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第九話

「わっ、学者様が言ったとおり、ピッタリだ(・・・・・)!」

 テーブルに乗せられ、森の主(ファローモ)せんべいをバリボリと貪る女の子。

 その側頭部(あたま)にあてがわれているのは、巨大な(ツノ)


 コレは僕の部屋にずっと飾っ(・・・・・・・・・・)てた(・・)ヤツで、3週間前の成体森の主(ファローモ)襲来の時にトゥナがへし折ったヤツだ。

 その切断面が完全に合致したって事は――


「――と言うことは、アナタはトゥナに倒された小さい方の森の主(ファローモ)って事になりますわね」

 なんていう、ロットリンデさんの困惑の視線に、満面の笑顔で手のひらを突き出しおかわりを要求する、どこから見ても人間の女の子……ツノ付きだけど。


「神話には、受けた傷を癒やすために人に化ける獣や神々の話なんて、山のようにありまぁすからぁねぇ~♪」

 ティーナさんがまるでスデットナー教授みたいなことを言った。


「おかーさん! アタシも、ファロ子、近くで見たーい! かわいいっ♪」

「だめよー。今度ファローコちゃんが逃げ出したら、もう一度、捕まえられる保証がないもの~」

 トゥナがいま居るのは二階のテラス席。

 そして、僕達の周りには食器やイスの残骸が散乱している。


 ココは宿屋ヴィフテーキ食堂店内。ファローコの事があるから、僕達ロットリンデ隊は第二キャンプ設営地まで行かず、フカフ村に一足先に戻ってきたのだ。

 冒険者さん達は別に付いてこなくても良かったんだけど、どうしても「おかしらに付いていく」って聞かなかったから、そうなった。


      §


「――! ちょっとジューク! 何その子!? かっかかかかっ――」

 ファローコを後ろアタマに貼り付けた僕が宿屋に入ったとき、出迎えてくれたトゥナの第一声。

 かわいー♪

 ――――ドッガンッ!

 ヘルメットメイドに飛びつかれた僕はなす術も無く、頭突きを喰らって倒れた。


      §


 その後の事はついさっき、ティーナさんから聞いた。

 トゥナとファローコ。

 一度は拳とヒヅメをぶつけ合った二人。

 その攻防は凄まじく、店内の全ての皿とイスを粉砕した頃、ティーナさんが〝魔導固め〟でどうにかこうにか捕らえ、落ち着かせることが出来たのだそうだ。


「うぅうぅー! ジュークばっかりズルい~ぃ~!」

 そんな事言われてもな。ツノを折られたトラウマはそうそう克服できるもんじゃないだろうしさ。


 がさごそ。ロットリンデさんが手を突っ込んでるのは、昨日の朝、彼女が持ってた袋と同じモノ。

 勇ましい二本角を生やした精悍なフォルム。森の主(ファローモ)の絵が描かれてる。


「はい、どうぞ」

 一枚の煎餅を取り出し、小さな手に持たせてやるご令嬢。

「ぎにゅるり?」

「アナタの言葉は私には、わかりかねましてよ。あ・り・が・と・うとおっしゃいなさいな」

 そんな事言っても、まだ小さいし、そもそもファローモは人じゃないんだし――


「…………ぅ」

 何か言いそうになる子供。

 つられたトゥナが「……うぉ?……うぁ?……うぃ?」と真似をしてる。


「ぅ……ぁ……あ……り……ありり?」

 あ、なんかしゃべった。

 臨時休業中の宿屋ヴィフテーキ食堂に集まる総勢10名。その目が点になった。


「……これは驚きましたねー。生後間もないにも関わらず、明らかに何かしらの言語を用いていたように見受けられましたのでぇ、知能が高いとは思っていたのだけれど……うーふっふっふー♪」

 たぁーいーへぇーんーきょぉーみぃーぶぅーかぁーいーでぇーすぅーねぇー。

 と両手をニギニギして幼子に迫る、女主人の背後。


 そ~っと手を伸ばすヘルメットメイドの姿が。

 そこまでして触りたいのか?

 一心不乱にせんべいにかじり付くファローコの首筋あたり。

 ――――つん。


「わーい、触ったー! かわいー♪」

 屈強な大男達が連日、鍋やグラスを叩きつけてもヒビ一つ入らなかった頑丈なテーブル天板が砕けた。

 ――――ぎゅぎるるるりぃぃぃぃぃぃぃぃっ!

 天井を蹴り大破させ、遠くの壁に突き刺さる怪童(こども)

 ――――ひぃいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!

 大事な商売道具(テリトリー)である、宿屋を本格的に破壊された女主人の悲鳴。


 テーブルから転げ落ちていく大角(おおつの)

 ジジッ――――僕は見た。

 枝分かれしたゴツい(つの)の表面に、青白い稲妻が走ったのを。

 ――――ギャギリィンッ!

 その形が一瞬で、呪符(ぬの)で封印されてる方の小刀みたいに切り立ったのを――――!


 スコン――――♪

 それは小鉈(こなた)で小枝を割ったような、小気味よい切断音。


 だが、割れたのは小枝でなく――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォ――――――――――――ッパァ!!

 宿屋ヴィフテーキ本館だった!


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ、バキン、ガガガガガガガガガガガツン、ドゴゴッゴゴゴゴッ!

 ――――ひぃいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!

 誰かの悲鳴が聞こえた気――――――――


      §


 何かが頭の中を流れていく。

 その速度が上がるにつれて、停止した意識が逆再生され(まきもど)る。

 きゅる、きゅるるるる――――ひゅはー!?


「はぁ、はぁ、はぁ」

 僕は生き返った。自動回復はもうないから、体中が重かった。

 だるさだけで今にも死にそう。


「いやぁー、ハッデにやってくれたわねーっ♪」

 全壊した自宅兼商売道具を前にして、やたらと元気なティーナさん。


「「ご、ごめんなさいー!」」

 ロットリンデさんまで、僕の隣に這いつくばった。

 たしかにファローコを連れてきたのは僕達だ。責任は二人にある。

 そして、張本人(ファローコ)が何故か僕に向かって正座して、「ごめちゃー♪」してる。

 かわいいけど、いまはヤメて。

 魔導固めが炸裂しちゃうから!


「はぁ~い。謝罪を承諾いたしましたぁ! まあ、やってしまったモノは仕方が有りませんしー♪」

 僕は兎も角、あの悪虐令嬢ロットリンデが平伏する謎の美女に、恐れを隠せない冒険者さん達の顔が遠くに見えた。あの逃げ足は見習いたい。


「つきましては、全従業員へ通達。我がコッヘル商会及び宿屋ヴィフテーキは移転しまぁーす!」


      §


 僕達は第一キャンプにとんぼ返りした。

 無事だった宿屋ヴィフテーキ別館には、住み込みの管理人が1名常駐していたので、宿泊施設としての運用を、継続して任せる事になった。


「ジューク! ファロ子の方が馬力がありましてよ~♪」

 それはソウじゃんか、ファロ子は小さくたって、森の主(ファローモ)だ。

 ちなみにファロ子ってのはファローコに付けた正式な名前だ。今度は満場一致で採用された。

 トゥナがファロ子って呼んでたから、そのまま使わせて貰うことにしたのだ。


「ぎょにれ?」

 言葉は話せたり話せなかったりで、まだ良く分からないけど、意思の疎通はだいぶはかれるようになった。

 見た目は普通の小さい女の子だけど、バカ(ちから)……馬換算したら、何頭分になるか分からないほどのパワーを秘めている。子供だから半分だとしても、0・5(ファローモ)(りょく)はダテではない。


 対する僕、ジューク・ジオサイトは、駆け出し冒険者な上に生まれつきの超非力。

 馬換算しても、到底一頭分には届かない。

 1(ジューク)(りょく)はダテでしかなく、現に生まれたての子供に追い抜かれた。


 僕とファロ子は車輪が着いた木箱を、ひとつずつ押している。

 トゥナは、二つ数珠つなぎにして引っ張ってた。

 中身はもちろん、ヴィフテーキ食堂の瓦礫の中から掘り出した厨房道具一式だ。

 ティーナさんは魔法の良く分からない乗り物っていうか……氷漬けの食材に乗ってスイスイと地上スレスレに浮いて滑ってる。


 ロットリンデさんはロットリンデ隊に大きな馬車を引っ張ったり押させたりしてる。

 一人だけ馬車に乗っててズルいなって思ったけど、馬車にはひしゃげた鉄鍋なんかがぎっしり詰まってて、それが崩れないように天辺に乗ってバランスを取ってるから、サボってるわけではない。


「おかーさん。コレで本当にお店……ヴィフテーキ食堂開けるのー?」

 僕達は気ままな冒険者稼業だから、ソレほど損害はなかったけど、彼女等親子は生家(せいか)を投げ出されてしまったのだ。

 二人の荷物は木箱一個分。ティーナさんの魔法関連機材や物資がもう一箱。

 随分と家財道具も少なくなってしまった。

 けど、悲壮感なんかとは無縁で、木漏れ日の中をいつも以上に逞しく、楽しげに進んでいく。


「全然余裕ですよぉー♪ 冷凍の食材は全部無事でしたし、メイン食材は現地調達すればいーし、鍋とか食器が足りるか心配だけどー」

「あー、ソレは心強い味方がいるから、多分相談に乗ってくれると思うよ……はぁひぃ」

 その為に、ロットリンデさんに鉄くずの山を運んでもらっているのだ。

「それは、たのもしーですねー。あ、そろそろ開けた場所に到着しますよー♪」


      §


「ぬぅぅぅぅぅぅ!? 少年かご令嬢、はたまたおチビさん本人かトゥナ嬢ちゃんのいずれかの魔力を通すと〝極大魔法〟並の破壊をもたらす角刀(つのがたな)になるじゃとぉう――――!?」

 わかりやすい説明セリフを言ってから、のけぞる学者様。

 うん、確かに〝威力〟は宿屋全壊のお墨付きだけど。


「しぃかぁもぉー! ロコちゃんから付加(エンチャント)された自前の天恵だからぁ、無詠唱で無尽蔵に撃てるんですのよーぅ! もうコレって国宝(SSS)級の神格兵器ですわぁ――――!?」

 大角を抱えた元宮廷魔導師が、勢い余ってたたらを踏んでいる。

 そうだね、商売人・コッヘル商会長としては、もういろんな意味で狂喜乱舞するよね。

 あとファロ子の名前が短くされてる、たしかに言いづらいかも知れないけど。


「この騒々しさ、同じ肉体系魔導師……?」

「……ひょっとしてアナタ方、お知り合い……いえ同門ですの?」

 ロットリンデさんも、二人の暑苦しい共通点に気づいたみたいだ。


「言ってなかったかの? ワシはティーナの詠唱魔法の師にして、魔導格闘術(アーツ)免許皆伝じゃ♪」

「そして私が、詠唱魔法の徒にして、魔導格闘術(アーツ)の開祖よ♪」

 ――――むぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!

 ――――はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「――ヤメてください。ファロ子がおびえるから」

 案の定、無意味な殺気に驚いたファロ子が近くの大木に駆け上って、降りてこなくなった。

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