第6話・その美しき黒竜の美姫の名はブリュンヒルド
新年明けましておめでとうございます。
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皆様も良き年となります様に
2023.01.01
眼下に立ち並ぶ街並みを睥睨していた巨大な黒竜が、金色の瞳をある一点に向けたと思ったその瞬間、巨大な姿がまるで綻び消えるかの様に見えなくなってしまい、その光景を目の当たりにしていた王都の住民達は、まるで自分は白昼夢でも見ていたのだろうか?と、自分自身や隣りの隣人達の頬を抓ったり叩いてみたりしてみるのだったが、ただ、ジンがいる病室だけは別だった。
ただ一人を除いて、その病室に居る全員が自分の死を何となく意識していたが、次の瞬間にはそれが確信へと変わってしまう事態が起こってしまう。
突然、病室のベランダ側の窓から巨大な黒竜の姿が見えたと思えば、次の瞬間には真っ黒なドレスに身を包んだ絶世の美女が現れたのだが、その絶世の美女が纏っていたのは真っ黒なドレスだけでは無く、絶対的な死の匂いも纏って現れたのだった。
その絶世の美女は、無言でツカツカとヒールの音を立ててジンに近付き、その美しく手入れされている右手を禍々しい鉤爪に変形させたかと思うと、包帯が巻かれたジンの左肩を掴んで紙でも裂くかの様にその身体を引き裂いてしまった。
その後は、上半身が右側だけになったジンに真っ黒なドレスを纏った死神が熱いキスでもしているかの様にも見えたが、次の光景を見た皆がそれを脳内で全否定する事となる。
真っ黒なドレスを纏った死神の様な存在が、その禍々しい鉤爪で引き裂いたばかりのジンの左上半身を、ひと口でその喉奥に飲み込んでしまったのだ、
余りの光景に、完全に思考停止を起こしてしまっていたジェスが、再び思考を再起させたのは、ジンの間の抜けた様な声が聞こえて来たからだった。
「ヒルド、わざわざ来てくれてありがとう。 この傷にはちょっと困っていたんだ!」
「まあ鬼神の呪いですから、旦那様が対処に困るのは仕方がないと言えば仕方がないかとは思いますが、旦那様も厄介な相手の呪いを安易にもらい過ぎですよ!」
「あはははは・・・(汗
ヒルド、ついでにちょっとお願いしても良いかな? 部屋が僕の血で汚れてしまったから・・・ 頼んでも良いかな?」
「はい、旦那様! そんな事はお安い御用です♫ 」と、ヒルドと呼ばれた黒竜が人の姿に人化した美女が右手の掌に黒い球体を作ると、飛び散ったジンの血飛沫で真っ赤に染まっていた病室の白い壁も、ベッドのシーツも大理石で作られていたであろう床も、そしてジンの血で真っ赤に濡れ染まっていたジェス兄さん達に対して、その黒い球体がジンの血液だけを吸い寄せて元通りに綺麗にしてしまった。
そしてヒルドは、ジンの血で真っ赤に染まった球体を、パクリと一口で飲み込むと、うっとりとした恍惚な表情をして、頬を染めながら微笑する。
「え〜っと・・・ ジン、ちょっと色々と確認したい事が有るのだが良いだろうか?」と、いち早く思考停止の呪縛から抜け出す事が出来たジェス兄さんが私に話しかけて来た。
「ジェス兄さん、改まってどうしたの?」
「改まるも何も・・・ まあこの際だから直接的に聞くが、この絶世の美女は誰?」
「ああジェス兄さん、紹介が遅れたね♫ 彼女は・・・ 」
「旦那様、ちょっと待ってください! 今、旦那様はこの人間の事を『兄さん』ってお呼びになっていた気がしたのですが?・・・ 私の記憶違いで無ければ、旦那様がご長男のハズで、そんな旦那様が『兄さん』ってお呼びになる人間なんて・・・ もしかしてアノ体力馬鹿義父殿の隠し子とか?・・・ コレは一大事! 早くお義母様に密告!いえいえ報告しに行かねば!」
「待って!待ってヒルド! ジェス兄さんは、母さんの一番上のお姉さんの息子だよ! 『馬鹿親父に隠し子が居た!』なんて冗談なら面白い話しだけど、それをヒルドが真顔で母さんに話しに行ったら冗談では済まないから!」
「あらッ!? あの体力馬鹿義父殿の隠し子では無かったんですね? この人間の魂の色が旦那様の魂の色と似ていましたので、つい・・・ 」
「だろうね、ジェス兄さんのお母さんと僕の母さんは姉妹だから、多少なりとも魂の色は似てくると思うよ!」
「それででねジン! 彼女は・・・ 」
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありませんわッ! 人間! 私は・・・!"#$%&' 」
「ブリュンヒルド! この人は、『人間』なんて呼び名なんかじゃなくて『ジェス兄さん』、しかも本名は『ジェスター・フォン・アルバトロス』と言って、『王都・冒険者ギルド総本部のギルド総長』も勤めている偉い人だよ! しかも名前で分かるように、この国の王族の一人だからね!それなりに敬意を払った対応をしてね♪ 」と、ヒルドがジェス兄さんに対して尊大な態度で話しかけようとした途端に、ヒルドの美しい顔にジンのアイアンクローが決まり一言もしゃべれなくなってしまった。
「ヒルド、良い機会だから言っておくけれど・・・ 無理をして僕の周囲の人達に対して尊大な態度を取ろうとしなくても良いよ!特に僕の家族や友人たちにはね♪」
「はい旦那様♪」と、赤く染まった頬に両手を添えて身をモジモジと捻るヒルド、じつはこの時、ジンに『ヒルド』と愛称ではなく『ブリュンヒルド』と名前で呼ばれた事に対して、ちょっと怯えていた。
無論、ジンから名前でも愛称ででも『名』を呼ばれるのはとても嬉しい事なのだが、時々、『ブリュンヒルド』と名前で呼ばれた後はろくでもない事になる場合が多い事を、ヒルドは最近ようやく学習したのだった。
『オッホン!』とわざとらしく咳をしたヒルドが、優雅にその漆黒のドレスのスカートの裾を摘まみ上げて軽く会釈して自己紹介を始める。
「お初にお目にかかります。ジェスター・フォン・アルバトロス冒険者ギルド総長様、わたくし、現19代黒竜王の娘で、縁あってジンから名前を頂く事となり、現在はブリュンヒルドと名告っております。そして、ジンとは夫婦の契りを結ばささせて頂き妻となりました。旦那様であるジンと同様にお付き合いのほどよろしくお願いいたします。」と少々言葉遣いが可笑しい所は有ったが、ジェス兄さんに向かって丁寧に頭を下げてみせた。
実はヒルド、人族との会話に慣れていないのだ、私の家族との会話で人族とのコミニケション方法を覚えつつはあったが、私の母親と妹達との会話なのでまるで村娘の様な話し方になってしまっている。
私はヒルドの村娘的話し方は個人的には好きなのだが、ヒルドには内緒にしていたりする。
ああ本題に戻そう・・・
基本的にヒルドは幼い頃から丁寧な会話は苦手な上に、幼少期のヒルドの教育係の偏見もあり、他種族と会話をする際には『尊大な態度で会話しなければならない!』と教え込まれていた事もあり、他種間族との会話は特に苦手意識を持っていたのだった。
まあ彼女の種族と、その他の種族の立場を考えると、そう簡単には『現黒竜王の娘』が他種族に対して下手に出た会話が出来ない事は理解出来るのだが、私の家族や親しい相手に対してはざっくばらんに会話を楽しんで欲しいとも思っているし、本心では無いと理解はしているが親しい相手を見下した様な話し方はして欲しくは無いと思っている。
「こちらこそ、私は、先ほどジンから紹介があったが・・・ 」とジェス兄さんも丁寧な挨拶を返したが、これは割愛するとして話を進める事にする。
「ところでヒルド様」
「ジェスター卿、卿と旦那様は従兄弟同士の間柄、旦那様は卿の事は『ジェス兄さん』と呼んで敬愛しておるし、卿も旦那様の事は親しみを込めて『ジン』と呼んでおる。
出来れば妾の事もヒルドとお呼び下さい。」
「流石に、ヒルドと愛称で親しく呼んでしまうとジンに焼き餅を焼かれしまいそうです。
出来ましたら『ブリュンヒルド様』とお呼びする事をお許し下さい。
それと私の事は『ジェスター』とお呼び頂ければ幸いです。」
その提案にヒルドが軽く頷くのを見て優しい笑顔を浮かべると、ジェス兄さんは、今一番気になっている事をヒルドに聞いた。
「ブリュンヒルド様、先ほどブリュンヒルド様はジンの左上半身を引き裂いた様に私の目には見えたのですが・・・ 何故?」
「ああ、あれは・・・ ちょっと旦那様が鬼神の祟りを受けてて・・・ 少し『イラっとした』から・・・ 」
「では、ジンの左上半身を丸飲みにしたのは?」
「えっ!? だって、愛する旦那様の血肉ですよ! そんな簡単にその辺りに捨てれる訳がありません!」
「だから丸飲みにしたと?・・・ 」
「はい♪ 旦那様の血肉を頂く事が出来て幸せでした~♪」
「・・・ 教えて頂きありがとうございましたブリュンヒルド様・・・ 」
ジンの血肉を摂取出来た事が余程嬉しかったのか? いまだに身をクネクネと捩じらせて喜びを表せているブリュンヒルド様を見てジェスは、
『ヤベェ~! 異種間婚ヤベェ~! 伴侶を食べてしまう種族が居るって報告は聞いていたけれど・・・
高位竜種も伴侶を食べるのか! 竜種ヤベェ~! それを考えるとジンはスゲーな!
俺が知らない間にジンが結婚してた事にも驚いたが!
俺は実の弟の様に可愛がっていたのに、そんな俺に対しても結婚していた事は内緒にしていたなんて・・・
まあお相手がお相手だし、内緒にしていた事には納得出来る所もあるが・・・
羨まし怪しからんから、腹いせに・・・ この後ジンを絶対に弄って遊ぼうって決めてたのに・・・ いやいや絶対に羨ましいって事は無いぞ! 羨ましくはないぞ! 本当だぞ!
ただ・・・ 今度から竜人族との懇談会なんかで、綺麗な竜人族のお嬢さんが熱い眼差しを飛ばして来ても、絶対に鼻の下は伸ばさないでおこう!』と密かに心に決めたジェス兄さんでしたとさ!
「で、ジェスター殿の後ろで控えているジェスター殿の奥方は紹介しては頂けぬのだろうか?・・・ 」
「えっ!奥方? もしかしてジェス兄さんも内緒で結婚していたのですか? 」
「いや!違うぞジン! 俺達は未だ#$%&'(!"#$%&???・・・ 」と真っ赤になって言い訳をし始めた時、間が良いのか?悪いのか?コンコンと病室のドアがノックされた。
因みに、ジェス兄さんの後ろで控えていた女性は、ヒルドが言った『ジェスター殿の奥方』と言うワードで再起動はしたものの、ジェス兄さんが言い訳をしている姿を見て顔を真っ赤にしながら頭から湯気をあげると再びフリーズしてました。