父の気持ち
「父さん! 話を聞いてくれ!」
翌日の早朝、朝食を取りながら話の続きをしようと考えていたアルムだが昨夜と同様に、まともに取り合ってもらえなかった。
「しつこいぞ! 学園に行きたければ、勝手にすればいいだろう!」
朝食にほとんど手を付けないまま、ロイドは椅子から立ち上がる。
「それじゃ駄目なんだよ! 父さんにも認めてもらわないと……」
「学費ぐらい出してやるよ!」
「ッ……! そうゆう問題じゃない!」
「ちょっと、貴方もアルムも落ち着いて……」
熱くなっていく言い争いに傍観している場合ではないと声を掛けるが、今の彼女の言葉に耳を貸す者はいなかった。
「黙っていた理由も何なんだ! お前の魔力が多いくらいで自分の子か疑うと本気で思っていたのか!」
「それは……!」
アルムはその後の言葉に詰まってしまう。
ロイドたちがそんな疑いは掛けないと今の彼は確信している。だが数年前のアルムはそのような事態を危惧していた、と否定することはできなかった。
何と言えばいいものかと思考を巡らしている中、 顔を真っ赤にして涙を流したマインが寝室から姿を見せる。
「うわわああああぁぁん‼ 喧嘩しないでよぉ――――‼」
顔をぐしゃぐしゃにしながら大量の涙が床に落ちる。
「ごめんねぇ、怖かったよね!」
レイナはすぐに娘へ歩み寄り、頭を撫でて優しく抱きしめる。
目の前の娘には優しい母親を見せ、背後のアルムたちに鬼の形相で睨みつけた。
「「ヒッ……⁉」」
彼女は無言で彼らを睨みつける。だがそれだけで熱を増していた言い争いは完全に冷め、朝食を再開した。
***
ライタード家で一二を争う喧嘩を終えて正午を迎える頃、ロイドは王都内の小さな酒場にイルクスを呼び出した。
庶民的でありながら落ち着いた雰囲気を気に入り、今ではすっかり常連になっている。
「アル坊が魔法学園にねぇ……」
カウンターに頬杖をついてイルクスは親友の話を聞いていた。
「そうだよ、アルムは魔法が使えたのを俺たちに黙っていたんだ」
ロイドは一気に酒を仰ぐ。
「そりゃあ秘密にされていたのが悔しいのは分かるけど、そう怒ることでもないだろう?」
ロイドの意見に共感しながらも怒りを収めるよう説得する。
「別に秘密にされてたことに怒ってるわけじゃねえよ。俺たちが信頼されてなかったことにイラついてんだよ!」
「…………」
反応に困ったイルクスは黙って酒を啜る。
「初めての子育てで何をすれば良いのか分からなかったさっ! きつく言い過ぎたりしたかもしれねえ……でもなぁ、俺はアルムの事を一番に想って今日まで接してきたんだ! 家業を継がせるのだってそうだ、仕事の休憩時間を削って教えてやったんだよ。それなのに学園に行きたいなんて言いやがって……!」
つまみを乱雑に掴んで口に放り込む。
「俺がどんな気持ちで教えていたのか少しは考えろってんだ!」
イルクスの眉がピクリと動く。
「おい……」
ロイドの胸倉に手を伸ばし、力強く掴んだ。
「さっきから聞いてりゃあ、自分本位に考えやがって」
「何だよ、急に……」
抵抗するロイドだが、門兵である彼の腕を引き剝がすことは出来ない。
「あの子が隠してきた理由を『信用されていなかった』の一言で何で片付けられるんだ! それに『家を継ぎたい』って自分で言ったのか? 違うだろォ!」
イルクスは腕を引き寄せ、自身の額とロイドの額をぶつけ合う。
「くぅ……⁉ 痛えな、この野郎……」
床に尻をつくロイドに彼は膝を折り、同じ目線になる。
「俺は嫁さんも居ねえし子供も居ねえ。親ってのがどういう気持ちなのか分からねえけどな、子供がやりたいことを心の底から応援してやる、それが親の役目なんじゃないのか?」
「……その言葉⁉」
十三年前、レイナがアルムを懐妊したとき、この酒場で自身が発した言葉だった。
『息子がやりたい事を応援できる父親になりたい!』――――と、確かにそう誓っていた。
怒りですっかり忘れていた誓いにロイドは自己嫌悪を覚える。
そんな彼を横目にイルクスは話を続ける。
「俺から見てもアル坊は、年の割に色々考えているように見えたよ。お前の言う通り、信頼されていないだけかもしれねぇ……けどな、親に向ける愛情は間違いなくあったはずだぜ……」
怒りが消失したロイドに彼の言葉はスッと耳に届く。
ロイドは俯いたまま、自身の言動を反省していた。
「今日は奢ってやるからアル坊に謝ってこい」
右手を伸ばしてロイドを引っ張り上げる。
「ありがとな、お陰で落ち着いた」
「へっ! 親友の家庭を気にかけるのも門兵の仕事だ」
照れくさそうに鼻下を指でこする。
「次は奢らせろよ」
ロイドは足早に酒場から出て行った。
***
同時刻、自室で籠っているよう言い渡されたアルムは仕方なくベットに横たわっていた。
「何でこんな事になっちまったんだ……」
朝の出来事を頭に過ぎり、大きくため息をつく。
「隠してたのは悪かったと思うよ、でも……魔法を使えたって事実を喜んでくれると思ってたのに」
気持ちを整理しようと、自身の心の内を吐き出す。
「それとも、魔法を使える俺にイラついたのか……」
アルムは口元を手で押さえつけ、顔を歪ませる。
(馬鹿野郎!︎︎ロイドはそんな奴じゃないって知ってんだろ!)
アルムもまた自己嫌悪に苛まれる。そんな時、部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
ドアが開かれると、分厚い紙束を持ったレイナが立っていた。
「どうしたの?」
「貴方に見せたい物があってね……」
部屋に入った彼女は床に膝を着く。アルムはベッドから降りて同様に床に座る。
「昨日も言ったけど、私は貴方が選んだ道を尊重するわ。学園に行くのも、家を継ぐのも、ほかの道でも、そしてそれはあの人も同じ気持ち……」
「そうは思えないけどね」
今のアルムには父親を庇っているようにしか見えなかった。
しかし彼女は首を横に振る。
「お父さんは私と同じくらい貴方を愛していて、心配していたの」
彼女は分厚い紙束をアルムに差し出す。
黄ばんだ部分が複数箇所見受けられ、年季を感じさせられた。
アルムはとりあえずペラペラと紙をめくって眺めていると、ある事に気が付いた。
「これって……」
「そう、貴方の《《成長日記》》よ」
(成長日記というには、著者本人の思った事や気持ちの方が綴られているようだが……)
しかしアルムに対しての喜怒哀楽の感情が、書かれていることに違いはなかった。
アルムは昨夜書いたであろう最後のページをめくる。
≪あの子が学園に行きたいと言った。
数少ない自分の思いを口にしてくれたのに、俺は否定してしまった。
突然の出来事で驚きはしたが、学園に行くことには反対はしていない……と思う。
それなのにどうしてあんな言い方をしてしまったのだろうか?
きっとどこか、息子と肩を並べて仕事をすることに憧れがあったんだと思う。
そしてそんな未来は必ず訪れると確信に近いものを抱いていた。
俺もレイナも魔法ひとつも使えないくらい魔力が乏しい。あの子も魔法は使えないと勝手に思い込んでいた。
しかし俺のように苦労して欲しくなかったから、裁縫技術を教えて軌道に乗ったこの店を託そうと必死だった。
いつかあの子の将来の役に立つと信じて……でも魔法が使えると知っていたなら、もっと意味のある経験をさせてあげられたんじゃないかと思う。
もう少し早く言ってくれれば――――いや、息子の才能を見抜けなかった父親の責任だな。
十三年も一緒に居て、気付けなかっただなんて本当に情けない。 こんな父親じゃ信頼されないのも納得だ。
でも、俺はあの子を心から愛している。たとえ信頼されていなかったとしても、俺の息子である事に変わることは無い。
少しでも人生の障害を取り除いてあげたい! 進みたい道があるなら全力で応援してあげたい!
俺の憧れが実現することは無いのかもしれない……だけど、あの子がやりたいことをやれていること、それはこれ以上ない幸せだ。
口下手だから大変かもしれない。でも、この気持ちだけは絶対に伝えたい≫
そのあとにはアルムの刺繍技術について熱く綴られていた。
「……母さん、少し外に行って良い?」
日記を閉じた彼はレイナの目を真っ直ぐに見つめる。
その瞳にはロイドに対する怒りや疑念はすっかり無くなっていた。
「ええ、いってらっしゃい」
許可を得たアルムは日記を返して部屋を飛び出した。




