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私は扇子を口元にそっと添え、ガーネット伯爵令嬢はレイピアを構える。
異様な光景である。
「それでは、はじめ!」
間合いがかなり違うため、お互い慎重になる。
ただしばらく睨み合う時間が続く。
ガーネット伯爵令嬢から玉のような汗が止まらない。
呼吸も乱れてきている。
そこへ一歩踏み込むと、彼女は踵を返して後方へ駆け出す。
そうはさせない。
「キィィン!!」
高い音が鳴り、レイピアが根元から折れた。
そしてガーネット伯爵令嬢の首にはアリョーシャの腕が絡んでいる。
いつでも首技がきまりそうだ。
「まだ、やりますか?」
そっと耳元でそう囁いてみると
「……ま…参りました…もう、やめて…」
腰砕けになり、恐怖に打ち震えるガーネット伯爵令嬢。
「勝負あり!勝者、クォーツ伯爵令嬢!」
その声とともにガーネット伯爵令嬢を放り出す。
「化け物か…全く見えなかった」
「完全に魔物の圧を超えてる」
ぼそぼそと会話をする騎士科の面々がガーネット伯爵令嬢の介抱にまわる。
「ランス!待たせたな!私の勝ちだ」
さぁ、褒めて!と婚約者のもとへ駆け寄る。
「さすがアーリャ。でも、言葉づかいが戻っているよ」
苦笑を浮かべながらランスにそう言われてしまう。
「まぁ!せっかく淑女科で学んでいたのですが…気を抜くとだめですわね」
少しばかり落ち込んでしまう。
「私は貴方の騎士という思いが強すぎて…頑張りますわね」
「心強いよ。私の騎士はアーリャだけだよ」
婚約者としばし楽しく会話をしていたらガーネット伯爵令嬢が復活した。
「あの、クォーツ伯爵令嬢…」
「まだ何か?決闘は終わりだ。騎士ならば引き際は弁えるんだな」
せっかくの楽しい時間を邪魔しないでほしい。
「あの…申し訳ありませんでした」
未だにぷるぷると震えている。スライムかな。
「何が?あぁ、茶会を邪魔したことの詫びならあちらのお二方へ」
せっかく令嬢言葉の苦手な私の補習もかねて開いた茶会だ。
付き合ってくれた彼女たちの時間を無駄にしてしまった。
「お二人も…申し訳ありません」
素直にぺこりと頭を下げている。
「かっこいいアリーが見られたので役得です」
「久しぶりに騎士アリーを堪能できたのでむしろありがとうございます」
などとよく分からない会話がある。
「今後、一切お二人の仲を邪魔することはしません。ただ一つ質問を許してもらえますか?」
構わないと頷いてみせる。
「なぜこんなにも強いのにクォーツ伯爵令嬢は淑女科へ?私よりずっと騎士に向いているじゃないですか?」
「私と王太子殿下がとめたからだよ。」
代わりに答えたのはランスだった。
「アーリャは強すぎるから……騎士科の者の心が折れるか畏怖の対象にしかならないからね。殿下からも将来の有望な騎士のためにもアーリャの騎士科入りはとめろと厳命されている。
そもそもが辺境で魔物を狩っているから、手加減も対人戦もあまり得意でないしね。あまりに強いから我が領では“魔王よりも魔王“との愛称で呼ばれているよ」
困ったように微笑むランス。
「それにアーリャは私だけの騎士だから、別の者を守る演習なんてさせたくなかった」
最後にそういたずらっぽく言って笑った。
大変にあざとくかわいらしい婚約者だが、“魔王よりも魔王“って初耳なのですが。
愛称……愛称なのか、それは?
王太子殿下からの厳命も私は聞いてない。
「そうですか…」
さすがのガーネット伯爵令嬢も引いている。
「そんな…そんなクォーツ伯爵令嬢の腕前を軽んじて…魔烏のときも」
ぐすぐすと鼻をすするガーネット伯爵令嬢。
「私に…騎士を目指す資格などありません。相手の力量もわからな…」
「許しません」
ぐすぐすうるさいので遮る。
「私が淑女らしかったからこそ!見誤ったのです」
“魔王よりも魔王“はさすがに返上したいので淑女、強調します。
「先程の魔烏の件ですが、このまま騎士を続けてあのくらい軽く射られるようになればいいのです。私が教えます」
「え…それはちょっと遠慮」
「やれますね?」
逃さない。さっきのあれはまだ許していないからとことん鍛えて嘘を本当にしてやろうではないか。
「はい!」
ちょっと圧をかけると陥落した。
その後、私は一年先に卒業したランスの後を追って淑女科を無事に卒業し辺境へと嫁いだ。
魔物を狩るのに忙しい辺境ではゆったりした令嬢言葉は合わなかったので、すぐに元の口調へと戻った。
あんなにも頑張って習得したというのに…。
魔物の大発生も起こる前にことごとく潰していったため、辺境の地は平和である。
そしてガーネット伯爵令嬢は近衛騎士として唯一の弓騎士として活躍していると聞く。
その腕前で幾度となく魔物や暗殺からも王太子殿下をお守りしていると聞き、師としては誇らしいばかりである。
このお話は以上となります。
初めて書き終わらせることができてほっとしています。
ぼちぼちと婚約者視点なども追記できたらなと思います。
読んでくださりありがとうございました。飴矢