読むご飯
仕事に疲れた社会人のご飯の話。
短編。
疲れたら書きます。疲れた時の飯が1番美味しい。
何の音かわからない。
外で、空の上を通る音がする。
もっと寝ていたかった…
そう思いながら、寝起きで熱る体を冷やすため布団を足で蹴る。
寝相でどこかへ蹴飛ばさないように枕に仕込んで置いたスマホを手に取ると14時を超えていた。
「へへ…」
引き攣った笑いが出る。
今日が仕事休みだからと昨日は夜遅くまで残業をさせられ、もとい、上司とが一緒に働かせていただいた。
結果がこれである。何をするにも金が必要である。
が、金を生み出すには体力がいる。休みが足りない。
趣味の時間を削った。友達に割く時間を削った。風呂に浸かる時間を削った。寝る時間が必要だった。
食って、働いて、寝て、食って、働いて、寝て、食って、働いて、寝て、食って、働いて、寝て、食って、働いて、寝て、食って、働いて、寝て、食って、働いて、寝て、食って、働いて、寝て…
「かゆ…」
脚の痒みで思考が止まる。
何考えてたっけ。
目を擦っている間に段々と意識が覚醒してきたことがわかった。生活リズムが崩れていることによる寝起きの頭痛。喉の渇き。外の音。カーテンの隙間から入る日光の忌々しさ。
そして、何か寄越せとばかりに不快感を与えてくる胃。
「はいはい、わかってますよー。ご飯あげますねー。」
誰もいない部屋に声を掛ける。
意識と行動を切り分けて別人、或いはペットのように扱うことで疲れを忘れられる気がしている。
「卵、納豆、お茶、チーズ、えとせとら、エトセトラ…」
見事に食欲を煽るものがない。
胃袋さんが、ぐーっと鳴いた。
そっと冷蔵庫を閉じ、回れ右。炊飯器を除く。3合炊きの炊飯器には『16h』と表示されている。開けると半合強の米がまだ残っていた。
昨日の夜は食べていない。昼も蔑ろにした。
空っぽな胃袋に、脳に米の匂いは唾液腺を刺激する。
釜の飯を全て椀に出し、別の腕に卵を割る。
新鮮さについては、また今度トイレと話し合ってやる。今は目の前の飯を頂きたい。
米が冷めないうちに卵を溶く。その間も米が誘惑をかける。その度鳴る腹に「落ち着け」と声をかける。
幸いにも卵の期限は切れていない。
調味料をみると、刺身醤油、麺つゆ…
今の気分は麺つゆ。
艶かしく輝く黄色に2倍つゆを垂らし、かき混ぜ、少し真ん中をへこませた米の上に一滴残らず卵をかけた。
米の匂いに混ざり、塩を連想させるだしのなんとも言えない豊満な香りが唾液を一層誘う。その中に漂う米の熱で少し焼ける卵の臭みも愛おしい。
卵かけご飯の完成である。
「...いただきます」
両手を合わせ、目を閉じ、ゆっくり開く。
黄金に輝く山に箸を入れる。
卵の水分によって崩れる米の山々。なんとか、ほんの一口分を口に運び入れる。
鼻に通る卵と出汁の匂い。一粒一粒が噛むほど味を楽しませてくれる米粒。
「へへへ…」
自然と口角が上がってしまい、『これなんだよなぁ!』なんて心の中で呟いてしまう。
一見貧相な食事に見えるが、卵とお米、1:1ではなく、卵液のほうがやや勝る量。言わずもがな、米粒全てが黄金に彩られる。
白は200色あるとかなんとか聞いたが、黄色もあるのでは…
あぁ、それよりこの味に酔いしれていたい。
気付けば腕には何も残っていなかった。
あるのは、満足感だけである。
「ごちそうさまでした…」
手を合わせ、目を閉じ、
美味しかった
それだけが残る。
この時間が、社畜にとって、社会人にとって、全人類にとって、幸せなのではないか、なんて考えてしまう。
「一息つく前に...」
余韻を感じつつ、卵が固まり面倒にならぬよう、腕を水の張った桶へ沈めた。