五百年後の世界へ
「なんで……生きているんだっけ?」
静かに降り注ぐ雨を存分に浴びながらそう呟く。
誰しも一度は考えたことがあるだろう哲学的な問いだ。
俺は正解も不正解もない議題を、愚かにも敵地の真ん中で考えた。
だが考えるのにこれ以上ない環境と言える。
雨音は思考をクリアにできるし、敵地と呼んだここに人は居ない。全員殺した。
眼前には先程まで俺に剣を向けていた騎士たちが血肉や臓物を撒き散らし、絶望した顔で死んでいる。
罪の意識はあったのだろう。だが同じことを繰り返し行っていればその行為に何も感じなくなる。
「どうでも良いか……」
俺はまぶたを閉じて議題の答えを探し求める。
敵を蹂躙するのが楽しいから?
莫大な富と名声を得られるから?
誰もが羨む美女を抱けるから?
「いや、違うな」
最初はそれで良かった。でも俺を満足させるに至ることは無かった。
じゃあ俺が満足できた時はいつだろうか?
俺は満たされた瞬間を振り返ると訓練兵時代と妻が生きていた頃を思い出す。
こんな幸福な時間を二度も経験できたなんて俺は運が良かったのかもしれない。
微かに頬が緩んだのを感じる。
『でもその人たちは貴方を置いて死んでしまったわ』
しかし思い出に浸って心地良い気持ちの中に事実が生じる。
「――――黙れッ‼」
この世で最も憎い女が過ぎったことで激しい怒りに駆られ髪の毛を掻きむしる。
「黙れ! 黙れ! 黙れェ‼」
呪文のようにひたすら唱え続ける。
その女はどれだけ拒んだとしても気付けば傍に立っている。
これ以上一緒居たらどうにかなってしまいそうだ。
「……死ぬか」
考えたくも無かったその言葉が自然と発せられる。
残酷で空虚なこの世界で生き続ける理由は無い、それに『自分』を見失う恐怖に震えるのはもう嫌だ。
俺は近くに転がっている死体から剣を取り上げ、躊躇うことなく己の心臓に突き刺した。刺し傷から血が溢れだし、喉奥からも血が込み上げる。
「ゴフッ……!」
俺が死神と呼ばれる理由、それは『絶対に死なない』という事だ。
物理攻撃は勿論、魔法による攻撃を受けて殺されることはあっても死ぬことは無い。
いつからこの力に目覚めたのか、なぜ目覚めることが出来たのか今も分からないままだがそんな事はどうでも良い。
大切なのはそんな俺がどうやったら死ねるのか、知りたいのはただそれだけ。
もし刺殺で死ななかったら撲殺、それで死ななかったら圧殺、それでも死ななかったら毒殺――――殺れることは無限にある。そして必ず俺を死なせる方法を見つけ出す。
「どうせ自殺するならもっと前から死ねば良かった」
死に際に語る後悔を口にする。
だがそのような選択だけはしたくなかった。
妻が、訓練兵の同期や上官の顔が頭を過ぎ去りおれを踏み止ませた。
彼らは望んで死を選んだわけじゃ無いのに俺が死を選んでいいのか?
違うだろ! 俺は彼らの分まで生きなくてはいけないんだ!
そう決意しても、絶望と死を振り撒く孤独な日々が変わるわけでもないのに……。
俺は死体が転がっているのをお構いなしにその場に仰向けで倒れ込む。
意識が朦朧として呼吸も浅い。ここまではいつも通り、死ねるのかどうかは死んだ後じゃないと分からない。
「最低最悪で……良い人生だった」
死ぬ確証が無くともこれだけは言おうと考えていた。
俺の行いは誰からも祝福されないものであったが出会えた人達には恵まれた、そんな感謝を込めて。
俺は意識を失い、静かにまぶたを閉じた。
***
死累戦争が終結して五百年後――――。
エンドリアス王国王都で服屋を営んでいる夫婦の間に男の子が産まれた。
「貴方見て! アルムが目を開けたわ」
我が子を抱きかかえる母親のレイナはうっとりした様子で息子を見る。
「レイナに似て可愛いな!」
父親のロイドは我が子の頭を優しく撫でた。
「あうーばあうあー」
赤ん坊は拙いながらも言葉を発する。
その様子は撫でられたことに喜んでいるようにも見えた。
「もうっ! なんて可愛いのかしら」
「お父さん、死んじゃうから止めて!」
丸く小さい姿で手足を動かす様子に二人はメロメロであった。
「そうだ、アルムの為に服を縫ったんだった。着せてみよう」
ロイドは作業場の方へ駆け出した。
「お洋服、楽しみでちゅねぇ」
「あうあーゆあうあー」
(一体どういう事だァ――――⁉)
言いたい事を何一つ言えず赤ん坊姿のギールは声を上げる。
世界中から恐れられた死神は五百年の時を経て、服屋の息子に転生したのだった。
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