強者たちへの布告
「はぁ、はぁ、はぁ……ここまで逃げればとりあえず安全だろ……」
黒棘を超え、結界付近まで全力疾走で逃げ続けたセロブロは酷く呼吸を乱す。
「ちょっと、いい加減に離してよ」
「ああ? 悪い……」
走ることに夢中になって彼女の手を握っている事に気付いてなかったようだった。
「何であそこから逃げたの……」
「はぁ? そんなの決まっているだろう! あの二人に、他のチームに勝つためだ!」
怪訝そうな顔を浮かべながらもセロブロは真面目に答える。
「無理よ、勝てるわけ無いわ……」
「何を言っているんだ貴様はァ⁉ 頭でも打った――――」
「最初から私たちに勝ち目なんて無いって、そう確信したのよォ!」
手を伸ばすセロブロの手を弾き、彼女は叫び散らした。
「戦う前から薄々勘付いていたのよ。ベレスは魔導大会四連覇の正真正銘の化け物。そしてその化け物に気に入られ、誰よりも先生に信頼されてるアルム……」
先生? そんな疑問が頭をよぎるがセロブロは彼女の言葉に耳を傾けた。
「戦った今なら断言できる、あのふたりと戦う資格が私には無かったんだって……」
激昂していた頃の彼女は見る影もなく、水色の瞳に宿った闘志もすっかり消沈していた。
「勝手に諦めたことは謝る。貴方は私を恨んでいい、だから……終わりにさせて」
水晶球に付与した魔力を消し去ろうとした次の瞬間、セロブロの平手打ちが彼女の顔面に直撃する。
「ッ……」
乾いた音は薄暗い森の中に響き渡り、タリオナは赤く痛んだ頬にそっと触れた。
「黙って聞いていれば、何なんだその結論はっ! 『終わりにさせて?』、駄目に決まっているだろう!」
次はこちらの番と言わんばかりにセロブロも心の声を吐き始める。
「アルムに勝つため、と言ってチームを結成したことを忘れたのか!」
「覚えているわよ! でも勝てない事はさっきの戦いで証明されたじゃない!」
「その証明は僕が参戦してないから不十分だ!」
「守られてばかりの貴方にいったい何ができるって言うのよォ!」
「……そうか、じゃあこれから訊く質問に答えた上で気持ちが変わらなかったら敗北を認めることを認めてやる!」
「ええ良いわ! どんな質問だって答えてあげるわよ」
「まずはアルムのどこが嫌いなんだ⁉」
「はぁ? なによその質問、ふざけているのかしら」
「良いから早く答えろ」
「仕方ないわね……」
タリオナは渋い反応を見せつつも言葉を選びながら嫌いな理由を考える。
(ヤツを嫌いな感情を引き出せれば彼女のやる気も戻るはずだ)
セロブロはそんな期待とアルムの悪口に期待に胸を膨らませた。
「……あの男は私が敬愛する先生と親しげに話してしたの! それも私たちにも見せないような表情もさせてねっ!」
「ん? その先生はどんな顔をしていたんだ……?」
「それはもう色んな顔を見せていたわ! 普段よりも笑ったり怒ったり表情筋が活発に動かせていて、それに目の前の細やかな幸せをかみ締めているような、そんな顔を浮かべていたのよ!」
「…………」
セロブロは先と同様に彼女の言葉に耳を傾けていたが、不満な気持ちを包み隠さず表に出していた。
「あんな得体の知れない男を信頼するなんて先生も何を考えているのか……貴方もそう思うでしょ?」
「その先生の話はどうでも良い、他に嫌いな理由は無いのか?」
「無いわよ、まともに話したのも昨日からだったし。それより嫌いになった理由が分かった?」
「……しょうもなすぎる」
共感してくれると思っていた矢先、セロブロは呆れ顔でため息を吐く。
「どんな理由で嫌いになったかと思えば、要するにただの嫉妬だろ。心同じくする同志だと思った僕が愚かだった……」
「じゃああんたはどうして彼を嫌っているのよ⁉」
「ふん、僕は別に話す気が無かったがそんなに聞きたいのなら特別に教えてやろう」
気乗りしない風を装う彼だが、言葉の節々に嬉しさを滲ませていたのは言うまでも無かった。
「――――と、あの男は僕が公爵家の人間であることから目を背け、馴れ馴れしく話しかける悪知恵の働く平民なんだよ」
寛容な僕はそれを許容したが、と最後に付け加えて彼は入試試験からこれまでの出来事を長々と話した。
「要するに下に見ていた相手が自分より格上で、対等に接されるのが嫌なだけじゃない。あんたのほうがしょうもないわ」
そしてタリオナも彼の話に同情や共感の態度を示そうとはしなかった。
「格上ではない、ほんっっっっの! 少しだけ戦い慣れていただけに過ぎない!」
「はいはい、アルムもこんな幼稚な人間が同級生だなんて大変ね」
両者の眼光が交じり合い、僅かに静寂が訪れる。
「貴様もこの僕が公爵家であることを忘れているようだな」
「貴方がその気なら私は良いけどね。ルールで味方を傷付けることは禁止されてないから」
セロブロの手に炎が灯され、タリオナは頭上に構築式を展開した。
一触即発の空間に枝葉を貫き、一筋の光が彼らを明るく照らす。
「……だが今は立場の違いを気に掛けている場合ではないな」
「そうね、貴方と戦うのは目的を達成してからでも遅くないわね」
そう言って両者は逃げて来た道を戻り始めた。
***
一方、三竦みの関係が解消されたアルムとベレスは激しい戦闘を繰り広げていた。
「【魔黒閃】」
「【不可視の歪み】」
アルムの指先から黒い熱線が照射されるがベレスの眼前でぐにゃりと曲がり、明後日の方向に逸れてしまう。
「ああァ、くそっ!」
『次から次へ怒涛の攻撃を繰り出すアルム選手、しかしベレス選手の特異魔法がその全てを躱していくゥ!』
『今年度の魔撃墜決勝戦では異例の三つ巴という事でしたが、タリオナ選手たちが離脱し、戦場は彼らの独壇場となっていますね』
そしてチーム構成が公表された時からタリオナが彼らの影に埋もれてしまうと観戦者も少なからず予感されていた。
(先の戦いぶりを見ると彼女たちはもう戦場に戻ってこないかもしれない……)
密かに応援する解説役のエリアはそんな不安を募らせる。
無論、彼女たちのやり取りを見ていれば一抹の不安も消えるだろうが、逃げ惑う選手たちに焦点を当ててくれる訳はなく、大衆は彼らの戦いだけに注目していた。
「【黒棘】!」
「逃げんなよなァ!」
アルムは自分を囲うように黒棘を展開するとベレスは一心不乱に追いかける。
(ふざけたこと言ってんじゃねェ、こっちはタリオナ挟んでなきゃ戦う理由は無いんだからよ! あいつらが逃げ出してから十分以上も経過、この様子だと向こうから姿を現してくれる可能性はほぼゼロ!)
「とりあえずカルティアたちと合流だな」
ベレスが目と鼻の先に迫ったところで影を踏み抜き、一時離脱を試みる。
「その魔法特性は既に分かっているっ!」
しかし二人の戦いを眺めていたエルヴィスが火球を放ち、足元の影を彼から遠ざける。
「鬱陶しい!」
「ナイスエルヴィス!」
「うおっ⁉」
火球をかき消す彼だが、ベレスは一瞬の隙を見逃さずに拳を閉じ、アルムを強い力で引き寄せた。
(こうなったら反撃で水晶球をかち割る!)
「ぶち込むっ!」
アルムは受け身を取らずに短剣を構え、ベレスは顔面に目掛けて拳を振り上げた。
「――――横だ、ベレスっ!」
交差する両者の視線を貫くように炎を纏った二本の槍が向けられる。
「「――――!」」
互いに目の前の相手から視線を逸らし、それぞれのやり方で接近する槍を防ぎ切った。
「ちっ、外野が邪魔すんなよ」
「……良い面構えになったじゃん、ふたりとも」
アルムたちは炎に取り囲まれたふたりの男女に視線を向ける。
「さっきまでの私たちだと思わないでよね!」
「ここから僕たちの反撃が始まる!」
「「お前たちに勝ってみせるっ‼」」
金色と水色の長髪を揺らしながら高らかに勝利を宣言した。




