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#記念日にショートショートをNo.63『マスカレード・タルト〜夢の中の宴〜』(Masquerade Tart~Banquet in the Pumpkin~)

作者: しおね ゆこ

2022/10/31(月)ハロウィン 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n7103ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n8524015b03e4)

【関連作品】

なし

《10月31日、ホテル・ルウェノーラ大宴会場で行われるハロウィン・パーティーにて、ある人物を殺害する。パーティーを中止したり私を邪魔しようとすれば、パーティー会場が血の赤に染まるだろう。》

3日前、警視庁に怪文書が届いた。

ただちに捜査本部が敷かれ、僕が所属する捜査一課が警備にあたることが決定した。

「新村、あの噛みそうな名前のお前の相棒は何て言っている」

「あ…清薫(きより)ですか。あいつはイベント事が大嫌いで、この時期は電話に出ないんです。さっきから何度も掛け直しているんですが、繋がらなくて……」

「ったく、大事な時に繋がらなきゃ意味がないじゃないか。もういい、俺たちだけでどうにかするぞ。」

僕の返答に、警部が舌打ちする。警部の言葉に、集まっている捜査員が意気込んだ。

「はい!」

「事件が本当に起きるのかどうかは分からない。誰が誰を殺そうとしているのかも分からない。ただ、良からぬことを企んでいる者がいることだけは確かだ。決して、一流ホテル・ルウェノーラを事件現場にしないように。何が何でも、何も起こすんじゃねーぞ!」

「はい!」

「すでにパーティーは始まっている。パーティーを中止にしたり、下手に騒ぎ立てたりすると、この予告状にもある通り、大事になりかねない。各自、注意を払うように。」

「おっす!!」

捜査を担当する刑事たちがまた力強く意気込む。彼らの横で、僕の胸の中には言い知れぬ不安が渦巻いていた。

ホテル・ルウェノーラ…紗波(さなみ)……

「おい新村、どこに行くんだ」

「すみません、ちょっとトイレに」

「早く戻れよ」

気付いたら携帯を取り出していた。廊下を早足で歩きながら、見慣れた番号を呼び出す。

「…お掛けになった電話をお呼びしましたが、お出になりません……」

何度掛けても、ちっぽけな電子機器からは、同じ機械音が繰り返される。仕事中だから彼女が電話に出ないのは、明白なのに。

「何で出ないんだよ……!」

焦りが感情を支配し、壁に拳を打ち付ける。拳を伝うジンジンとした痛みが、僕を嘲り笑うかのように、さらに焦燥感を煽った。

「おい、新村、行くぞ!」

会議室から捜査員がぞろぞろと出て来た。警部の指示に返事を遣り、列に加わる。

乗り込んだ車の中から見上げた空は、いまにも曇天に変わりそうな気配を閉じ込めていた。


「いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか?」

コンシェルジュデスクにやって来た背の高い人物が、コホンと咳払いをして目元を覆っていた仮面に手をかける。仮面の下から現れた顔に驚いた表情を浮かべる私に、男性が微笑んだ。

「少し相談がありましてね。相談に乗っていただけますか、岸永さん?」


会場となる大宴会場に着くと、そこには華やかなドレスを身に纏った白雪姫やオーロラ姫,アリエルやジュリエット,タキシードに身を包んだ男性たちが、パ・ド・ドゥを優雅に踊っていた。今年のハロウィン・パーティーの趣旨は〝ザ・スウィート・マスカレード〟➖プリンセスやプリンスに仮装して舞踏会を楽しもう、というものだ。参加者は宿泊客に限られ、衣装はホテル内で貸し出ししているものを着用,そして顔を何らかの仮面や被り物で覆うことが義務付けられている。ホテル関係者は衣装こそパーティーの趣旨と合わせるが、仮面や被り物をすることは禁じられている。

もちろん、一般参加客同様、僕たち捜査員も、パーティーに溶け込むためにタキシードを着用し、目元をマスクで覆っていた。不審者はいないか、マスク越しに目を光らせる。すると、突然部屋の灯りが消えた。ざわめきが広がる。指示を得ようと耳につけたイヤホンマイクに手を添えると、パッと部屋の灯りが元に戻った。各所に備え付けられたライトが、前方中央の壇上に立つ人物を照らし出す。そこにいたのは、魔女の仮装をした➖

「皆さま、当ホテルのハロウィン・パーティー〝ザ・スウィート・マスカレード〟へようこそいらっしゃいました。司会を担当致します、コンシェルジュの岸永紗波でございます。本日は最後までどうぞお楽しみください。」

➖紗波だった。

「紗波!」

「大丈夫。」

思わず駆け寄ろうとした僕の耳に、聞き慣れた声が聞こえる。

ハッ、として辺りを見渡すが、〝その人物〟の姿は見えない。気の所為か、と首を捻ると、会場に荘厳な音楽が響き渡た。音楽に合わせて、仮装した人々がステップを踏み始める。

と、パ・ド・ドゥをするプリンセスとプリンスの中に、カボチャを被った人物が現れた。ハロウィンとはいえ、それは今回のパーティーの趣旨に合っているのかと思ったが、ハロウィンには違いないから構わないのだろう。所々、ゴーストやフランケンシュタインの仮装をした人物もいる。そもそも、司会者の紗波が魔女の格好だ。

と、カボチャの仮装をした人物が手に提げた丸籠の中から周囲の人にお菓子を配りつつ、紗波の方に向かった。その動作に、ふと嫌な胸騒ぎが掠めた。悟られないように間隔を空けつつカボチャを追う。壇の前に来たカボチャが、丸籠の中に手を突っ込み、そして➖

➖丸籠の中から現れたのは、銀色に鋭く光るナイフだった。

「紗波逃げろ!!」

僕の怒声に紗波が顔を上げる。目が合った気がしたのも一瞬のことで、時は既に遅し。次の瞬間、紗波の目が見開かれ、そして、紗波の口から真っ赤な血が零れ落ちた。

「……っ!」

瞬間、時が止まった気がした。

「きゃああああ!!!!!」

会場を悲鳴が貫く。駆け出そうとするが、パニックになり出口に向かおうとする参加客の波に阻まれ、身動きが取れない。

「紗波が刺された!犯人はカボチャを被っている!救急車!!」

イヤホンマイクに叫ぶ。イヤホンマイク越しに当惑したような捜査員たちの声が聴こえた。

人の波を掻き分けようとややきつく手で客の肩を押す。と、部屋の照明が落ちた。会場が暗闇に包まれる。暗転。ざわめきが生じる。冷静さを失った参加客たちが、暗闇の中を逃げ惑う。

「A班!出入り口を封鎖しろ!」

警部が指示を出す。

「落ち着いてください!その場を動かないで!」

捜査員の声が飛び交う。

しばらくして、ようやく照明が復旧した。と同時に、潜入していた捜査員たちが一斉に動き出し、僕の方に迫って来た。近くにカボチャがいるのかと周囲を見渡す。と、誰かが僕を押し倒した。

「10月31日午後11時50分、傷害の現行犯で逮捕する!」

手首に、カチャッ、と手錠がはめられた。

「え、ちょ、何をする!やめろ!」

「暴れるな!大人しくしろ!」

「違う!僕じゃない!」

「ふざけるな!カボチャを被っているじゃないか!」

と、顔の側面でパカッという音がした。僕を見下ろす捜査員と目が合う。

「に…新村……何で……」

捜査員が手に持ったカボチャの仮面と僕の顔を見比べる。

「罠だ!誰かが僕にカボチャを被せたんだ!それより紗波は!紗波は!」

「大丈夫です!まだ息はあります!救急には連絡済みです!」

声に目を遣ると、壇上に紗波が倒れていた。その腹部からは、真っ赤な血液が流れ落ちている。

「紗波!しっかりしろ!紗波!!」

僕の声にも紗波は目を開かない。

「搬送します」

まもなくやって来た救急隊員に運び出されていく紗波を、僕は祈るような気持ちで見送った。


捜査が始まり、白雪姫やシンデレラなどのプリンセスと、タキシード姿のプリンスの事情聴取や現場検証が行われたが、結局犯人は分からなかった。夜も遅いので、参加客たちの身分証をコピーして一旦捜査は終了となり、参加客たちは各客室に引き上げて行った。警部から許可が降り、紗波の様子を見に行けることになった僕は、深夜零時過ぎ、ホテルを出て病院へと向かった。


暗い夜道を歩いていると、誰かに後をつけられているような予感がした。不審に思い歩く速度を早めると、後ろからよく聞き慣れた声が耳に届く。

「あー待って待って」

その声に足を止めて振り返る。後ろからやって来たのは、警部曰く〝噛みそうな名前の僕の相棒〟夢嶺(ゆめみね) 清薫(きより)だった。

「清薫お前、何でここに?」

拓留(たける)に会わせたい人がいてな。」

背の高い清薫の後ろから現れた人物に、僕は目を見開く。

「……!」

茫然として言葉が出て来ない僕に、清薫は申し訳のなさそうな表情を浮かべた。

「騙すような形になって申し訳ない。警察の方には、既に事情を説明してある。救急隊員もホテルの人達に協力してもらった。」

「とりあえず詳細は後だ。もうすぐ、犯人がここに現れる。僕を刺した、犯人がね。」


闇に溶け込むようにして道端に3人で身を潜める。清薫の説明に安堵の気持ちが押し寄せ、僕はその小さな手をずっと握りしめていた。

しばらくして、清薫が呟いた。

「来た」

その言葉に、僕はその小さな身体を後ろに庇うように前に自分の身体を出した。清薫がその人物に声を掛ける。

「もうお帰りですか」

暗闇の中で、その人物が肩を強張らせて動きを止めた。清薫が続ける。

「ガラスの靴をお忘れですよ、マダム?

ーいや、ムッシューとお呼びした方がよろしいですか?」

シンデレラのドレスを身に纏った男性の顔が、闇夜に浮かび上がる。

「…えっと、どちら様ですか?」

「あれ、もうお忘れですか?あなたがカボチャの格好で刺した者ですけど。」

「…はっ?私があなたを刺した?ハロウィンの冗談ですか?」

「ハロウィンの茶番はもう終わりにしましょうよ。ですよね、木崎真稀(きざき まさき)さん?」


「ホテル・ルウェノーラには大変優秀なコンシェルジュがいましてね。彼女に調べてもらいました。」

清薫の後ろから紗波が顔を覗かせる。

シンデレラ…木崎さんが幽霊でも見たかというような表情を浮かべ、後退り、その場に尻餅をついた。

「は…何で……」

「仮装パーティー会場での犯行予告だったので、衣装にヒントがあるのではないかと思いましてね。〝今夜の仮装パーティーの衣装を借りるのに、奇妙な客はいなかったか?〟と彼女に尋ねたんです。すると、男性の一人客であるのにもかかわらず、シンデレラの衣装をカボチャの被り物と一緒に借りた人物がいたそうでしてね。最初からあなたに的を絞って、警戒していたわけです。」

「失礼ながら、あなたの身辺状況を少々調べさせてもらいました。住所や仕事、犯罪歴などをね。前科はありませんでしたが、あなたの住所の近辺でここ最近、若い女性……それも美しい女性が通り魔に暴行されるという案件が相次いでいることが分かりました。ここの仮装パーティーは、参加客は顔を何らかの仮面や被り物で覆うことが義務付けられているが、司会者は仮面や被り物をすることが禁じられている。もしあなたが、誰かに危害を加えようとするのなら、ターゲットは若くなおかつ美しい女性で、顔に仮面や被り物をしていない人物➖すなわち、彼女だと思ってね。」

清薫が紗波を振り返る。

「不在着信が彼から何件か入っていて、急いで警部に問い合わせ、事情を確認した。パーティーの詳細を聞こうと思いホテルに出向き調査を進めていたら、運が良いのか悪いのか、おそらく彼女がターゲットだろうというこの仮説に辿り着き、色々と話し合いの結果、僕が彼女の身代わりになるということになった。女性を…しかも、友人の大事な女性を危険な目に晒すわけにはいかないからね。衣装の下に防刃チョッキと血糊を仕込み、あなたを欺いたというわけですよ。」

「…でも、どうして私だと?」

木崎さんが地べたに尻餅をついたまま訊いた。

「ナイフで誰かを刺すと、返り血を浴びることになる。返り血を浴びた服装を隠すには、その服の上に服を➖それも不自然じゃないように羽織る必要がある。もう脱いでしまったんだろうが、あなたその衣装の下に、タキシードを着ていたんじゃないですか?ドレスよりタキシードの方が目立たないし、動きやすいですからね。まずあなたは頭部にカボチャを被りタキシード姿で会場に入った。そして時機を見て紗波さん➖の姿をした僕を刺す。会場を暗転させ、目立つカボチャを外し、手近な人間に被せる。偶然にも、それが拓留だったわけですが。ドレスはカボチャの中にたくし上げておいて、カボチャを外せば自然にタキシードをドレスが覆うという早着替えをすることが出来たという寸法です。警察はドレスの表面は調べるが余程の根拠が無い限りその内側までは調べない。さらにあなたにとっては都合の良いことに、血液が偽の血➖血糊だったたために血液特有のヘモグロビンの匂いがしなかった。返り血を隠せる格好をした人物…プリンセスに網を張り、その中で暗転の前後で増えたプリンセスを探したというわけです。あとは…靴です。ホテルの近くにあるコンビニのゴミ箱に、プラスチック製のガラスの靴が捨てられていましたよ。ガラスの靴はタキシードでいる時はもちろん、そもそもあなたは男性だから履くことが出来ない。ドレスの裾が長いために変身後も問題なく足元を隠せるという算段だったようですが……シンデレラの大きな特徴であるガラスの靴を近場に捨てたのは、失敗でしたね。」

「ちなみに付け加えておくと、僕が刺されたフリをした後、犯人を騙すために、暗転の間に同じ仮装をした紗波さんと入れ替わったってわけさ。もちろん、血糊を付けたね。」

「木崎真稀、殺人未遂の容疑で逮捕する。」

犯人に手錠をはめ、応援を頼んでいた刑事たちに犯人を引き渡す。

「これで一件落着だな。」

清薫が息を吐く。その声に、強張っていた心がようやく解けていった。

「清薫、一つ聞きたいんだけど。」

「何だい?」

清薫が僕を見る。ポケットにしまっていたイヤホンマイクを清薫に見せる。

「お前、僕ら警察の回線に侵入していただろ。あの時、お前の声がしたと思ったんだけど、お前は近くにいなかった。」

そう問い質すと、清薫がバツが悪そうに頭を掻いた。

「拓留には事前に説明をしておくことが出来なかったからね。せめて安心させようと思ったんだけど……。」

「突然〝大丈夫〟なんて声だけで言われても、何も説明されてないのに安心なんか出来るわけないだろ。僕は本当に紗波が……」

期せずして、涙腺が緩んだ。

「ご、ごめんなさい…拓留を騙すようなことをして……」

後ろで申し訳なさそうに言う紗波を振り返り、側に清薫がいるのにもかかわらず抱き締める。

「生きた心地がしなかった……」

人知れず涙が零れた。その感覚を忘れないように、紗波を精一杯抱き締める。

「本当に……良かった……」

顔を上げると、すでに清薫はいなくなっていた。きっと、気を利かせてくれたのだろう。目の前にいる紗波を見ると、その顔は熱を帯びたように火照っていた。

甘く、淡く、されど清らかな熱。

ハロウィンの黄色い月の光が、金平糖のようにきらきらと僕らに降り注ぐ。

「帰って、パンプキンスープでも作ろう。」

「うん。」

僕に笑顔を向ける紗波の小さな手を握りしめる。夜の空気に、魔法が溶けていった。

【登場人物】

●夢嶺 清薫(ゆめみね きより/Kiyori Yumemine):探偵

【モデル】推理小説家・勇嶺(はやみね) (かおる)氏,同氏作の児童書の登場人物・夢水 清志郎

→「夢水」の「夢」+「勇嶺」の「嶺」+「清志郎」の「清」+「薫」をそのまま

●新村 拓留(にいむら たける/Takeru Niimura):刑事

【モデル】[役]新田(にった) 浩介(こうすけ)[演]木村(きむら) 拓哉(たくや)

→「新田」の「新」+「木村」の「村」+「拓哉」の「拓」

○岸永 紗波(きしなが さなみ/Sanami Kishinaga):ホテル・ルウェノーラ(Lewenohla)のコンシェルジュ

【モデル】[役]山岸(やまぎし) 尚美(なおみ)/[演]長澤 まさみ(ながさわ まさみ)氏

→「山岸」の「岸」+「ながさわ(長澤)」の「なが」の漢字を「永」に変換+「なおみ(尚美)」と「まさみ」から「な」「さ」「み」


●木崎 真稀(きざき まさき/Masaki Kizaki):犯人


【バックグラウンドイメージ】

◎タイトル・設定・ストーリー・登場人物について

○東野 圭吾 氏作/「マスカレード」シリーズ(『マスカレード・ホテル』, 『マスカレード・ナイト』)

◎夢嶺 清薫について

○はやみね かおる 氏作/「名探偵夢水清志郎」シリーズ

【補足】

【原案誕生時期】

2021年10月30日(土)~31日(日)

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