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第三話

「――それは、私たちの恋心~~♪」

 ドコまでも透き通る天上の歌声。耳に心地よいソレには聞き覚えがある。

 宝箱の上に小さな方陣結界(ひかり)が現れた。


「お、なんだなんだ?」

 ガヤガヤガヤ。

 箱から飛び出した光の板が、その枚数を増やしたり減らしたりして、伸び縮みしている。


「綺麗な歌ー、誰が歌ってるの?」

 キョロキョロキョロ。

 近くに居た冒険者達が寄ってきたけど、テーブルの上には光る四角い箱しかない。

 方陣結界(ひかり)が全部消えて無くなると同時に、歌声もしなくなった。


「お金を入れると音が出る――――まるで、ジュークボックス(・・・・・・・・)ね」

 僕の(ジューク)(ボックス)

 〝ジハンキ〟って奴のことをソウ呼ぶみたいだ。

 テーブルの上の、僕のなけなしのレル銅貨をつまみ上げるロットリンデさん。


「――もう一枚入れてみましょう」

 躊躇無く、最後の一枚を入れようとするロットリンデさん。


「ダメだよ僕のお金なんだから! さっきの銅貨も取り出しますよ!」

 ガシリ。お嬢様が宝箱に手を伸ばした。

「ソレこそダメよ! コレは中身じゃなくて、宝箱自体に(・・・・・)価値がありますのよっ!」

 えーっと、何か難しいこと言い出したぞ。


 ぐぐぐぐ、ぐぐ?

 淑女の細い豪腕に、非力な僕がかなうわけもなく――。


「きやっ――――!」

 ドガタン――――ゴロロロッ!

 僕の手をすっぽ抜けた宝箱が、お嬢様ごとスッ飛んだ。


 ゴロロッ――――シュタリ。

 華麗な身のこなし。

「じゃあ、私のお金なら――文句ないでしょう?」

 ロットリンデさんは、さっき貰ったばかりのレル銀貨を躊躇せずに――――チャリンッ♪


「――荷八十遠煮汁卦火兎尨蹄子魚ヺ藻前箇酢蛸ペ歴砥確如♪」

 鼻を抜ける芳醇な香り。喉を通る滑らかな質感。

 舌を満たす飽きの来ないうまみ――なんだコレ!?


 ――――ソレは(・・・)結構な広さの第一キャンプ母屋を埋め尽くした(・・・・・・)

 誰かがとっさに『重量軽減』の魔法を掛けてくれなかったら、本当に危なかった。


「ロットリンデさん、コレって宝箱がやった――――」

「黙って! イイって言うまでしゃべらないで」

 言われたとおりに黙った。

 何から何までわからないことだらけで、僕には荷が重すぎる。


      §


 ソレは大量の、フカフ村名産品(・・・・・・・)

 スープにしてよし、おひたしにしてよし。

 コクがあって甘みも強く――――つまるところソレは、万能食材〝ソッ草〟だった。


 冒険者がコレだけの数居たから、大事にならずに全員なんとか脱出できた。

 僕達は、大量のソッ草をそのまま丸太小屋に詰め戻し、倉庫として使うことにした。


 みんなには、ロットリンデさんがとっさについた大嘘、「コッヘル商会が誇る、緊急用の食料備蓄収納魔法を間違って開けてしまいましたわ」って説明で納得してもらえた。

 もちろん、コッヘル商会従業員である僕達は(新しく作った)テーブルに額をこすりつけて謝罪した。


 大剣を背負った青年の、「コレ、明日一日掛けて行うはずだった、長期滞在のための食料備蓄が出来たって事じゃないのか?」っていう冷静な判断、もとい助け船により、特別懲罰金は免れた(・・・・・・・・・)


 『乾燥』の方陣結界(ピクトグラム)を倉庫の外壁に設置したから腐る心配も無いし、名産品なだけ有ってソコソコの価値もある。

 栄養価は学者さん達のお墨付きが出て、味に関しては毎日ソッ草スープだけを飲んで生きてきた僕が保証した。

 ロットリンデさんの、「王都宮廷付きの料理人のスープより美味しいわね」なんて本当かどうか分からない感想もあって、僕が昼食当番を引き受けることになった。


「――うめえ!」「――おいしい!」

「――見た目に反して上品な味!」

「――おかわりくれ」「おれもおれも」

 僕が作ったスープをみんな、おかわりまでしてくれた。

 相当気に入ってくれたみたいで――特別報償金であるレル銀貨が、僕にも支払われた。

 確かに、この味は物心ついてから毎日作り続けたからこそのさじ加減ではある。

 でも、いいのかな? ふつうに茹でるだけでも十分美味しいんだけど……。


「お前、木刀持ちのくせにやるもんだなぁ」

「アナタ、木刀持ちなんか辞めて、お店開いたら良いんじゃないの?」

「このスープ、木刀スープって名前にしようぜ」

 気に入ってくれたことは嬉しいけど、〝木刀持ち〟が冒険者として相当駄目なことが分かった。

 レル銀貨一枚有れば、手練の冒険者達が使う本式の武具だってフル装備で揃えてもお釣りがくる。

 ロットリンデさんの装備だって余裕で買える。

 このクエストが終わったら、大きな街まで買い物に行こう。置いていったら怒るからトゥナも一緒に。



 さて、問題は――宝箱(コイツ)だ。


 ロットリンデさんが言うには、本当に倉庫いっぱいの物資を方陣結界(ピクトグラム)に押し込んでおく実験的な魔法はあるみたいだった。

 それでも、その方陣結界(ピクトグラム)を持ち運ぶために転写した巻物(スクロール)ぶ厚い本一冊分(・・・・・・・)にもなるから、宮廷魔道師にでも現場検証されたらバレるらしいけど。


宝箱(ジューク・ボックス)は私が預かります」

 そう言って自分の細い腰に僕のズッタ袋を縛り付ける淑女。

 背中に背負う、鉄鋲が付いた魔法杖といい、どんどんと冒険者感が増していく。


 僕は、お嬢様みたいなロットリンデさんが好きだ。

 そして、大猿みたいに豪放な彼女のことも嫌ってはいない。

 お嬢様の人生が上手くいくことを願うくらいには、仲良くなれたつもりだし。

 彼女に昔起きたいろんな事も、いつか聞いてみたい。

 そして、その時が来たら僕がチョットでも力になってあげられるように、冒険者として力を付けておくに越したことはない。


「まだ仕組みも使い方も全然わからないけど、宝箱(コレ)は掛け値なしに〝難度SSSダンジョン『ヴァミヤラーク洞穴』〟の踏破報酬の価値があるわ。あのまま、漬け物石にしないで良かった」

 漬け物石ってのは、〝宿屋ヴィフテーキ従業員用まかない料理〟のためにトゥナが作ってる付け合わせ用の重しのことだ。「ジューク、コレ丁度いいからかして」って言って持って行こうとするメイドさんから取り返すのに苦労したっけ。


「難度SSSの踏破報酬ってことはSSSレア級の価値が――むぎゅふっ」

 淑女に手で口を塞がれた。

「しっ。いーい? 私たちは、この大森林調査キャンプ設営クエストで発見される宝物よりも、はるかに貴重なモノを所持している(・・・・・・)のよ?」

 ――むぐぐぐ、むぎゅぎゅむ!


「ぷはぁ! ――はぁはぁはぁ」

 ロットリンデさんが手を放してくれた。

 本当に死ぬところだ。

 彼女の前世はやっぱり大猿(おおざる)で、凄い力は魂から湧き出してるに違いない。

 トゥナといい、ティーナさんといい、宿屋ヴィフテーキ関係者はその可憐な容姿に見合わない実力を秘めすぎている。

 僕くらいだな、か弱い見た目通りなのは――HP35/51(バシンッ)

 体力(HP)が六割くらいになった。でもいま声に出してなかったぞ。

 なかったよな?


「まあいいや。えーっと、だから……クエストの目的が――僕達になりかねない(・・・・・・・・・)って事だよね?」

「あら、理解が早くて助かるけど……アナタ時折、妙に鋭いわよね――普段はヲヴァカなのに」

 バカって言われた。まあ、都会育ちでお嬢様だったロットリンデさんからみたら、その通りだろうけど。


 一緒にズッタ袋に入れておくとソレを食べちゃう――宝箱。

 銅貨を入れると前に聞かせた歌声が出る――宝箱。

 そして、銀貨を入れると食べたモノの何百倍もの量のソレを吐き出す高速詠唱(はやじゅもん)を唱える――宝箱?


 コレ――四角い宝箱(ジューク・ボックス)普通じゃない(・・・・・・)

 バレたら、周囲の全てが敵になる(・・・・)


「ひとまず、設営クエストを無事こなしますわよ」

 僕はこの時、金貨(・・)を入れたら何が起こるんだろうって事ばかり考えてた。

 この宝箱を上手く使えば、いつかは金貨も手に入るだろうし。


 ただ、ソレには少し時間が掛かる。

 だって、レル金貨っていったらレル銀貨100枚分。

 レル銅貨でいうなら2000枚。家が買えるほどの大金だから。


「けど最優先は、〝宝箱(ジューク・ボックス)を守ること〟だね」

「そういうことよ――」


「――いょう、ボウズ。お前の作ったスープ旨かったぜ? ハハッ!」

「「ひゅぇわぁぁぁ!」」

 壁に向かって密談する僕達の背後から、厳つい声を掛けられた。

 ドワーフの人だった。

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