深まる絆
人の行き交いより激しさを増す夕暮れの時間。
俺は家を飛び出して、がむしゃらに王都内を走り回っていた。
「どこだよロイド……!」
家で待っているほうが合理的なのは頭で理解している。
あとから何故走り回ったのか訊かれても納得できる答えを出せないだろう。
「どこいんだよ、父さん……!」
しかし大人しく帰りを待っている気にはなれなかった。
無意味な行動だと分かっていても、動かずにはいられない!
知らなかった、どんな気持ちで俺に教えていたのか――――。
勘違いしていた、魔法を使える俺を疎ましく思っているのだと――――。
「アルムッ!」
雑踏の中で俺を呼ぶ声が聞こえる。
振り返った先には汗まみれのロイドが大きく腕を振っていた。
「どこ行ってたんだよ父さん」
「お前こそ――――家にいろよ。探したじゃ、ねえか」
『探した』という発言と呼吸の乱れから、走り回っていたことが伺える。
俺たちは息を整えなが都内を歩き出した。
「「…………」」
合流できたのは良いものの、お互いにどう切り出せばいいのか分からず数分近く黙ったままだ。
幸いなことに周りが騒がしく沈黙を耐えることが出来た。
しかし家の外で会えたのだからここで話の続きをしたい。
『魔法のことは黙ってごめん。でも学園には行かせてね』
俺は切り出す言葉を考える。
重い雰囲気を打破しつつ、口下手なロイドも許可を出すだけという最高のセリフ。
「……父さんはどうして俺を探していたの?」
悪くない案だったが言える度胸は無く、走り回っていた理由を尋ねることに決めた。
「お前に謝りたい事があってな……」
申し訳なさそうに話すロイドの横顔を黙って見つめる。
「俺は口下手で感情任せな所があるから、言いたい事と違うことを言ってしまうんだ。だから――――」
ロイドは立ち止まり、俺の顔を真っ直ぐに見る。
「お前がやりたい事を父さんは精いっぱい応援する。これは本心だ!」
日記に綴られた言葉を自身の口から伝える。
「……謝りたいのは俺だよ。父さんがどんな思いで俺を育ててくれたのか、日記を見るまで全然分かってなかった」
ロイドは大きく目を見開き、俺の両肩を掴む。
「日記を、見たのか……?」
「う、うん。母さんが見せてくれたんだ」
両手で顔を覆い隠してため息を吐く。
「誰にもバレずに、墓場まで持っていこうと思っていたのに……」
「まあ、あんなに自分の思いが赤裸々に綴っていたら見られたくないのも分かるよ」
しかもその対象に見られたとあらば、俺なら恥ずかしすぎて顔も直視できない。
「そんな事言うなよ! お前の成長が分かる良い日記だろ?」
「全部読んだわけじゃないけど、俺の成長より自分の気持ちの方が多かった気がするな……」
「ホント最悪ッ! 死ぬほど恥ずかしい……けど、だったら俺の質問に答えてくれ」
赤く染まった顔は徐々に薄れていき、真面目な表情で再度おれを見つめる。
「お前のやりたい事は何だ?」
この期に及んでどうしてそんな質問をするのか――――それはきっと『自身の憧れ』に終止符を打つためだろう。
「……父さんや母さんと一緒に働けたら充実した毎日を送れると思う。もしかしたら王都随一の洋服店になるかもしれない。そしていずれ父さんに一人前と認められて、俺が店を引き継いで、生涯を掛けてたくさんの人に服を届けていく。とても魅力のある将来だ」
彼の質問にこの言葉は不要だったかもしれない。
それでも伝えておきたかったんだ、そんな未来を期待する自分が居たことを。
「それでも俺は――――魔法学園に進学したい!」
俺はロイドの憧れではなく、彼にとっての幸せを選択した。
「……分かった。俺はお前のやりたい事を精いっぱい応援する。魔法は使えないけど何かあれば俺を頼ってほしい!」
笑顔で答えるロイド、しかしその笑みには僅かばかり引きずっているようにも見える。
俺の選択が彼にとっての幸せだとしても、抱き続けてきた夢を諦めるのは途轍もなく辛いだろう。
それでも彼は毅然とした態度で俺を応援すると言ってくれた。
「ありがとう、父さん……ごめんなさい」
俺は一歩を踏み込み、彼に抱き締める。
「……俺のほうこそごめんな、アルム」
ロイドも力強く俺を抱き締める。
公衆の面前で男同士の抱擁は少しばかり注目を集めたがそんな事はどうでも良い。
今はロイドと仲直りが出来たことに強い喜びと安心を覚える。
この溢れる気持ちは目の前の男を『父親』と認めた何よりの証明なのだろう。
「……帰るか」
抱擁を終えた俺たちは家に向けて歩き出した。
***
「はっはっはっ! 家で飲む酒も最高だな!」
帰宅後、進路決定祝いだと言ってロイドはイルクスを呼び出し酒を飲んでいた。
「仲直りが出来てよかったわね」
「仲良しのほうが楽しい!」
遠目から彼らを見ていた俺にレイナが声を掛け、マインが同調する。
「お野菜さんとも仲良くしなくちゃ駄目ですよぉ」
マインに配膳したサラダが離れていることに気付き、元の位置にまで戻す。
「イヤ!」
「待ちなさい!」
椅子から降りて逃げ出すマインに負けじとレイナも追いかける。
「……うるさ」
毎日繰り広げている光景にウンザリしながらも、愛おしく感じる。
「学園に行くなら『魔法塾』に行かせた方が良くねぇか?」
イルクスの口から俺の話題が出る。
魔法塾とは15歳以下を対象に魔法の基礎を学ぶことができる場所だ。
一般家庭だけでなく貴族たちも利用することが多く、魔法学園に受験する者のほとんどはそこに通う。
「いや、俺は受験日まで家の手伝をするよ」
今更魔法の基礎など学ぶ必要は無いし、高い学費を払うのなら家を手伝う方が有意義だ。
「お金のことなら心配するな! お前は自分の事に集中すればいい」
「ロイドの言う通りだ。学園を目指すなら最善を尽くすべきだぜ」
『最善を尽くす』という考えは俺も賛同するが、あまりにも対価に伴うリターンが少ない。
「じゃあ、森の魔物を倒せたら行かなくてもいいよね?」
「……まあ分かった。無理はするなよ」
ロイドは冗談だと思いながらも許可を出す。
後日、人鬼の群れを倒して魔法塾の入会を断ったことは言うまでもない。




