最終話
最終話です。
ドスンドスンドスン!
石畳を踏みしめるトゥナ。
その度に、体中に展開された方陣結界が倍加していく。
「(私、そんな機能付けてませんわよ!?)」
さっきまで、3バーテルくらいだった光の柱が、強く大きく倍くらいの長さに拡張された。
ソレを見た、ご令嬢が何か言ってるけど聞こえない。
「(成体相手じゃ、サイズが違いすぎる! それに小さいファローモ相手で結構怪我してただろ! ちょっとくらい強化したってムリだよ!)」
長大な光柱の端っこをつかむ。
トゥナの体にめり込む方陣結界は、僕の手の甲を突き抜けゆっくり回転している。
「ンーン。チョットデ十分。ジューク達ガ、ドコカニ隠レル時間ガ出来ル」
トゥナは無音の声と会話が出来た。例によって何でかはわからない。
「(あーもう、そもそも、オマエどうしてこんなダンジョンの中なんかに、入り込んだんだよっ!)」
僕は足下で伸びる幼生体に文句を言った。
そして次に、空に浮かぶ雑木林を睨み付ける。
胴体は霧みたいのに包まれていて、おぼろげにしか見えないけど、四つ足の末端、蹄からの衝撃波が強くなってる。
「(あとオマエも、どうせなら子供がトゥナに倒される前に来いよな!)」
ん? 倒される前――――――――あ。
僕は――
思ってたよりずっと――
単純な構造をしていた――
〝イメージの羅列〟を――
脳裏に――――呼び出した。
〝方陣記述魔法〟で、小さな森の主が横たわる地面に、大きな図形を描いていく。
僕には〝詠唱魔法〟の成り立ちや構造、ましてや文法なんてさっぱり分からない。
それでも、手のひらの上に現れた光の平面を、指先で描いた細かな図形で埋めていくことは出来る。
それは背後で増していく、山のような存在感との勝負だった。
正式な手順なんて分からないから、〝物体としての亡骸〟に、〝脳裏に呼び出したイメージを丸ごと附加する〟ことにする。
『――真海鼠直重独楽魚褌序須藻咫解れ卦符牧步輪魚を藻前是海鼠は鹿霊確離す?』
声に出すことは出来ない、この色形。
その曲面や直線を縁取るように、なぞっていく。
方陣記述魔法に無い色や動きは、僕の解釈で単色の図案に落とし込んだ。
そしてソレは、附加と同時に発動した。
§
詠唱魔法を方陣結界に翻訳する能力。
僕にはそんな珍しい才能があったらしい。
街の喧騒が聞こえる。
パリィンッ――ピロロロロロォーーーーン♪
トゥナを輝かせていた方陣結界が割れ、霧散していく。
メイドさんの腕輪からの祝福がいつまでも鳴り止まない。
パリィンッ――ピロロロロロォーーーーン♪
成体森の主が、土や木をまき散らしてボロボロとかき消えていく。
トゥナの腕輪をBGMがわりにして、ロットリンデさんから説明されたのは、簡単に言うとこうなる。
パリィンッ――ピロロロロロォーーーーン♪
『大昔に悪いことをした私が、投獄されるくらいならと自ら地に潜りましたわ。
いつか踏破されたときのために、フロア全体にレベルドレインの仕掛け付きで』
パリィンッ――ピロロロロロォーーーーン♪
〝僕〟つまり、〝最下層フロアに侵入した対象〟を倒した相手に、能力吸収の方陣結界が転写される。
その仕掛けは、目論見通り発動したらしい。宝箱の蓋を開けた途端に攻撃されたし。
パリィンッ――ピロロロロロォーーーーン♪
でも高位の侵入者向けの仕掛けは、レベル1で初心者ボーナス中の僕には効かなかった。
それが、今回の出来事の大きな原因。
本当の原因は、魔物封じの方陣結界が整備不良で誤動作したことだけど。
パリィンッ――ピロロロロロォーーーーン♪
そしてその結果、〝能力吸収方陣結界〟は何故か僕を倒したトゥナの体に宿った。
割れて消えるときに〝倒したモンスターのレベル数値がそのまま加算される〟なんてオマケ付きで。
なにその都合良くてお手軽で、凶悪に良いことづくめの――――想定外。
§
――ボッシュゴッガァァァァッァンッ!
「あら、そんなところに居らしたの? 危ないわよ、今、爆発魔法の特訓中だから」
あれから彼女は、不発のハズレ魔法を、本当の爆発魔法にまで昇華させた。
その必要日数は僅か2週間。さすがはティーナさんの魔法の師匠だ。
でもこの、ドアに新しく出来たまあるい窓を見られたら、弟子の雷撃魔法が落ちると思う。
成体森の主が、まき散らしていった土や木は、フカフ村一帯を樹海のような有り様に作り替えてしまった。
全ての建物が水平に持ち上げられ、縦横無尽に走る枝葉は安全な通路の役割をしてくれる。
蔦を利用した吊り橋みたいなハシゴも作ったから、子供も大人も老齢の方や馬車ですら楽々と登ることが出来た。
つまり見た目に反して生活には全く問題はなく、むしろ雨風を防ぐことが出来る分、以前より快適とさえ言える。
森の主親子が森に帰った後、高熱にうなされたトゥナが回復するのに一週間。
いくら〝強くなってレベルも爆上がり〟するとしても、また同じ目に遭うのはイヤだと言ってたから、相当な負担が体に掛かったんだと思う。
その辺やロットリンデさんの事をうまくぼかして、『幼生ファローモ戦並びに、成体ファローモ接近遭遇の報告書』をティーナさんが昔の職場である王立魔導アカデミーに送付した。
その結果、世界中の学者が村一軒の宿屋に押しかけ、ティーナさんは商売繁盛の神として〝森の主〟を崇め奉った。
学者さんの中には、「ファローモ幼生がダンジョンに迷い込んだのは、特殊な方陣結界に引き寄せられたのでは?」なんていう勘の鋭い人も居て、僕達には箝口令が敷かれている。
そう、ティーナさんは件の宝箱を、まだ諦めていないのだった。
「こぉらぁ、ジューク! ちゃんと報告書書きなさーい!」
風通しが良くなったドアの向こう、階段の下からトゥナの小言が聞こえてくる。
報告書ってのは、もちろん〝業務報告書〟のことだ。
なにをかくそう僕とロットリンデさんは、正式に宿屋〝ヴィフテーキ〟、いや〝コッヘル商会〟の食客となった。
「ロットリンデさん、コレ見つかったら、またこっぴどく叱られますよ?」
ドアに出来た丸窓から首を出したけど――
廊下には誰も居なかった。逃げ足だけは速いな。
食客と言うくらいで、僕とロットリンデさんは三食まかない付き。
しかも、夜には指一本分の厚みだけど、立派なステーキが提供されるようになった。
色々と、やりたいこともやらないといけないことも一気に増えた。
けど今のところ、ファローモ戦以上の騒動には、巻き込まれないで済んでいる。
せいぜい、僕の前髪がチリチリに焦げる程度だ。
順風満帆、問題なし。部屋に飾った〝ファローモの角〟もピカピカに磨いたし。
そんなわけで僕は、今日も同じ報告書を書く。
『難度SSSダンジョン最下層で発見された悪逆令嬢に、命を狙われている件について。』
まだ続きます。




