窮地を乗り越える緋色の炎
私はレイゼン先生が好き。
命を救ってくれた恩人として、そして一人の男性としても……。
戦争で両親を亡くした私たちに安心できる居場所をくれて、発現した力に真摯に向き合ってくれて……。
この命はあの人の為に使おう、そう決めた日から傍に仕え、命令があれば如何なる手段を用いようとも達成して来た。
『タリオナは良い子だね』
透き通った金眼を細め、優しく微笑みかけてくれるだけで胸がいっぱいだった。
そしていつか貴方の隣に立てるような淑女になったら――――そんな未来を期待していたのに……!
「アルム=ライタード、貴方って人は……⁉」
タリオナは苦しい展開に酷く顔を歪ませた。
『ここで四人が再集結っ! しかし先程とは異なりお互いの距離がかなり近づいている、近接戦を苦手とするタリオナ選手とセロブロ選手はやや不利かァ!』
「【黒器創成】」
「【乱舞する槍】!」
「【手中抹消】」
漆黒の剣が、自在に動き回る槍が、全てを無に帰す右手が森の中で鎬を削り合う。
しかし黒棘が展開され、動きが制限される狭い空間ではタリオナの強みである武器の同時攻撃が行えなかった。
「【黒憑】」
アルムの魔力を纏った長剣に影響され、彼女の魔力が削がれてしまう。
「はいご馳走様でしたぁ」
そして追い打ちを掛けるように動きを鈍らせた槍はベレスの手中に呑み込まれていった。
「――――舐めんなァ!」
構築式から新たに槍を引っ張り出すが特性が見破られた以上、好手とは言い難い対応なのは誰から見ても明らかであった。
「タリオナ、僕も――――」
「貴方は引っ込んでいなさいっ!」
ベレスの乱入とともに彼女に突き飛ばされたセロブロ、介入しようと試みるも即座に拒絶される。
「ふっ。タリオナと組むなんて何を考えてんのかと思ったけど、全然役に立ってないじゃん」
「それな! 理事長に連れて行かれる前はあんなイキってた癖に、あの三人の戦いじゃ完全に浮いてるよな」
魔撃墜の選手候補生だったエンドリアスの学園生はここぞとばかりに侮蔑の言葉を発する。
「「「…………」」」
周囲の生徒は冷ややかな視線を向けるも内心では近しいことを思っていた。
「あんな無様な姿を晒すくらいなら出場しないほうが良かったんじゃ――――」
「おいっ、さっきから煩いぞ。そんなに話したきゃ廊下でしろ」
「「す、すみません……」」
しかし静かな怒気を含ませながら前席から振り返ってライザが注意した。
「……ったく、選手にすらなってない奴がよく言えるぜ」
「ありがとうございます、ライザさん」
「礼を言われるような事は何もしていない」
そう言ってライザは向き直し、彼らの戦いに注目する。
「頑張って、アルム……セロブロ君」
ラビスは観客席から祈るように二人を応援した。
「……もう良いだろう!」
彼女の祈りが届いたのか怒鳴られたセロブロは吹っ切れたように右手に炎を灯す。
(アルムに勝つため、彼女の判断が正しいためと理由を付けて従ってきたが今の彼女はとても正気ではない。このまま従っていれば泥船のように沈むだけだ!)
「この戦場から離脱したいが、僕の魔法だけであいつ等を撒くのは至難の業。あともう一手ほしい……」
セロブロは激戦を繰り広げる彼らを前に逃げ出す方法を模索する。
(白い煙? いや水蒸気か……)
全体に視線を巡らしていると黒棘の向こうから水蒸気が姿を見せる。
「そう言えばベレスのチームにエルヴィスが居たな!」
(そうでなくとも手一杯なのに新たな敵の出現は不味い――――いや、むしろ良いタイミングだ!)
焦燥が全身を駆け巡るセロブロ、しかし自身の魔法と照らし合わせ、とある策を思い付いた。
「――――おらァ!」
アルムは見事な剣捌きでミリエラの槍術を一蹴し、新たな二本目を無力化する。
(対応が早くなってきてる……⁉)
ミリエラは追い詰められていると分かりつつも新たな槍で応戦するしかなかった。
「対処が分かればただの鉄遊びだな」
対するアルムには心に余裕ができ始め、彼女を仕留めに掛かる。
(さっきまで俺とタリオナの両方に手を出していたベレスも、今では邪魔な彼女を排除しようと躍起になって明らかに戦いやすいなった。だが俺は別にベレスと戦いたい訳じゃない、適当に追い詰めながら隙を見てベレスの水晶球を割ってやる!)
思い通りに事が運んでいるアルムは笑みを隠せないまま剣を振るう。
(だが少し残念だよ、セロブロ。お前がどんな手段で俺に勝つのか楽しみにしていたのに……)
アルムはそんな気持ちを滲ませながら彼のほうに視線を向けた。
「――――えっ?」
「【烈火放射】!」
しかし彼の姿を捉えることはできず、代わりに緋色の炎が勢いよく差し迫って来る。
『何を血迷ったかセロブロ選手⁉ 味方のタリオナ選手諸共焼き尽くすつもり気かァ!』
サイベルは彼の奇行を見ていたもの全ての心の声を代弁する。
「セロブロ……」
(私を見限ったのね……せめてその選択が間違いじゃないよう誘導してあげる)
迫り来る炎に気付いたタリオナは彼の考えを察し、反対側に大盾を置いて逃げ道を塞いだ。
「お前、正気かよ!」
「あんた達だけは絶対に逃がさない!」
覚悟を決めたタリオナは目尻に涙を浮かべながら武器を取り出す。
『監督者さんっ! 今すぐ駆けつけて下さい!』
情けない声を上げて懇願するサイベル、会場の全員が息を呑む瞬間――――。
「【高圧熱水】!」
エルヴィスの熱湯が黒棘をへし折りアルムたちに向けられ、奇しくもセロブロの炎と激突する。
灼熱の炎と膨大な水がぶつかり合い、熾烈な争いを繰り広げていた戦場は白い湯気景色で満たされた。
「見えねェぞ、エルヴィス! 邪魔すんじゃねえよ!」
「一応、助けに来たんだけど⁉」
颯爽と登場し、仲間のピンチを救うエルヴィスだが肝心のベレスには突っ撥ねられてしまう。
「行くぞ……」
「ちょっと!」
混乱に乗じてセロブロは彼女の手を引っ張り、いち早く戦場を離脱した。
「やっぱこのままじゃいかないよなぁ」
(狙ったかどうかはともかく、不利な体勢を立て直させるその手腕は及第点を与えてやる。けど、足跡を隠せていないのなら合格点は無しだ!)
アルムは当初の作戦通り、彼女たちを追跡しようと影に足を踏み込む。
心にゆとりがある彼だからこその冷静な判断、しかしその余裕がこれから起こる事象を忘れている事に気付けなかった。
試験開始から20分が経過、今試合二度目の水晶球が強烈な光を発する。
「まじかっ⁉」
影移動を発動しようとした瞬間、傍にあったはずの影はすぐさま足元を離れる。
「俺はここだぜ、アルムッ!」
光り続ける水晶球を片手にベレスは飛び蹴りを食らわす。
予想外の妨害に驚きつつも右腕で彼の蹴りを受け止めた。
「――――仲良くタリオナを落とそうよ」
「心配するな、お前との戦いを楽しんだ後にあの女も始末する!」
「……多分、分かってないなお前」
追跡を諦めたアルムは彼に意識を向ける。
『ベレス選手が所持していた水晶球の光によってアルム選手の魔法が失敗に終わってしまう! ベレス選手の不可解な言動にはそんな意味があったのか!』
彼の株を上げようと褒めるサイベル、しかしただの偶然の産物に過ぎない事はだれが見ても明らかであった。




