとは……北東のエンドリアス王国に配りましたぞ」
「エンドリアス……あの子が住んでいる国ね」
アリアスは立ち止まり考える様子を見せる。
「あの子、とは?」
「気にしないで、ただの独り言。そんなことより『シニガミ』様に祈りを捧げましょう」
「そうですね……」
両者は床に跪いて合掌し目を閉じる。
彼らが崇める祭壇には、貴金属などの豪華な装飾物や果物などの供物が置かれ、黒い布で隠された向こうには椅子に座る人影が見えた。
それぞれ期待や憎しみ、陰謀を抱えて二週間後の討伐試験を迎える。




