進展する仲
レイゼン一行が死神教の内情を探っている事も知らず、あっという間に夜を迎える。
「おっ祭り、おっ祭り!」
「そんな走っていたら危ないぞ!」
水色の飴細工を片手に街道の真ん中を走り抜けるマインに兄であるアルムは苦言を呈す。
魔導大会開幕から連日ひらかれている催しだが、未だに多くの人で賑わっており七歳の少女が一人で歩き進めるのは危険な状態だった。
「ったく……」
「大丈夫だよ、アルム」
彼の隣に立つラビスはそう言って人差し指を先行するマインに向ける。
「あ、あれ?」
マインを囲うように吹き始めた風は徐々に強まっていき、舗装された街道を踏みしめていた両足は数歩と待たずに離れていく。
住居の屋根よりやや低い位置を浮遊しながら運ばれた彼女をラビスはギュッと抱き締めた。
「今のなに⁉ ラビスお姉ちゃんがやったの?」
「うん、楽しかった?」
「すっごく楽しかった、もう一回やって!」
嬉しそうに答えるマインの顔を見ると彼女は抱き締めていた腕を緩め、街道に下ろす。
「マインちゃん、元気なのはすごく良い事だけど周りにたくさん人が居る場所で走り回ったらどうなると思う?」
「……ぶつかって、怪我したり迷子になる……」
「そうだね、マインちゃんに何かあったらお姉ちゃん凄く悲しい」
マインは自分が悪いことをしたと思い、少しばかり目線を落とした。
「だからお姉ちゃんと手を繋いで一緒に歩こう」
「……⁉ うんっ!」
しかし後を引かないラビスの説教で彼女の表情がぱっと明るくなり、手を繋いで歩みを再開した。
(最初は嫌われてたみたいなことを聞いたけど、今じゃ本物の姉妹みたいだな)
「……アルムも怒らないであげると嬉しいな」
彼女らに向ける視線に気づいたのか、ラビスは深緑色の瞳を細めながらアルムに懇願する。
「まあ叱るつもりではいたけど、お前たちのやり取りを見てたらその気も失せたよ。俺たちの代わりにありがとうな」
買い物で離れた両親に代わって感謝を告げるアルムに彼女は軽やかに頷いた。
「お兄ちゃんも一緒に手ェ繋ごう!」
一人だけ手を繋いでいない兄を心配してマインが誘う。
「繋ごうって、両手塞がってるじゃん」
右手は飴細工、左手はラビスの手を握っており、繋ぐことはできないと指摘する。
「何言ってるの? ラビスお姉ちゃんの手を握ればいいじゃん」
「マインちゃん⁉」
「はぁ? ふたりだけで良いだろ」
「駄目だよ、怪我したり迷子になっちゃうよ!」
「いや、それは走っていたらの……はぁ……」
反論を試みるも話が通じる相手ではないと早々に諦め、自身の右手をラビスの左手に触れさせた。
「ッ……⁉」
触れられた彼女は顔を紅潮させ、飛び跳ねるように肩を震わせる。
「悪いが少し付き合ってくれ」
「……う、うん」
耳元で頼まれた彼女は緊張で汗ばんだ左手をスカートで拭い、人差し指から順にアルムの五指に絡ませていく。
「え……」
予想と大きく異なる繋ぎ方に頼んだ側のアルムにも動揺が走る。
「ラビス、そんなしっかり握らなくても良いんだぞ?」
「中途半端な握り方はマインちゃんに指摘されそうで……!」
声が裏返りながらも正当性を必死に訴えるラビス。
「……まあ、ラビスが良いなら構わないけどさ」
付き合ってくれた彼女を追及しようとはせず、アルムは自身の親指をラビスの親指と重ね、掌全体を密着させた。
「「…………」」
(何度か握った事はあるけど、凄い柔らけェな……)
(アルムの手、大きくて凄く硬い……)
強く結ばれた手を通じてじんわりとお互いの熱が共有されていくのを感じていた。
「ラビスお姉ちゃん、手も熱いしお顔も真っ赤だよ?」
「えェ⁉ そんな事ないって!」
「大丈夫かラビス⁉」
気を逸らそうと大袈裟に心配するアルム。
「お兄ちゃんもいつもより顔赤いよ?」
しかし下手に反応を示したせいで妹の目に留まってしまう。
「き、気のせいだろ!」
「アルム……」
明らかに照れ隠しにしか見えない様子を見せるとラビスは呟く。
赤く染まった顔を隠そうと俯き、しかし同様に照れたアルムを見ようと視線が上を向き、自然と上目遣いになってしまった。
「ラビス……⁉」
茶髪の前髪から覗かれる深緑色の瞳に魅入られ、今までにないほど異性として意識してしまうアルム。
多くの人々が行き通い、喧騒に満ちた空間に二人だけの世界が訪れる。
「やはりおふたりは恋仲なのですね」
しかしそれはほんの僅かな時間だった――――。
***
「カルティア先輩⁉ どうしてここに?」
魔撃墜決勝戦の終盤、ベレスの手によって胸部を斬り裂かれ退場を余儀なくされた彼女だったが、テイバンなどの生徒会役員や同校の生徒を連れて祭りに足を運んでいた。
「完全に癒えていませんが、傷口は塞がったので来てみました」
「はぁ、とりあえず元気そうで安心しましたよ」
「アルム君とは試合以降、顔を合わせていなかったので声を掛けたのですが……どうやらお邪魔みたいですね」
彼女の人相を体現したかのような紫紺色の瞳はギュッと繋がれた手に注がれる。
「ッ――――⁉ お邪魔だなんてとんでもない、王女殿下自らお声を掛けて頂き光栄です」
アルムは絡めた五指を引き離し、誤魔化そうと慣れない敬語で接した。
「そのような堅苦しい敬語は不要です。勝利を目指してともに戦った仲ではありませんか」
「ははっ、そうですね……」
彼は苦笑しながら僅かに視線が下へ向く。
自分では確認しようとせず見聞きした情報を当てにした結果、タリオナの策に出し抜かれ掴めたはずの勝利を逃した……その事実を思い出した。
「……すみま――――」
「本当に惜しい試合でしたね、会場で観戦していた俺ですら水晶球は空に浮いていると思い込んでいましたから」
「ああ、土壇場で考えられたタリオナは確かに凄かった。どのチームが勝ってもおかしくない良い試合だった」
「はい、あの場に居合わせられなかったのは心苦しいですが素晴らしい試合が観れました」
そう呟き出すテイバンとライザ、そしてあと一勝のところで敗退したミリエラ。
謝罪の言葉を紡ごうとしたアルムは口が開いたままだった。
「初日の百キロ走を五位という好成績で収め、魔撃墜決勝戦まで勝ち上がり、如何なる状況にも冷静に対処し単身で他チームで渡り合い、最後の最後まで接戦を繰り広げた貴方を責められる者など一人としていないでしょう。そしてそのような不届き者が居ればカルティア=エンドリアスの名に誓い、その存在を決して許しません」
「……⁉」
はっきりと断言する彼女にアルムは口を閉じ、大きく目を見開く。
「……貴方にはこの言葉を伝えたかったんです」
王女としての雰囲気から一転し、優しい声色で声を掛けた理由を話した。
「テイバンたちで聞こえませんでしたが、何て言おうとしていたのですか?」
一通り言い終えた彼女は全てを見透かしたような視線を向けながら尋ねる。
「……俺もカルティア先輩と戦えて良かったと、そう言おうとしたんですよ!」
謝罪の言葉ではなく、感謝の言葉を紡いだ。
そして調子を取り戻した彼を見てラビスは微かに笑みを浮かべる。
(試合の話はしないようにしてたのにカルティア様は凄い人だな……)
「やっぱり、敵わないよ……」
ラビスは嫉妬を通り越して諦めに近い感情を含ませ、吐息のように漏らした。




