母について
あんな父なわけですが、果たして母はどうなのか。
教育にはノータッチだった父なので、私との接点は母との方が多かったのは想像できると思います。
結論から書くと、母は怒らせないと普通です。怒らせないと。
怒るとどうなるのか。母はすぐに手を出してきます。
母は父と違って、過干渉というわけでもなく、目立って自己中でもありません。金銭感覚もいたって普通。学もそこそこあり、漢字の書き取りが得意なようで語彙力もあり、会話も難なくできます。語彙力は私より豊富でしょう。
交友関係もしっかりあることから、友だち0人の私なんかよりは普通の人でしょう。友だちの取捨選択もうまく、母の周りには問題を起こすような面倒な人はいないように思えます。
しかし、怒るとすぐに手を出す。これが母の本性なのでしょうか?
私はかなり手のかかる子で、毎日のように母に怒られていました。早く起きなさい、さっさとしなさい、早く宿題をしなさい、早く風呂に入りなさい、ボーッとするな、早く寝なさい。
興味のあること以外の行動が遅いのが私です。
毎日のように言われるので、だんだん私は「わかってるよ!」が口癖になっていきました。頭ではわかっているのに、学校から帰ったら疲れすぎて動けない。
毎日のように言っているのに直らない私に、イラつき始める母。
しかし、このときには生まれつきのHSPの気質のせいだとは思ってもみませんでした。
言うことを聞かない私に、母は平手打ちをするようになりました。痛いのでそれから逃げるしかありません。防衛本能です。逃げるついでに宿題や風呂などを始めるようになりました。
私自身も、早くやることを終わらせれば娯楽ができることはわかっていました。それなのに動けない自分に腹を立てていたのを覚えています。
あるとき、私は母に叩かれたあとこう言いました。
「そんなこと言ったって……動きたいのに動けないの! 学校から帰ってきたら疲れててそんな早くできない!」
ですが、母はこう言いました。
「は? みんなも疲れてるの。学校で同じことやってきてるんだから、みんな疲れてるの。だけどあんたとは違って、他の子は遊びに行ったりしてるからもっと疲れてるはずよね? そんなんで疲れるだなんて、大人になったら8時間働くんだから――」
あんただけが疲れてるんじゃないんだと。学校ごときで疲れ果てているようじゃ、将来が思い知らされるわと。そう母は言いたいのでしょう。
「他の子と比べないでよ!」
「疲れてるんだったら、そうやってすぐ座ってお菓子食べないの。帰ってきたらついでに終わらしちゃうの。そうしたら早く終わる」
「それができないから困ってる――」
「やろうともしてないくせによくそんな口が聞けるわね!?」
もう一発、頭を叩かれました。
動きたくても動けない自分への苛立ち、ゲームができない悲しさ、こんなことで怒られていることへの惨めさ、声を荒らげる母の恐さ、そして何度も叩かれたことの痛さで、私は喋るのもやっとなくらい泣き叫んでいました。
「できるならとっくにやってるから!」
こうなることはわかってたけど、少しの望みにかけて母に訴え……やはりわかってもらえなかった。
母を見る私の目つきは鋭いものへとなっていたのでしょう。次の瞬間、私の体は宙を飛び、押し入れの引き戸に打ちつけられました。
「何睨みつけてんだ? 何様だ?」
真上から鬼のような形相で見下してくる母に慄いていると、蹴られたところと打ちつけたところがズキズキと痛み出しました。
泣きすぎて朦朧とする意識の中、私は母に引きずられて外に出されました。その間、母が何か怒鳴っていた記憶はありますが、何と言っていたのかはっきりと覚えていません。私の人格を否定するような言葉だったはずですが。
外に出され「反省しろ」と言われますが、一体何に反省したらいいのかがわかりません。動きたくても動けないのに、どう反省しろと。
私はただ「家の前を誰かが通ったらどうしよう。恥ずかしすぎる」としか考えられず、インターホンを鳴らし続けました。
しばらくして「うるせぇんだよ!」と母が出てきました。
近所迷惑になるからと、私をとりあえず家の中に入れましたが、その日の私の夕飯は抜きになりました。
私は夜型なので、朝はなかなか起きることができません。
目覚まし時計を何個もかけても、スヌーズではなくON/OFFスイッチを無意識で切ってしまい、何度も母に叩き起こされました。
寝る時間を早めたりしても改善されず、気合いでどうにかなるものでもありません。
そんな日が毎日続き、今度は私を起こすのに足を使うようになりました。蹴飛ばされるんです。
「いつまで寝てんだ! 起きなさい!」
朝目覚めた瞬間、激痛が走ります。怒られているときと違って受け身も取っていないので、蹴ったエネルギーが分散されずに私に届きます。
それをされても、私が自力で起きられないことが続き、ついには起きなくても放っておかれました。遅刻です。
しかし、遅刻して惨めな思いをしても私の寝坊は治りませんでした。
そんな私がどうなったかというと、目覚まし時計では起きずに、母が階段を上がってくる音で目が覚めるようになりました。母が階段を上がってくるのは、私が叩かれたり蹴られたりする前兆だからです。
※夜型生活を始めてからは、しっかり目覚ましがあれば起きられるようになった
父が異常なことは幼いころから気づいていましたが、母はそうではないと思っていました。ですが、私のTwitterのフォロワーさんからは何人も「そんなに叩いたり蹴ったりするのはおかしい」と言われました。
こんなどうしようもない私を躾けるためにしただけで、母がしたことは普通なのでしょうか? それとも母がおかしいんでしょうか?
母は女性特有のといいますか……感情的なんです。
最初に『母は目立って自己中ではない』と書きましたが、使い分けるタイプの自己中といいますか、私が家事を色々できるようになってから家での自己中が出てきたと感じています。
家の中で、自分の思い通りに私や弟が動いてくれないと、すぐ怒鳴り声を上げます。
私は高校生のときから、休みの日は夕食を作り、皿を洗い、朝の米を研ぐ担当になりました。長期休みもそうです。今も大学は半分以上が動画授業なので、学校に行かない日はそうしています。
そんな私に、どんどん肉体的な家事を任せるようになりました。半年もののカビが生えた浴室掃除、何ヶ月も掃除していないトイレ掃除、長年母がサボって炭化した五徳洗いなどなど。
私が低身長でなければ、おそらく高所の掃除も頼まれていたことでしょう。
私の家族は、私含め全員片づけが苦手で掃除も嫌いです。なので汚れを溜めまくり、その頑固な汚れを落とす役割が私に回ってくるのです。もちろんお駄賃はありません。
父に頼んでもすぐにやらない上に、どうして俺がこんなことをやらなくちゃいけないんだと怒鳴って不満を撒き散らし、挙句の果てに隅々まできれいになりません。
母はさんざんその仕事を今までやってきたので、どうにかして私に分担(という名の押し付け)したいようです。
弟に頼んでも、ガサツなので全然きれいになりません。おまけに皮膚が弱く石鹸負けします。
私ならあまり文句を言わずちゃんときれいにしてくれるので、頼むのでしょう。HSPの気質『頼まれ事をされても相手に合わせてしまうので断れない』が悪さしています。
ここまで家事をしている同級生はあまりいないそうですね。
母が同僚やママ友に、私の娘はこんなに家事をしてくれると自慢するそうなのですが、「うちの娘はそこまでやってくれないよー、羨ましい」と返ってくるとのこと。
私が高校生のときにクラスメイトに「休みの日は毎日夕飯作ってる」と言ったら、「えー! 偉いね! ご飯作れるんでしょ? 私なんてカップラーメンしか作れない」と言ってもらえました。
Twitterのフォロワーさんにも母の同僚やママ友と同じような反応をされたので、私みたいな人は珍しいのでしょうか。
私が色々家事をする理由、最近までは何となく頼まれたからやっていると考えていました。しかしよくよく考えてみると、無意識のうちに刷り込まれた恐怖心によって動いていることに気づきました。
その恐怖心とは、母に歯向かうとどうなるのかという恐怖心です。叩かれたり蹴られたり侮辱されたりご飯を抜かれたり外に出されたり。
思い返せば、中学生の反抗期のころはしょっちゅう叩かれていましたが、反抗期を終えると母から叩かれることはなくなりました。母に反抗しなければ叩かれることはないと学んだからです。反抗期を経て母は何も変わらず、私がいつの間にか譲歩していました。
ということで、久しぶりに私は母に反抗してみました。
それは先月、半年もののカビが生えた浴室を掃除する命令を出されたときの話です。
「えーめんどい」
「じゃあやってくれたら5000円出すから。あとその日の夕飯は免除」
「5000円かぁ……」
「何? 5000円もあげるんだよ。何か文句あるの?」
この家の浴室は何とも掃除がしづらい造りで、手間がかかり、手と指と背中と腰と脚が余裕で筋肉痛になります。
「もっと? これ以上は出せないわよ。そもそも毎日使ってるんだから、掃除するのは当たり前でしょ? それ以上出すなら素人のあんたには頼まない」
「別にもっと上げろだなんて言ってないけど」
「5000円で渋ってるっていうことはそういうことでしょ」
「めっちゃ筋肉痛になるし……」
「あんたね! どうせお金がほしいだけでしょ! バイトしたことないから5000円稼ぐ大変さがわからないんでしょうね」
その後、母は最低賃金だから5000円稼ぐのに6時間も、あのライン作業をやらなきゃいけないことを一人でグチグチと言っていました。(※私は今だに趣味でかなりの時間を費やしても2500円ほどしか稼いだことがないのはまた別のお話)
それがひとしきり終わると、
「うちはまだ弟が控えてるし、ローンは残ってるし、もうすぐ冷蔵庫と電子レンジと炊飯器が壊れそうだし、お母さんたちの老後もあるから、あんたに5000円も出すことすら痛いのよ」
とまくし立て、私が言い返そうにも、
「あーそう、そんなに言うんだったら風呂掃除はやらなくていい。その代わりこれから、食費光熱費水道代携帯の通信料諸々、自分が使った分は全部払ってもらうから」
と、言われました。
他の人もこれくらいの渋り方はするのではないかと予測して、言葉を選びつつ言ったらこうなりました。
反抗したら勝手に話が進み、怒りの感情のまま自分勝手な解釈をしがちです。ただ前述の場合は、提示額に不満があると捉えられても仕方がない言い方をしてしまいましたが。
ともかく、母は私が思い通りに動いてくれないとすぐにキレます。キレると私の言葉は耳に入らず、自分自身が正しいことを怒りの感情とともにまくしたてます。大声を出して「私は怒っている」ことをアピールして相手を怖がらせる――威嚇して自らが優位なのだと主張する――そういう人なのです。
そして、「その代わりこれから、食費光熱費水道代携帯の通信料諸々、自分が使った分は全部払ってもらうから」の言葉。これこそ私が今すぐ一人暮らししたいと決定づけた言葉になります。自分が全部払うくらいなら一人暮らしした方がマシだと。
もう一つありました。母は私の体調が悪くてもあまり心配しないどころか、「えー、夕飯作ってくれないの困る」と言ってしまうような人です。
「私について」で書いたとおり、私はよく昼間の外出時に胃痛・腹痛・下痢になりやすいです。コロナ前まではよく風邪もひいていました。
そのせいかはわかりませんが、私が体調を崩しても「またか」のような顔をされます。まぁ、まだそこまでは常識的な反応でしょう。
ですが「大丈夫?」の一言すらなく、本当は仮病なのではと疑ってきます。私を信じていないのです。
確かに高校生のときに、鬱っぽい症状をこじらせて食事がのどを通らなくなり、「お腹が痛くて食欲がない」と半分嘘で半分本当のことを言って学校を休んだことはあります。
鬱という言葉が出てきたので言ってしまうと、母は精神の不調に理解がありません。精神的に限界で休養を取りたくても、身体的な症状を訴えないと納得してもらえないので困ります。だから「お腹が痛い」と嘘情報を混ぜて学校を休ませてもらったのです。
たとえ動悸がひどく、風呂に入る気力もなく、食事をする気力もなく、文字を読む気力もなく、肩から呼吸をしていて、目がガン開きでどこを見ているのかわからない状態でも、それを訴えても、母は「それはあんた、人として終わってるわ(笑)」と馬鹿にされてしまいます。。
私の癖で、つらいのに作り笑顔でごまかしてしまうことがあるのですが、鬱っぽくてもそれはできてしまうので深刻さが伝わらないというのもあるでしょう。
それにしても、自分の子に対して「それはあんた、人として終わってるわ(笑)」なんて言いますかね? そこまで訴えたら普通「もしかして……」と感づいてもおかしくないと思うのですが。
そしてまだ症状が続いていていつ治るかわからないときに、「明日の夕飯は○○だからよろしくねー」と言ってくるのです。子への愛情、いや、人間としての情はどこ行った?