仮面男と愉快な仲間たち
エンドリアス王国から遥か東の古びた廃城。
その土地の空は昼夜の判断も難しい真っ暗なくもに覆われていた。
そんな人影を微塵も感じさせないこの地に五人の人間が王室の中心で円卓を囲んでいた。年端もいかない子供が三人に大人が一人、そして全身を黒いローブで覆い隠した白仮面の男が一人、重厚な椅子に座っていた。
「先生、『輸出品』はどうだったんですか?」
少年は円卓に両足を上げ、だらしない格好で先生と呼ばれる仮面男に尋ねる。
「行儀が悪いわよライオス、真面目に参加しなさい!」
少女は丸眼鏡に手を添えながらライオスを咎めた。
「お前に聞いてねえよブスッ!」
「ブスって言った方がブスよ!」
「二人とも喧嘩は止めてくださいよぉ……」
弱々しい口調と声量でもう一人の少年が仲裁に入る。
「ちびは黙ってろ!」
「ヒイイィ、ごめんなさい!」
しかしライオスに睨みつけられ、椅子の上で小さく縮こまった。
「ライオス、タリオナ、少しは静かにしろ」
今度は黙って様子を見ていた筋肉質の巨漢が仲裁に入る。
「静かに静かにって、ここには俺らしか居ないんだから別に良くね?」
先の怒号とは打って変わり、騒いでも良い理由を述べる。
ライオスの反論に自身の顎に手を添えて考え――――。
「……確かに」
言い包められてしまう。
「やはり、俺の行いはすべて正しい!」
調子に乗ったライオスは円卓の上に飛び乗り両腕を大きく広げた。
「モーゴットさん、言い包められないでよ。ていうか私たちが迷惑しているの!」
タリオナが反論するも調子に乗った彼に都合の悪い情報は耳に入らない。
「夜更かしすれば、陽気な性格になれるって聞いたのに……全然変わらないよォ!」
自己嫌悪に襲われたリベルは自身の髪を搔き乱す。
「リベル、髪は大切にしろ」
モーゴットはそんな彼を宥め、毛根ひとつないまっさらな頭皮に触れる。
先ほどまでシリアスな雰囲気を漂わせた空間は、自信過剰なライオスを初め、真面目なタリオナ、陰気なリベル、毛根と討論には弱いモーゴットの四人によって破壊された。
「みんな聞いてくれ」
「「「「…………」」」」
今まで口を閉ざしていた白仮面の男がようやく仮面越しに声を発する。
この四人にかき消されてもおかしくない声量でありながら彼らは押し黙まった。
「ライオス。さっきの質問の答えだけど、子供に倒されてしまったんだ」
仮面男は落ち着いた口調で真実を伝える。
「子供……⁉ そいつって俺より年上ですか?」
「それってそんなに重要?」
追及する内容に違和感を感じたタリオナが二人の間に入る。
「当り前だ! 『世界最強』を目指す俺にとって年下に強い奴が居るのかどうか、知っておくことは最優先事項ゥ!」
「詳しい年齢は分からないけど、キミよりは年下だと思うよ」
「なッ……! 俺ですら苦労した泥潜蛇を年下が……」
「ふふっ」
自信を折られたライオスは円卓に乗せていた足を下ろす。そんな彼の反応にタリオナは満足そうに微笑んだ。
「ち、因みに性別は……?」
傷付いた自尊心を回復させようと追及内容を変える。
「男の子だったよ」
「男かぁ、ならまあ……うん」
同じ性別という事でなんとか浅傷で済んだようで再び円卓に足を乗せる。
「いや何でよ!」
「落ち着けタリオナ、よく見てみろ」
再発した自己中心的な行動にタリオナが怒りを見せるも、モーゴットは彼女を落ち着かせるためライオスの足を指差した。
「⁉」
モーゴットの企み通り、彼女は怒りを収めクスクスと笑ってさえいた。
そう、自信を取り戻したかのように見えたライオスだが、無かった事には出来なかったらしく片足だけ円卓に乗せるという形で平静を装っていたのだ。
「……その男の子は、ここに来るんですか?」
話が進まないと判断したリベルは仮面男に尋ねる。
「ゴンダさんが声を掛けたんだが、残念ながら殺されてしまったんだ。私自身、逃げ出すのがやっとだった」
全員が驚愕する中、ライオスただ一人は鼻で笑う。
「あのキモ顔のジジイだろ? 死んで清々するぜ」
「亡くなった人にそんな事を言うものではない」
粗暴な言葉遣いにモーゴットが注意すると、バツが悪そうな顔を浮かべる。
「無理すんなよモッさん。俺らの事を馬鹿にしていたアイツはあんたも好きじゃないだろう?」
彼の反論にモーゴットは無言を貫く。
ライオスの言っていることは間違いではないため、タリオナも口を開くことは無かった。
「……『本部』が君たちの存在を認めていないことは事実だ。だからこそ実績を積み上げるしかない」
「それは分かってますよ」
ぶっきらぼうに返答するが仮面男の指示に逆らうつもりはないようだ。
「話が逸れましたがその少年はどう対応するのですか?」
「僕の魔法で仲間にしますか?」
リベルが魔法行使を打診する。仮面男は熟考したあと首を横に振った。
「あの国は私の管轄だ。出来る限り自分で対処するつもりだよ」
「分かりました、必要な時は呼んでください」
仮面の男は立ち上がる。
「この度の『輸入品』は君たちの力、そして本部に分からせるいい機会になった。これからも鍛錬を積みながら事業を拡大させていこう」
「ご命令とあらば」
「いつでも頼ってください」
「出来るのかなぁ、僕なんかに……」
「邪魔する奴はぶっ殺す!」
モーゴットは大きく張った大胸筋に手を当て、タリオナは眼鏡をくいっと上げ、 リベルは自身の指爪を噛み、ライオスは不敵な笑みを浮かべた。
「こんな夜遅くに集まってくれてありがとう、会議はこれで終わりだ」
解散の合図とともにライオスは椅子から立ち上がる。
「よっしゃ! 一番最後にこの部屋出た奴、風呂掃除の当番な!」
「何それずるい! あ、先生お休みなさい」
仮面男にお辞儀をし、彼に続いてタリオナも扉に向かって走り出した。
「俺が一番乗り! お休み先生」
ライオスは去り際に手を振って王室を後にする。
「ちょっと! そんな適当な挨拶で良いわけないでしょ」
二番目に王室を後にしたタリオナの声が廊下から聞こえる。
「足の遅い僕がライオス君やタリオナちゃんに勝てるわけが無い……風呂掃除確定じゃん!」
走る事すら諦め、椅子の上で悲痛な叫びを上げる。
「はぁ、風呂掃除は私がやるからお前はもう寝ろ」
縮こまって叫ぶリベルを見兼ねて、モーゴットは彼を抱えた。
「では先生、また会える日を心待ちにしています」
「ああ、大変だろうが三人を頼むよ」
軽く会釈したモーゴットたちも退室して行く。
キイィン、と音を立てて錆びついた扉が閉まり静寂が訪れた。
「お母様、ようやく見つけました」
独り言のように呟いた仮面男は椅子の上から姿を消した。




