なんか違う2人の七夕
ガラガラガラ。
「彦星様お迎えにあがりました」
横になってテレビを見ていたら家のドアが開いて首だけで振り向くと男の人が頭を下げていた。
「どうもー。ってあれ? 天の神のお使いの方じゃないですか。でもなんで? 今日なんだっけ?」
姿勢を正座になおして聞いてみた。
「七夕でございます。ってあれ? 彦星様でごさいますか? え? あれ? 家間違えたかな?」
お使いの男は驚いた様子で玄関から首を出して周りをきょろきょろしたり、目を見開いたり目をぱちぱちさせたり目を擦ったりして俺を何度も見てくる。
「彦星だけど、何でびっくりしてんの?」
「いやー、びっくりした。彦星様でしたか。言いにくいのですが去年より雰囲気が違うと言いますか、ハッキリ言いますとお太りになられましたか?」
「うん、太っちゃった。80キロも!」
「ええー! やば!コ、コホン。失礼しました。今日は七夕で1年に1度の織姫様とお会いになられる日でございますよ」
「あ、あ、あーーーー! 忘れてた!」
パニックに陥った。やばいどうしよう、せっかく織姫と会えるのに何も準備してなかった。
「失礼ですがこの1年何をなされてたのですか?」
「仕事してネトフリみてお菓子食べての繰り返しかな」
「それが原因ですぞー! コ、コホン失礼しました。それがいけなかったんではございませんか?」
「そ、そうか、やっちっまったー。今何時?」
「17時でございます」
「待ち合わせの時間は何時だっけ?」
「18時でございます」
「あれ間に合うかな? 結果にコミットするライゾップ」
「間に合いませぬ」
「じゃ、今からゴールドのジムに電話して予約入れ……」
「間に合いませぬ」
「じゃあ今は熱い時期だから冬着をぱんぱんに着込んで1時間ランニング……」
チラッとお使いの男の人を見ると頭を左右に振り今にも泣きそうな悲しげな表情で
「間に合いませぬ!」
と苦痛の表情を浮かべていた。
「もうしょうがない。今年は織姫と逢うの諦めようかな」
部屋に大の字になって脱力して全てを諦めた。
「……彦星様。1つだけ方法がございます」
「なに!? あるの?」
「我々の周辺で話題になっている1日だけ効果がある『シュとして見える薬』というのがございまして、もしかしてそれなら……」
「それだ! もうそれしかないよ! お願いだからそれを飲ませてよぉ」
お使いの男に抱きつき懇願した。
分かりました。と言いお使いの男はスマホを取り出してどこかに連絡を入れた。
数十分後。
ガラガラガラ。
「カササギ便でーす」
という声がして玄関でお使いの男が受け取ると俺に近づき手元に小さな段ボールを渡してきた。
「こちらでございます」
「うむ」
段ボールを開けてみると手のひらに収まるサイズの黒い箱があり、開けるとそこには1粒だけ納められている薬があった。
その薬をつまみ口に入れ水で飲み干す。
飲むとすぐに体が軽くなった気がするし体が引き締まった気がした。
「これで大丈夫だろ。行こうか!使いの者!」
お使いの男と織姫に逢うために天の川に架かる橋に向かう。
☆☆☆☆
ガラガラガラ。
「織姫様お迎えにあがりました」
ソファーから玄関を見るとお使いの女性がいた。
「あっ! 今日は七夕でした?」
「そうでございます。ですからお迎えに参りました」
「そうでしたか。では行きましょう」
玄関に行き履き物をはいてお使いの女性の目の前に立つと
「織姫様。失礼ながらおっしゃっても宜しいでしょうか?」
「なんですか?」
お使いの女性は私の顔をじろじろ見て髪の毛を持ち上げてじっくり見てこう言った。
「一年に1度のお逢いになられる機会なのにその状態で行かれるのですか? スキンケアや髪の毛のケアなどなされておりませんよね?」
「嫌だ私、この1年何もしてなかった!」
恥ずかしさに顔を押さえ、自分のだらしなさにも恥ずかしくなった。
「お聞きしますがこの一年何をなされてましたか?」
「韓国ドラマという物にハマってしまい。仕事してドラマ見て寝る、夜更かしもちょこちょこという繰り返しでした」
「それが原因だと思われます。もっとお体を大切になさってください」
「はー、そうだわ。今まで何をしてたのかしら私は」
「失礼ですが、さっき1年ぶりにお顔を拝見した時は別人かと思いました」
「いやー、もうそれ以上は言わないで。こうなったら出来ることは何でもしなくちゃ。集合時間は何時ですか?」
「18時でございます」
「集合時間まで、あと一時間ある。ゴッドなハンドの有名エステに予約しないと……」
「織姫様。今からではどんなに速い馬でもお店との往復で帰ってこれませんので、間に合いません」
「では、髪の毛の手入れをする為に天の川参道の有名店に予約を……」
「織姫様。あそこのお店の予約は3ヶ月待ちが当たり前でございます。間に合いません」
「じゃ、じゃ、せめて美味しい味のするお酢を飲んで……」
目のはしで視界に入るお使いの女性は可哀想な物を見るような目は今にも泣き出しそうで口に手をあて声を震わせてこう言った。
「毎日飲んで継続させて効果のある物だと今飲んでも……間に合いません」
「今年は彦星さんと逢うのやめるわ」
ソファーにうずくまり小さくなって脱力すると悲しみが全身を襲ってきて泣きそうになる。
「……織姫様。もしかしたら1つだけ方法がございます」
「教えてちょうだい」
「我々の周辺で今流行っている『1日美容スムージー』という飲み物がございまして――」
「それだわ! 私にそれを飲ませくださいぃぃー!」
お使いの女性に抱きつき懇願した。
分かりました。というとスマホを取り出し画面スッスッ、トントンと操作する。
数十分後。
ガラガラガラ。
「ビーバーでーす」
お使いの女性が荷物を受け取ると私の元へ濃い緑の液体が入った飲み物を手渡してきた。
お使いの女性と目が合い、うなずくと私は一気に飲み干した。飲んですぐに顔の肌がぷるんっとし、髪の毛にも艶が増した気がした。
「それでは、行きますわ!」
私はお使いの女性と天の川の橋へと向かった。
☆☆☆☆
織姫を待っていると橋の向こう側から綺麗な女性がやってきた。
見間違える事も忘れる事もできない美しさを持つ女性は1人しかいない。
待ちきれずに橋を走って渡り織姫に近づいた。
「織姫、美しいな。1年という月日も関係なく毎年美しい。今年も逢えて幸せだ」
「私も彦星さんに逢えて嬉しいです。貴方も相変わらず格好いいですわ」
1年ぶりに逢うと話す事も尽きなく2人でずっときゃっきゃ、いちゃいちゃできる。幸せだ。
☆☆☆☆
ふーん。今年も会えて良かったな。
念話で声が聞こえてきた。
《天の神さま。使いの者です。今年も2人を会わせる役目は終わりました》
《ご苦労さん。あとは織姫と彦星に任せるとしよう》
2人が会うまでのゴタゴタ見てたけど。
何しとんねん!この2人!
会うまでの1年が長すぎて暇潰しに熱入りすぎてるやん。
アホくさー。会う期間短くした方がエエんかなー?
つまんないから千里眼で地球の短冊のおもろい願い事でも見て暇潰そう。
最初に目についたのは
『今年も彦星と織姫が逢えますように』
と書かれていた赤い短冊だった。
おしまい。