第四話
何かが頭の中を流れていく。
その速度が上がるにつれて、停止した意識が逆再生される。
きゅる、きゅるるるる――――ひゅはー!?
「はぁ、はぁ、はぁ」
僕は生き返った。自動回復が僕のHPを満たしていく。
さっき流れてたのは、ティーナさんの高速詠唱みたいだ。
生まれて初めて、ちゃんと蘇生魔法を掛けられたけど、あんまり気持ちの良いモンじゃなかった。
それでも、あのまま死んでるよかだいぶイイ。あんまり長く死んでるとソレだけ料金がかさむしな。
でも、なんか思ってたより単純だった気がする……蘇生の呪文。
頭の中で再現するだけなら、出来なくもない程度には。
えっと、たしか――
『――真海鼠直重独楽魚褌序須藻咫解れ卦符牧步輪魚を藻前是海鼠は鹿霊確離す?』
声に出すことは出来ないけど、こんな感じだった。
言葉の意味も次々と浮かんだ色形も理解はできないけど、魔法の原材料とも言える〝複雑さ〟がその程度なら――倉庫整理か街までの買い付けのお供くらいで済むとイイなー。
死後1分も過ぎてなかっただろうしさ。
――――ユラァァァァァ。
あれ? 蘇生に使った眼に見えるほどの濃密な〝魔力の流れ〟が、消えずに残ってる?
体を起こすと目の前に、光の柱と化したメイドさんが立っていた。
トゥナの体からは魔力があふれだし、小型ナイフの小さな切っ先で、長くて重くて硬い角を押しとどめている。
「ゴゥワゥルルルゴゴルゴルルルルゥ――――!」
ゴツゴツゴゴゴゴン!
階段の中腹でたたらを踏む森の主。
「ちょ――なんで!? ソレ、私の――――!?」
ロットリンデさんが光の柱を見つめて、立ち上がった。
抱えられていた僕の頭が落っこちて――ゴチン(HP17/26)!。
頭を押さえて転げまくる僕を、淑女が尖った靴底でトラップ――グサリ(HP11/26)!
ちょっと、またスグ死んじゃうから大切に扱って――。
僕を踏み越え、駆け下りようとするロットリンデさん――ムギュッ(HP8/26)。
「ロ、ロットリンデちゃん、ソ、ソッチは危ないわよぅ!」
一息で高速詠唱を唱えたばかりだからだろう。
すこし疲れた感じのティーナさんが、必死にロットリンデさんを捕まえる。
ゴワルルゥ、モヴヴォォォォォォーーーーゥ!
ボゴン、ドゴゴッ――ギギィンッ!
目と鼻の先では、暴風雨の様な戦いが繰り広げられていた。
§
トゥナのつま先から頭の先までを、無数の方陣結界が包み込んでいる。
全ての関節に対して展開されたソレは、彼女の全身を輝かせた。
コァァァァァァッ――――ギャリギャリギャリンッ!
メイドさんの関節の軸に沿って、回転する方陣結界。
ゴワルルゥ、モヴヴォォォォォォーーーーゥ!
小さなトゥナに押し返され、森の主が嘶く。
ドゴゴッ――ギギィンッ!
メイドさんの細腕が、〝大森林最奥の屈強な生息圏において必要とされる、比類無き膂力〟を凌駕していく。
ボゴン、ボゴン、ボゴズザザザァァァァァッ――――!
「か、体に害はないみたいだけど、ウチの子……人間辞めちゃってなぁい?」
「トゥナーーーー! だいじょうぶかーーーー?」
僕は出来るだけ大きな声で、暴風雨に声を掛けた。
すると、ピタリと停止するつばぜり合い。
光のメイドさんがコッチを向いて、コクリとうなずいた。
ゴモヴヴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーゥ!
戦いのさなかに、よそ見をした敵を糾弾する咆哮!
宿敵へ進む歩に、力がみなぎる。
ゴゴンッ、ゴゴバァァァァッ!
とうとう階段の石畳を突き抜け、天井にまで到達するほどの亀裂が入った。
コレは、本当に逃げないと駄目なヤツだ。
「ほらっ、大丈夫ですよ。トゥナはいっつも僕を助けてくれるときに、凄い力を発揮するんです!」
なんてティーナさんを励ましたけど、トゥナの顔からは表情が抜け落ちている。
明らかにおかしいけど、いまのウチに僕達だけでも広いところに逃げた方が良い。
岩盤の下敷きになんてなったら、蘇生どころの話ではないからだ。
ティーナさんの背中を押して階段をのぼる。
「ロットリンデさん! 手伝って!」
はやくっ! 怒鳴ったら、隣に並んで手伝ってくれた。
「――(なんで、今ごろ発動してんの? しかも私じゃなくて、あの子に……ブツブツ)」
ロットリンデさんの一人言は岩盤の崩れる音で、よく聞こえなかった。
§
「えっと、内在方陣結界の循環方向って、ど、どうなってたかしらぁー!?」
いま居るのは、ダンジョン入り口のチョットしたスペース。
僕が〝ヴァミヤラーク洞穴最下層〟に跳躍した例の方陣結界が有った場所で、いまはただの石畳だ。
ココなら崩れる天井が無いから、生き埋めになる心配は無い。
「……鳩尾から下に降りて、向かって時計回りで内臓を経由。末端は左腕から、左足、右足――」
引き返そうとしたロットリンデさんが、ティーナさんに背後から抱きしめられている。
「あー、そうねそうね。右手から心臓を通して最後に頭だったわねー」
アレされると、身じろぐことも出来なくて、反省するしかなくなるのだ。
僕やトゥナは〝魔導固め〟って呼んでる。
「ダメねー、なにせ魔導幼稚舎で習ったのが、28年前――いえいえなんでもなぁい。あぶない歳がバレるところだったわぁ」
ティーナさんは、トゥナの年の離れたお姉さんと呼ばれることを生きがいにしている。
実際ソウ見えるけど、普段は食材を持ち運ぶ怪力とか宿屋を切り盛りする貫禄が邪魔をして、ソウ呼ばれることはあまりない。
「この方陣結界……倒したモンスターのLVを直接ドレイン出来る仕組みになってるわねぇ~。方律で禁止される前の古い時代のモノなのかしらぁ?」
目の前にステーキ皿くらいの大きさの平面を映しだして、愛娘の体に展開された方陣結界の解析を始めている。
ティーナさんは昔、魔導師として働いてたんだけど、トゥナを身ごもったときにやめたって聞いた。実は魔法に関しては近隣の大都市だけじゃなくて、ルヴロザード領全域をひっくるめても、その知識量で右に出る人は居ないらしい。
「あら? 〝血の方陣結界〟がジュークに繋がってる?」
え? じゃあ、あの全身方陣結界まみれのトゥナと繋がってんの!?
全身をペタペタと触ってみたけど、僕の身体に異常は無い。
けど、そんな事を言われると、ロットリンデさんと繋がってるらしい何かの感触が、光るメイドさんとも繋がってるような気もしてきた。
彼女の視線が、愛娘から僕を通って、捕縛中の少女に突き刺さった。
後頭部に視線を感じたのか、ロットリンデさんがまた暴れ出す。
ムリムリ、〝魔導固め〟の名は伊達じゃない。
ムッチリした体つきのせいで、苦しくはないけど本当に動けないからな。
「あれあれあれぇ?……ロットリンデちゃぁぁん? どうしてみんなを繋ぐ方陣結界にアナタの銘が入ってるのかしらぁ~? しかもこの銘は――」
§
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴドドドドドドドドドドッ――――!
崩れる初心者ダンジョン。
「きゃ――――」
愛娘の窮地に叫び声を上げようとした、魔導師にして宿屋の女主人の――スグ横。
――――シュゴ、ガッシャーン!
光り輝くメイドさんが、落ちてきた。
足下の石畳がへこむ。
安心したティーナさんが、ぺたりと崩れ落ちた。
それでも、逃げ出そうとしたロットリンデさんを小脇に抱え直すくらいの余裕がある。
なんで魔導師なんてやってるんだろう?
僧兵か格闘家に、クラスチェンジしたら良いのに。
――ドサリ!
光るメイドさんが担いでいた猛獣を床に下ろした。
だらりと伸びた舌、片角も折れている。
雌雄を決し、トゥナが勝利した。
君も暗殺者なんて辞めて、拳闘士にクラスチェンジした方が良いんじゃないか?
言ったら(僕の)蘇生代金が増えるから、言わないけどさ。
〝猛獣殺し〟の幼なじみは、まるで跳躍してきたようにしか見えなかったけど、彼女の全身に埋め込まれた方陣結界は、身体能力を強化する事だけに使われている。
そして、ソレをしているのが僕の〝方陣記述魔法(図案)〟と、ロットリンデさんの〝魔力〟だという実感がある。
さっきの〝繋がってる感触〟は気のせいじゃなかったみたいで、どんどん強くなっていく。
そして、ソレは当のトゥナにもわかるみたいで――
「ジューク。コレ、ドーイウコト?」
その人形じみた話し方からは、いつもの天真爛漫さは感じられない。
自分の光る体を広げて、小首を傾げている。
「し、知らないよう。何かの弾みでくっ付いちゃった、僕とロットリンデの方陣結界が、ト、トゥナにも移っちゃったんだろっ?」
へし折れた角を持ったまま、にじり寄ってこられると、すごく迫力がある。
「思い出したっ! たしか、ルシランツェル家の家紋――!」
突然、叫ぶティーナさん。び、ビックリした僕のHPが1減った。
魔導師の脇腹で炸裂する――爆発魔法!
ロットリンデさんが何かの魔法(不発)を使ったんだろう。
解き放たれたご令嬢が、小さなキノコ雲をたなびかせ、クルリと向き直る。
「フフッ、さすがは宮廷魔導師、バレちゃぁ仕方が有りませんわっ! そうよ私が、かの悪名高い〝悪逆令嬢、吸血姫ロットリンデ〟よ!」
――ボムボム、ボボボムッワン!
彼女の手のひらから立ちのぼる、幾筋もの爆煙。
ソレは細く小さく実害はなかったけど、なんだか凄みがあった。
「悪逆令嬢?」「吸血鬼?」
僕とトゥナは、首をひねった。
いきなり〝悪逆令嬢〟とか言われても困る。
ロットリンデさんは、ちょっとお高くとまってるけど、根は優しい普通の女の人だ……と思うし。
そして、ものすごく色白だとは思うけど、決してアンデッドには見えない。




