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俺の気持ち

「「…………」」


 多様の洋裁道具と糸が置かれた作業空間でロイドに刺繍レベルを見定められていた。


「お願いします」


 練習用の布地を端まで縫い上げ、隣で黙って見ていたロイドに手渡す。縫った場所を触ったり、引っ張ったりして完成度を確かめる。


「……上手くなったな」


 机の上にそっと置いて嬉しそうに結果を言い渡す。


「ほんとにッ⁉」


「ああ、商品製作を任せても良いくらいだ」


「ッ……!」


 俺は込み上げる嬉しさを静かに噛み締めた。


「昼休憩の時間ぐらい休んだらどうなの?」


 そう言ってレイナは二階から紅茶を持ってくる。作業場に芳醇な香りが広がった。  


「アルムには少しでも早く一人前になって欲しくてな、張り切り過ぎちまったよ」


「指導熱心も程々にしてよね。二十分後には午後の仕事が再開するんだからさっさと昼食を食べてきなさい」


 彼女は紅茶を置いて午後の仕事の準備を始める。


「この調子で頑張れよアルム、期待してるからな」


 ロイドは紅茶を飲みながら昼食を取りに居間へ向かう。

 今年で十三歳を迎えた俺は、店の案内だけでなく洋裁技術を教えてもらうことが増えた。手先の器用さには自信があるため練習した分だけ上達もした。

 それに妹が無事生まれて経営も右肩上がり、跡取りとして期待もされている。


 平和で充実した毎日だが、伝えなければならない事がある。


「今日こそ伝えなくちゃな……」


 俺は決意を固め、紅茶を飲み干した。


 ***


 午後の仕事を終え家族四人で夕食を囲んでいた。


「レイナのトマトスープは最高だな!」


 そう言いながら酒を仰ぐ。

 今日はいつもより多く酒を飲んでいるせいか、気分が好調しているように見える。


「はいはい。こらマイン、野菜もちゃんと食べなさい」


 ロイドの誉め言葉を軽々流した彼女だが、娘の食事を流すことは無かった。


「やだ! 美味しくない!」


 俺が使っていた幼児用の椅子に腰かけ、言い争っているのは妹のマイン。

 我儘なところや好き嫌いが激しいところはあるが、それを含めて可愛い妹だ。

 念のため生まれて暫くの間は反応を観察したり、話しかけたりしたが年相応の言動しか見られなかったため、転生者である可能性は皆無だろう。


 俺が転生を選んで生まれたわけでは無いが、子育てを経験させないのは可哀想だと思って何度か泣こうと努めたことがあった。

 だが俺の涙腺は全くいう事を聞かず、よく両親を心配させたものだ。

 マインは夜泣きなど多々あって大変そうではあったが、両親に()()()()()()を経験できて良かったと思う。


「やだやだやだやだ、やだァ――――‼」


 レイナがマインの口にトマトを運ぼうとするも首を左右に振って拒絶する。


「マイン、あんまり野菜を食べないと魔物になっちゃうぞ」


「⁉ サラダ食べる……」


 仕方なく兄からのアドバイスを送ると、涙目になりながら大人しく口を開ける。

 こんな冗談を信じてくれるから本当に可愛い。


「魔物になるのは嫌だなぁ、俺も酒を飲む!」


 こっちは都合の良い事だけを信じる悪い大人だ。全然可愛くない。


「飲み過ぎよ、明日の仕事に影響するわ」


「――――プハッ! 俺が居なくても息子がいる!」


 そう言って俺の肩に腕を回す。

 面倒な酔っ払いになりつつあるが、高揚している今なら話ができるかもしれない。


「父さん、母さん、話があるんだ」


 俺は真面目な口調で声を掛ける。真剣な話だと察したレイナはロイドを俺から引き離して何とか椅子に座らせた。


「どうしたの?」


「実は……『魔法学園』に行きたいと考えているんだ」


 胸の奥に秘めていた将来の考えを直球に伝える。

 変な言い回しで時間を弄するより本題について深く話し合ったほうが有意義だ。


 レイナは不意にロイドを一瞥するも真顔で黙ったままだった。


「……どうして魔法学園に行きたいと思ったの?」


 仕方なく彼女が質問をしていく形をとる。


「俺の部屋にあった魔法学の本を読んで、試しに構築式を展開したら魔法が使えたんだ。俺はこの才能が魔法学園で通用するのか試してみたいんだ!」


 それらしい理由を並べるが、本当の理由ではない。


「魔法が使えたって、どうして早く言ってくれなかったの?」


 彼女の疑問はもっともだ。

 俺自身、もっと早く魔法や進路を打ち明けたいと考えていた。しかし言いたくても言えない事情があったため言い出すことが出来なかった。


 それは両親を遥かに凌ぐ魔力量を有している言い訳が見つけられなかったからだ。

 才能や遺伝によって行使できる者が限られる特異魔法と違い、汎用魔法は魔力があれば誰でも習得できる研究された魔法。そう、魔力があれば……。

 残念ながら二人の潜在する魔力量は平均か、それよりも下回るというのが俺の見解だ。でなければ魔法を学べる本があるのに魔法を使用した光景を見た事が無い、なんてことは有り得ない。

 しかし問題として捉えているのは両親の魔力量が低いからではない。

 子供世代の魔力量は親世代の魔力量に遺伝する、という魔法研究の論文がつい最近まで根付いていたからである。

 現在はレイゼン=シュベルバルクという魔法研究の第一線で活躍する男によって、『幼少期に魔法習得を努めた者は、必ずしもその説が当てはまるとは限らない』と否定する論文を提示したことで、魔力量が多いことをこの場で言えるようになった。

 もしその論文が出される前に魔力が多いことを悟られていたら、自分たちの子供なのかと疑いを掛けられていたかもしれない。あの二人なら無さそうだが、研究機関は間違いなく食い付いてくるだろう。


 そんな事情をかみ砕いて二人に説明した。


「……黙っていた理由は一応理解できたわ。そしたら何か魔法を見せてくれないかしら?」

 

「分かった、【黒器創成くろきそうせい】」


 右手に長剣を生成するとレイナは大きく目を開く。


「……触ってもいいかしら?」


「良いよ、重いから気を付けて」


 彼女の両手にゆっくり乗せる。


「おも――――凄い……」


 武器の良し悪しがはっきり分からなくとも同じ技術者である事に違いはない。この剣の凄さが彼女にも感じるようだ。


「貴方見て、アルムが魔法で剣を作ったのよ」


 説明している最中も黙ったままのロイドに渡そうと試みるも見ようとはせず、代わりに俺の目を見ていた。


「つまりお前は家業を継ぐ気はないってことか?」


 鋭い眼光からは酒に酔っていたことを微塵も感じさせない。


「継ぐ気が無いわけじゃない。ただ、学園で魔法を――――」


「お前を一人前にするのに学園なんか行っている暇は無い。話は終わりだ」


 残りのお酒を放置したまま、椅子から立ち上がる。


「父さん、話を――――」


「これ以上話すことは何もない。どうしても行きたければ勝手に行け」


 そう吐き捨てて寝室に籠る。


「……アルム、貴方には家を継いでほしいけれど、学園に行きたいならそれも良いと思う。でも、あの人を説得するのは難しいかもしれないわ。頼りにならない母親でごめんね……」


 彼女は悲しげに謝りながら長剣を返す。


「謝らないで母さん。今まで黙っていた俺が悪いんだから」


「喧嘩してるの?」


 話を理解できていないマインだが、場の雰囲気だけは何となく察知したようだ。


「してないよ。食べたらお風呂に入りなさい」


 俺たちは残りの夕食を静かに食べた。

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