服屋のお勤め
魔法学園の入試試験から二週間後、合格通知が届き入学に向けて準備をしていた。
「はああぁ――――‼ 大変過ぎんだろッ!」
黒色の布地を縫い合わせながら叫ぶ。
そう、正確には一年生全員の準備をしていた。
「アルム、口じゃなくて手を動かせ!」
ロイドは熱した鉄板を押し当てて制服のしわを取る。
「みんなペース上げて……! このままじゃ納品が間に合わないわ」
レイナは届け先やサイズを確認してから丁寧に折りたたんで袋に詰める。
「何でこんな事に……」
俺たち三人は夜通しで魔法学園の制服を製作していた。例年であれば生産力の高い大きな店で仕立ててもらうのだが二日前、何者かに襲撃を受けて制服を作ることが出来なくなり、家のような個人店に依頼が来たというわけだ。
受験が終わってどこか旅行に行こうと話していた矢先にこれである。旅行を楽しみにしていたマインは駄々を捏ねて大変だった。そんな彼女は今は近所の老夫婦に預けてる。
納品日まで残り一週間。生命維持に必要な食事と睡眠を確保したら、後はひたすら手を動かす。
しかし夢の中でも服を縫っていて寝た気はしなかった。
***
納品日当日の午前10時、120人分の制服を仕立て上げ間に合うことが出来た。
「あぁ……辛い、辞めたい、終わりたい」
ロイドはリビングの壁に寄りかかり、服好きとは思えない発言を連呼する。
「そうね、転職しましょうか」
レイナは全てを悟ったように合掌してほろりと涙を浮かべる。
かく言う俺も経験したことが無いほど心身を疲労した。魔力で常人よりも頑丈な肉体になっているとはいえ、二人に比べて技術も経験も劣っている。魔力が無ければ何日か前にダウンしていただろう。
「片付けは俺がしておくから、父さんたちは寝てて」
「頼んだ……」
両親はおぼつかない足取りで寝室へ向かう。俺は散らばった裁縫道具や布地を元に戻す。
「さて、マインを迎えに行くか」
一通り片づけを終えて、妹を預かってくれた老夫婦のお宅へ向かう。久しぶりに浴びる陽の光は少し眩しかったが、仕事から解放した実感を感じた。
「いらっしゃいアルムくん。仕事は終わったのかい?」
ドアを開けると優しく微笑むお婆さんが出迎えてくれた。
「なんとか終わらせました。マインは迷惑を掛けなかったでしょうか?」
廊下を歩きながら妹の様子を尋ねる。
「マインちゃんは良い子だったよ。サラダは食べなかったけど……」
「すみません。好き嫌いが多くて……」
「まだ小さいんだし仕方ないわ」
そういう彼女だが、一週間以上も面倒を見てもらって流石に申し訳なさすぎる。
「マインちゃん! お兄ちゃんが迎えに来てくれたよ」
リビングのドアを開けるがお爺さんが一人、落ち着かない様子で居るだけだった。恐らく仕事で構ってもらえなかったことに、へそを曲げて隠れているのだろう。
「マイン! 出てきなさい!」
「アルムくん、そんなに怒らなくても……」
お爺さんは俺を宥めるが至って冷静だ。
部屋中を見回すとテーブルの下にマインが着ていたスカートが見える。
「いつまで迷惑を掛ける気だ、帰るぞ!」
テーブルの下に手を伸ばて手を引っ張ると大粒の涙を流して泣き出す。
「やだッ! やだッ! やだァ――――! ここにずっといるゥ!」
手足を振り動かして抵抗してきたため、腹部に持ち直してそのまま抱える。
「本当にお世話になりました。後日お礼のため伺います」
「こちらこそマインちゃんと遊べて楽しかったよ。また遊びに来てね」
「ご両親によろしく伝えておいてくれ」
「はい、本当にありがとうございました」
深くお辞儀してから老夫婦のお宅から退出した。
「グスッ、グスッ――――」
マインは抵抗を諦めてダランと俺の腕にぶら下がっている。周囲から変な目で見られているが、顔見知りも多いため問題ないだろう。だが見世物になる気は無いので、足早に帰宅する。
「マイン、下ろすぞ」
「…………」
「いつまでいじけてるんだ。下ろすぞ」
「…………」
語彙を強めて立たせようとするが、それでも無言を貫いた。
「はあ……」
そのまま歩き進んでソファーの上にそっと置く。
正直、このまま床に下ろしたいと思ったが子供にムキになるほど未熟ではない。強引な手段で連れ帰ってしまった事は認めるが、疲れていてあまり余裕も無かった。
俺も自室に入りベットに体を預けた。
***
「ふあぁ――――よく寝た」
窓からの景色は真っ暗で時計は夜の七時を示している。
納期が終わるまで三時間睡眠を続けていたから、睡眠は人間にとって大切であると改めて実感した。
ベッドから降りて居間に向かうといつも通りの日常があった。
「おはよう、いや、『こんばんわ』か? 朝は色々任せてしまって悪かったな」
ロイドは茶化しながら謝罪する。
「魔力のお陰で色々と融通が利くからね。これぐらい任せてよ」
「魔法って便利だな。お父さんも使ってみたいよ」
「無いものねだりしても仕方ないでしょ」
レイナがテーブルに夕食を置く。
「今日の夕食はクリームシチューか、良かったなマイン」
何事も無かったかのように話しかけるが――――。
「フンッ!」
パンをかじりながらそっぽを向かれる。
「どうした、喧嘩か?」
「喧嘩なんて全然、なあマイン?」
何とか仲直りしようと試みるがまたしてもそっぽを向かれる。
「これはしばらく続きそうだ……」
仲直りは難しそうだったため仕方なく椅子に座る。
『きっと時間が解決してくれるだろう』――――と、楽観視していたが解決の兆しが見えないまま更に一週間が経ち、入学式当日を迎えることになった。




