婚約者が私をかけての決闘を令嬢と始めてしまった、受けて立たないで4
空を仰いでいると突然、アリーシャの鋭い声があがる。
「皆様!魔烏がこちらに!」
辺境でも出る魔烏。
獲物を見つけた魔烏のスピードは恐ろしく速い。
自分ではまだ目視できない。
「はぁ?!何をいきなり言っているのかしら?」
ガーネット伯爵令嬢がアリーシャの前に立ちはだかる。
「ギャアッ」
「きゃっ…痛!」
魔烏が獲物…大好きな宝飾品を咥えて旋回している。
「私の髪飾りが…」
泣きそうな声のアリーシャの友人。髪も少し乱れてしまっている。
あ、この鳥もうダメだ。やられる。
「シトリン嬢、泣かないで。私がすぐに取り返してみせます」
すっと跪き、友人へハンカチを手渡すアリーシャ。
……アリーシャは私の騎士なのにと嫉妬してしまう。
「ギャッ…!」
もう仕留めたのか。
途端にバランスを崩した魔烏が急降下したところを、その尾羽を掴んで瞬時に組み伏せた。
ドレスを着た人の動きではない。
中型犬くらいのサイズ感はあろう魔烏を小鳥のようにあっさりと仕留め、嘴から髪飾りを取り返す。
取り返すと邪魔だとばかりにそのへんへ蹴飛ばす。
「ランス、魔烏が触れたものだ。浄化を頼んでもいいか?」
すっかり令嬢言葉も崩れてしまっているアリーシャ。
私も久しぶりに聞くいつもの口調は、相変わらずかっこよかった。
もちろんと髪飾りに浄化の魔法をかける。
髪飾りは無事にアリーシャの友人の手に渡された。
「クォーツ伯爵令嬢、あの魔烏はどう撃ち落としたのですか?」
興味津々といった様子の友人たちが口々にアリーシャに声をかける。
騎士ならあの一連の動きは気になってならない。
「風切り羽を数本、折っただけですよ。友人の髪飾りもありますし、仕留めても彼女たちへの刺激が強いのでただ落とすだけに注力したまでです」
「そんなことが…!」
「あの一瞬でそんな判断と正確さ!」
目を輝かせている。崇拝でも始まりそうな勢いだ。
そこに馬の駆ける音がする。
学院の警備の…これは本物の騎士たちだ。
「魔烏を追っているのだが見かけ…あれか?!」
ふらふらと魔烏はだいぶ低空飛行で逃げ出していた。
「君がやつを弱らせてくれたのか?大した弓の腕前だな!これでやつを追って捕らえることもできる」
騎士が声をかけたのは、その場でまだ弓を持ったままのガーネット伯爵令嬢だった。
「ありがとうございます」
小さな声でそう返事をした彼女。
「学院で宝飾品の盗難が発生していてな…あの魔烏を追わねばならない。急ぐのでこの礼はまた後程」
そう言って駆け出しそうな騎士を引き止める。
「これを…。魔烏の足に結んでいます。追うのに役立てていただければ嬉しいですわ」
アリーシャが騎士へ渡したのは糸玉。
話している間にも少しずつ小さくなっている。
どこから出した?というか、いつの間に結んでいたんだよ。
「これは助かる!」
「いえ、裁縫は淑女として当たり前のことですから持ち歩いているのです」
淑女の当たり前って何だろうか…。
幸い誰もつっこまないからそっとしておこう。
「さて、ガーネット伯爵令嬢」
まずい、これはアリーシャが怒っている声だ。
「先程の騎士の方へ魔烏を射たのは自分ではないと否定しなかったのはどうしてなのか?」
こういう騎士らしくない行動ってアリーシャの地雷なんだよなぁ。
「そんな…貴女がしたことなんて信じてもらえるわけはないじゃないの」
目を逸らしながらそう言うガーネット伯爵令嬢。
しんとした空気が広がる。
「そうですか、分かりました。弓は貴女が三本の的中。私が…二本ですね」
三本目は魔烏に使ったし、弓の腕前は実質アリーシャの勝ちだ。
「弓は貴女の勝ちですね。では、二本目の決闘といきましょうか?」
さっと前髪をかき上げると、アリーシャの薄墨のような瞳が今は金色に輝いている。
ちりちりと肌に威圧の空気を感じる。
白い顔をしてガーネット伯爵令嬢は頷いた。
……今度こそ終わったかもしれない。