再開の日
自己紹介を終えた俺たちはフェルンを先頭に校舎を案内していた。人数が多いため二列に並んで廊下を歩いているが俺を最後尾に置き、距離を取るよう意識的に動いているのは明白だった。
先程セロブロの取り巻きが他のクラスメイト接触していたから間違いない。敵対行動を見せる彼だが、この程度の嫌がらせに留まっているのは実技試験の様子を聞いたからだろう。
雰囲気や様子から彼が学年内でも最上位に位置する魔法力を持っているのは確かだ。しかし自身と同等レベルの同級生が相手ならば、下手に手を出せば戦いに発展するリスクがある。現状は直接的に手を下すことはないはずだ。しかし……。
「謝って許してくれるなら謝りたい……」
俯きながら素直な気持ちを吐露する。
セロブロと俺の実力差は歴然、だが優越感に浸りたいがために入学したわけじゃない。穏やかで楽しい学園生活が送れるなら冤罪だとしても頭を下げる事など訳無い。しかし今の彼は俺をイジメることに楽しさを見出している。ここで謝っても嫌がらせを止める事は無いだろう。
「せめて友達くらい欲しかったな……」
「ごめんなさい、通ります……!」
直後、前列の方から一人の女子生徒が列の間を通り抜け、息を切らしながらこちらに駆け寄る。
「……大丈夫ですか?」
彼女は制服や短い茶髪を軽く整えてから深緑色の目で俺を見つめた。
「――――私を、覚えていますか?」
俺の質問はスルーの方向か……まあそれは良いとして確か名前は――――。
「ラビス=ベルティーネさん、で合ってるよね?」
「……はい、覚えてくれてありがとうございます」
彼女は心なしか声量を落として答える。
「俺に何か用でもありましたか?」
俺の目の前に列を乱してまで走って来てくれたんだ。
かなり重要な要件であるのは間違いない。
しかし今の俺に接触するってことは何かしらセロブロから命令された可能性が高い。すぐには手を出してこないと踏んでいたが、気弱そうな女子生徒に命令するとはとんでもないクズ野郎だな――――。
「あの、えーと、私と友達になってください!」
思いもよらない発言に面食らってしまう。
「俺と? どうして?」
友人を作りたい俺がこんなことを言うなんておかしな話だが、この場で彼女の真意を確かめる必要がある。
客観的に見て今の俺と交友関係を持つことは極めて危険だと断言できる。同様にクラスメイトから距離を置かれるだけでなく、排除の対象になってしまうかもしれない。
一連の流れを見れば彼女も理解しているだろう……という事はやはりセロブロの命令で仕方なく――――。
「アルムくんと仲良くなりたいからです!」
頬を赤らめながら一般的な動機を口にする。
「……えっと、俺と仲良くなりたい理由は?」
「友達になりたいからです!」
身を乗り出した様子でラビスは理由を語る。
「ど、どうして俺と友達になりたいんだ?」
「……そもそも誰かと友達になりたい事に理由っているんですか?」
「それは……!」
思わぬ反論に言葉が詰まってしまう。
「それとも、私と友達になるのは嫌ですか?」
「そんなことはない! こちらこそ俺と友達になってくれ、ラビス」
儚げな彼女の顔を見て真意を確かめるのは諦めることにした。
いや、初めから言っていたのかもしれない……。
「よろしくお願いします! アルムくん」
彼女は右手を伸ばして握手を求め、俺もそれに応じる。
「同級生だし、敬語も敬称も必要ない」
「そうですか――――じゃなくて、分かったよアルム!」
最後尾に変化はないがラビスと並んで校舎を回ることになった。
友人が出来たのは嬉しいが、セロブロから嫌がらせを受ける可能性は高い。万が一ラビスに危害を加えようとしたのなら全力で阻止しよう。
心の中で決意を固めるとともに楽しい学園生活の第一歩を踏み出せた気がした。
***
午後二時頃、入学式と校舎案内だけで終了し、俺とラビスは下校しながらお互いの身の上話に花を咲かせていた。
「ラビスは一人暮らしなんだな」
「うん、実家が遠いから宿舎を借りて住んでいるんだ」
「羨ましいなぁ。家はいつも妹が煩いから俺も一人で暮らしたいよ」
理由はないが喧嘩中なのは隠すことに決める。
「羨ましいのはアルムのほうだよ。私は一人っ子だったから妹とか憧れるな」
「ラビス夢見すぎ。すぐ騒ぐし、野菜残し、ムカつく時の方が多い!」
今では慣れたものだが、当時は手掴みで野菜を投げたこともあって本当に大変だった。
「むしろ可愛いね。いつか会って見たいよ」
「今は無理かな……」
適当な返答では無かったを言ってから気づく。
「それってどういう事?」
当然ながら不自然な言い方にラビスは食い付いた。
「ええェーと……」
「どうして妹さんに会えないの? 教えてよ」
特別話したくない理由がある訳でも無いし、話しても良いかな。
「実は――――」
「あら、アルム! 帰るの早かったのね」
事情を話そうとした時、レイナが後ろから声を掛ける。
「母さん⁉ どうしてここに?」
「どうしてって、買い物していただけよ」
そう言ってバケットに入った食品を見せつける。
「それよりこちらの方は?」
レイナは隣に立つラビスに興味津々のようだ。
「ああ、彼女はクラスメイトの――――」
「は、初めまして、お母様! ラビス=ベルティーネと申します!」
想像以上の大きな声に俺とレイナは驚いてしまう。
って言うかお母様って、誤解を生みそうな言い回しだな。
「アルム! 貴方、入学初日にもう婚約者を見つけて……⁉」
「違うよ母さん、彼女は友人だ」
言っている傍から勘違いが一人、生まれてしまう。
「ラビスも挨拶するのは良いけど、そんな言い方だと勘違いされても仕方ないぞ」
「婚約……! 私たちまだ成人になってないんだし気が早いよぉ」
一瞬で真っ赤に顔が染まり、顔を覆い隠すように両手で押さえるラビス。
「早いもなにも、婚約する気なんて無いんだけど……」
彼女の反応を理解できずに呆然としていると、レイナはニヤリと口角を上げる。
「ラビスちゃん! 良かったら家でお茶でもどうかしら?」
「ちょっと母さん! 入学式で疲れただろうし無理言っちゃ駄目だって」
ラビスを理由に彼女の野望を阻止しようと試みる。
何を考えているのか分からないが実際疲れているだろうし、後日来てもらった方が良い。それにラビスとレイナを合わせるのは少し危なっかしい。
「何言ってるの! 関係を進展させるにはお互いを知っていくことが大切なのよ!」
「それはそうだけど……疲れてるだろ? 無理しなくて良いぞ」
決して来て欲しくないわけでは無いため、断るよう促しながら尋ねた。
「行きます! ぜひ行かせてください!」
しかし俺の真意が通じなかったようでラビスは意気揚々と誘いに応じる。
「まあ、良いか」
『友達』として関係を進展させるのも悪くない、とプラスに考えて彼女たちと共に家へ向かった。




