おしまい
ガッシャン♪
「あ、開いたっ――!?」
「ひ、開きましたわ――!?」
僕たちは顔を見合わせた。
パタンパタン、ガシャラッララ!
金貨を入れた後、宝箱は壊れるように開き、その中身を晒した。
――――ォォォォォオォォォォンッ♪
現れたのは、辺りの景色を映しこむ――ギラギラとした金属の塊。
ヴォォォォォゥゥウゥン、ヴォォォォォゥゥウゥン♪
四角いソレは唸りを上げるたびに、まるで呼吸をするかのように――
大きくなったり小さくなったりを、繰り返している。
「ううぅぅうぅゎわわっ――か、鏡みたいだよっ、ロットリンデ!」
「ぁわわわわぁっ――な、何て面妖なっ! まるで、生きてるみたいですわね!?」
手に手を取り合い、軒先にぶら下がる宝箱の中身から後ずさる。
四角い鉄の鏡が――――ゥォォォオォォォォォゥゥゥゥウゥッン!!!!
その脈動を広げる。
僕たちが一歩下がれば、四角い鏡が倍の大きさになった。
歩数にして、わずか三歩半。
鏡のような鉄塊が、姿見大になった!
「ギャーッ! ジュークッ、何とかなさいなっ!」
脈動を続ける鉄塊がジワジワと、にじり寄って来る。
生きてるような鏡に――腰を抜かす淑女。
「あわわわわっわわわわわわわわわっつ――――!?」
ロットリンデさんの魔法杖は、部屋の入り口に立てかけてある。
彼女の爆発魔法は、杖が無くても使えるけど――
あんな物に素手で触るなんて、到底無理だ。
必死に部屋の戸口へ、駆け寄ろうとしたら――「ぎゃっ!」
ロットリンデさんに、足をつかまれた――どばたりっ!
転ばされた僕が振り返ると――――ヴォヴォヴォヴォゥゥウゥン、ヴォヴォヴォヴォヴォォォォォゥゥウゥン♪
鏡のようなそいつは怒っているのか、表面を激しく波打たせた。
部屋の中の景色や、倒れ込む僕たちの姿が大きく揺らいだ!
「うひぃぃぃぃぃっ――――!?」
ひるむ、ご令嬢。
「トゥナァァァァァぁ――――たぁすぅけぇてぇぇぇぇーっ!」
僕は助けを呼んだ。
こんな得体の知れない奴の相手は、『神罰の拳闘士トゥナ』でもなければ出来る訳がない。
今の時間なら、観光客相手の出し物に興じているはずだ。
村中央の集会所か賑やかな野外ステージに居る彼女に、僕の震えた声が届くわけはない。
「じゅーく……ぎぎぎるりぃ?」
戸口の向こうから、ファロ子の声がした。
「来ちゃダメだ!」
僕たちの騒ぎを聞いて、戻ってきたんだろう。
「来てはいけませんわっ、トゥナを呼んでき――」
ロットリンデさんの声が掻き消えた!
「ロットリ――」
§
どっぷん、たっぽぉん♪
何だこの水音?
手足を動かすと、どぷどっぷん、どたぷん♪
「ジュゥウウゥウゥゥゥゥゥゥウゥゥゥクゥゥゥゥゥウゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!?」
「ロットトトトトトォォォォォォリィィィィンンデデデェェェェェェェッ――――!?」
ロットリンデさんの手は握ったままだ。
なのに、どういう訳か、僕が手を繋いでいるのはファロ子だった!
「「ファロ子ォー?」」
僕たちは首を傾け、辺りを見渡した。
周囲を埋め尽くすのは、無数の姿見。
姿を映すのは片角の――森の主の子供。
そう、ココには、僕もロットリンデさんも居なかった。
ファロ子しか居ない。
ココはどこで、今起きていることは、どういうことだろう。
ごぼごぼごぼごぼぼ、どっぽんたっぷりぃん♪
ん? 何か踏んだぞ。
見れば、それは小さな革袋。
さっきロットリンデさんが、金貨を取り出した袋だ。
「そうだ! これは宝箱が出したんだからっ――!」
「どーいうことですのっ! ちゃんと説明なさいなっ!」
僕はしがみ付くファロ子(声からすると、中身はロットリンデさんっぽいけど)を、そのままにして――ごつん!
あちこちの鏡に頭をぶつけながら――かたん!
開いた宝箱をつかみ上げ、大慌てで箱の形に閉じた。
§
わが家である〝ロットリンデハウス〟に戻った、僕たちが見たのは――
黒焦げの瓦礫と、倒壊した巨木。
そして倒れた片角娘と、剣を持ったメイドさんだった。
「まったくもう、貴方たち……良く生きていたわねぇ?」
不思議がるティーナさん。
それもそのはずで、僕たちを飲み込んだ脈動する鉄塊。
僕たちを助けようとしたファロ子が、生やした巨木は8本。
そして天高く持ち上げられた金属柱に、トゥナが攻撃を加えること3時間。
辺りはすでに真っ暗で――
「どうやら封鎖されていたのは、空間だけではないようじゃわい♪」
そんな独り言を言う、スデットナー教授。
「いったい宝箱は何を出したんだろう……やっぱり鏡?」
本当に鏡を出したのなら、あの綺麗な鉄を何かに利用出来たのだけど。
宝箱を閉じたら、あの角張った鏡は跡形も無く消えちゃったからな。
「何でも良いですわ。ちょっとでも時間を止められるなら、宰相を今度こそ出し抜けますものー♪」
悪い顔をする悪逆令嬢。
彼女が吸血鬼とまで揶揄されていたのは、そんな顔を見せていたからだと思う。
「うふふー♪ ロットリンデちゃん、そのお話、もっとくわしく――?」
「ぎゃっ――!」
ガシーンと魔導固めを喰らう、淑女。
ティーナさんは、ロットリンデさんが持っていた〝若さを保つことが出来る、人が入れるほどの大きな宝箱〟を、いまだに探している。
だけどソレは、もう手に入りそうも無い。なぜなら世界最難関の難度SSSダンジョン〝ヴァミヤラーク洞穴〟の一番奥に、置いてきてしまったからだ。
けどあの時拾った、この小さい方の宝箱も、時を止められるようだ。
「ごふっ――そ、そうは言っても、毎日使えるほどの金貨の持ち合わせはございませんわ――むぐぐぐっ!」
若さを保つためには、宝箱に入れるための金貨が必要なのだ。
「ぐふぉっ――わ、私に考えがございますわっ!」
くるしまぎれに、そんなことを言うロットリンデさん。
僕は宝箱をペチペチと叩いてみる。
どうやったって大森林では、ソコまでは稼げないのはわかりきっているのだ。
§
「ジューク。4番さんへ、ソッ茶のおかわりをお出しして下さいな♪」
にこぉ――素敵な笑顔。
彼女は元が、とんでもなく良いところのお嬢さまだ。
立ち振る舞いに、非の打ち所はない。
そして洒落たお菓子を自分で作れるほどの、器用さも持ち合わせていた。
「はぁーい、ただいま、お持ちいたしまーす♪」
ロットリンデさんは、僕たちへの挑戦者たち相手に――
こともあろうか、喫茶サービスを始めた。
ついさっきまで戦っていた相手から、もてなされても――
とても、くつろげないだろうと思ったけど――
「あらっ、この焼き菓子――真ん中に透明な穴が開いてるわ♪」
「そちらは蜂蜜を使った〝ステンドグラスクッキー〟になります。もし、ご入り用でしたら箱詰めしたものが、こざいますので――」
「おうボウズ。どうだぁ調子わぁ? ガハハハッ♪」
「おかげさまで最近は、挑戦者よりも、喫茶店に直接来るお客さんの方が増えたよ」
大森林喫茶〝ロットリンテール〟は、まずまずの好評を博している。
~おしまい~




