第八話
「えっ!? なにソレいらない!」
即座に反応する小悪党ロットリンデ。
「悪虐令嬢ロットリンデ! 貴女には30年前の王都襲撃事件の重要参考人として、王立魔導アカデミーより召喚状が――」
「そんな事言ったら、かわいそうじゃ無いですか。こんな寒いところに置いてったら死んじゃ――」
「重要参考人? わぁー、おかしらはやっぱり、立派な悪党だったん――」
「モクブートの卵なんて初耳です。未知の生態への学術的探究心が――」
「ちょっとー、光るお宝って財宝じゃな――」
こんがらかる会話。交差する状況。
「ガハハハッ、ちょっとまてーい!」
ガガガァーーーーン!
鉄杭を小さい方の手甲で打ち鳴らす筋骨隆々。
全員の視線が、傾斜中腹のドワーフ族に集まった。
「まずボウズ! モクブートは卵なんぞ生まんぜ?」
「え? そーなの?」「そういえばソウでした。私としたことが……」
「そして大剣使いよぉ! このお嬢ちゃんは多分シロだ! 件の事件じゃ死人はゼロだって話だし、俺ぁ信じるぜ! この鉄杭に誓ってもイイ!」
鉄杭の頭に、寺院のマークと同じ方陣結界が浮かび上がった。
「わーたーくーしーわぁー、どちらでもヨーローシークーってよーぉう!?」
ボボボボボボボボボボボボボボッムン♪
だからなんでロットリンデさんは、そんなに好戦的なの!?
やっぱり、酔っ払ってる?
「――――話を聞こうか。ソチラのご婦人はどうみても、王都襲撃の首謀者には……とても思えん」
あ、バカにされた気がする。
たしかにロットリンデさんの態度は横柄で軽薄ぎみだけど、良いところだってちゃんとあるよ。
まず親しみやすくて面倒見が良くて、博識で上品だ。
ちょっと心根と人相が悪いだけで、ちゃんとすればドコのお姫様だろうって位には美人だし、そして何より魔法に関する知識がティーナさん……宮廷魔導師並にある。
「ふー、どうやらアナタ達は王都の関係筋のようですし、バレてしまっては仕方有りませんわね」
バラしたのはロットリンデさんだけどね。
「面倒ですけど召喚に応じてさしあげても、よろしくてよ?」
仁王立ちのご令嬢がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
切っ先を下に向けた大剣がスルスルと滑空して、軟着陸した。
僕達との間に割って入る冒険者さん達。
ロットリンデ隊長を守ってくれているのだ。
「おい、お前! その剣スッゲーな! やっぱりスッゲー高ぇーのかよ?」
「ソウわよ! なんか便利に使えそうわよ!」
「そいつぁ、あっしにも乗れるんですかい!?」
――違った。ものすごくユニークな武器に興味津々だっただけだ。
「ジューク、それドウいたしますの?」
ロットリンデさんが、寄ってきた。
「キャンプで預かって貰えたら良いけど、ソレがダメなら村まで持って帰るよ」
僕は巨大な卵を掘り起こし、かかった土を払ってやった。
「そうですわね、モクブートじゃないというのでしたら、中身が気になってきましたわ」
「たとえ厳ついモクブートだとしても、子供のウチはカワイイと思うけどなー」
持ち上げようとしたら、手伝ってくれる悪虐令嬢。
そう、彼女は横柄な割にとても優しいのだ。
彼女の手が触れた途端――――カカカカカカカッ!
卵が光って、うっわまぶっし――はっくちゅん!
「ま、まぶしーよぅ。ろっとりんでさぁん~」
目を閉じても開いてもまぶしくて、くしゃみが出た。
痛い痛い、涙が止まらない。
あ――――手が滑った!
落ちる巨大卵。
ガシャリ――――ファァァァァッ!
光の奔流が霧散して、赤い月明かりに呑み込まれた。
「「あーーーーーーーーっ!?」」
パキペキ、ピキキキッ、小さなヒビが広がっていく。
くわっしゃん――――ごろりん。
割れた卵から転がり出たソレは――――毛玉みたいな。
毛玉は――――ぎぎゅぃぃぃぃぃぃぃぃぃって鳴いた。
ソレは結構な速度で這い寄ってきた!
「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」」
慌てた僕達は、尻餅をついた。
毛玉は右手でロットリンデさんの右足を掴み、
左手で僕の左足を掴んだ。
そして、もう一度、「ぎぎゅぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」って鳴いた。
§
「ちょっと、お待ちなさいっ! 走るんじゃ有りません! またすっ転びますわよ!」
「ぎぎゅりる、ぎゅりりっ!」
どたどたどたっ、ばたばたばたっ!
「こらっ、モクブーコ! ちゃんと座って食べよう。おいしいよ~?」
「ぎぎゅい?」
ぺたぺたぺた、すとん。
僕のヒザの上にちょこんと座ったのは、卵からかえった毛むくじゃら。
「ぎにゅるり? ぎにゅるり?」
「そうだね、ぎにゅるりだねー。……なんて言ってるか分かんないけど」
切り分けた灼きキノコを口元へ運ぶと、ロットリンデさん並の食欲を見せた。
僕のヒザの上の子供に、上から寝間着みたいな服をかぶせるロットリンデさん。
――ガァブリッ!
――――ぅにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
あー、噛まれてる噛まれてる。
食べてるときの〝森の生き物〟に手を出したらそうなるに決まってる。
「新種で有る可能性が高いですが、既知の森棲生物に分類した場合、モクブートとはかけ離れた形態をしていますので……〝モクブーコ〟は不適切な呼称と思われます。よって、早急な代案の提示を求めます――フンッ!」
小柄な女性が僕のネーミングセンスを責める。
『モクブーコ』って名前を付けたときも、ロットリンデ隊の女性陣|(ロットリンデさん含む)から、物凄い顔をされたっけ。
「ハハッ、そうだな。モクブートにゃそんな立派な角ぁ生えてねーからなっ!」
そうなのだ。
もの凄い長くて多くて硬い毛を針金でキツく縛ったら、毛玉の中には小さな女の子がいたのだ。
「ジューク、押さえときなさい。最後に、その頭の横のナイフみたいな切れ味の〝片角〟をどうにかしないと安心できませんわっ!」
ロットリンデさんの奮闘で、毛むくじゃらだった頭髪をどうにかまとめ上げ、服を上からかぶせる事に成功した。
あとは、角。
当たっただけで食器を、なます切りにした攻撃力は封じなければ、僕達がなます切りにされてしまう。
ちなみに、〝なます〟っていうのは、ロットリンデさんがダンジョンに隠れる前の時代に居た最強の剣の達人が使った技の名前なんだそうだ。
明らかにエンチャントされた魔法の攻撃力を秘めた角。
何でかしらないけど、角は最初から片側一本しかなかった。
頭の片側にだけ注意すれば良いのは、正直助かった。
といっても、このあと、ロットリンデの杖とか前髪とか僕の木刀とか、テーブルとイスと冒険者さん達の武器の全部をなます切りにしたけど。
〝魔剣封じの呪符布〟で角をどうにか封じることが出来たのは、腕輪時間で目盛り半分の時間が必要だった。
グビグビ――HP51/51!
「さ、最後の一本。ギリギリ足りた……」
僕が体に巻き付けてた、回復薬と蘇生薬は全て使い果たしてしまった。
他のみんなは擦り傷程度で済んでいる事を考えると、やはり僕の非力さは群を抜いている。
ティーナさんが見たご神託。『モンスターに襲われる』ってのは、この〝モクブーコ(仮)〟の事だったんだと、いまさら気づいた。
§
「学者様が戻ったぞー!」
外から声が聞こえてくる。
避難していた人たちが戻ってきたらしい。
外に出て行く青年達の後についていく。
ロットリンデさんの事は一応伏せてあるけど、冒険者達|(ロットリンデ隊除く)は僕達を遠巻きにしている。
「ふ~む? 何やら騒がしいですね、静粛に願いますよ。ココはキャンプ地ではあるが、神聖な大森林を間借りしているに過ぎないのですから。ふふぉふぉふぉ~♪」
「「スデットナー教授。ご無事で何よりです」」
青年と小柄な女性が、朱色の線が描かれた馬車から降りてきた白髪の学者に、かしずく。
「むっ!? この気配は――魔物かぁっ!?」
馬車と同じ朱線入りの学者コートをバサリと脱ぎ捨てる――高名な学者様。
ぬぅんっ――――学者にしては鍛え上げられた体があらわになった。
丸太小屋の入り口に居る僕達に対し、肩を向け半身になる白髪の老人。
そして、その体つきに反して、彼の放った一撃は物理攻撃ではなくイメージの奔流だった。
『沙汰砥淵燃し妙異に図我辺へ蠍寧――――』
「「高速詠唱!?」」
僕の脳裏を通り抜けていくのは、極寒の森。凍る大気。水晶みたいに透明な――
そのイメージは、周囲に冷気を漂わせ、空中に無数の氷塊を出現させた。
ソレがいまにも、ひと塊になり丸太小屋に向かって放たれようという瞬間。
僕の手をすり抜ける〝子供《モクブーコ(仮)》〟。
「(ちょっと待って、危ないっ!)」
僕の声が、耳に届かない。
コレは前にもあった現象だった。
ロットリンデさんが何か言ってるけど、まるで聞こえない。
周囲の喧騒が全くの無音と化した。
ソレは、陽光が差し込む澄んだ湖の底のようで。
『――柔笛四綱……(波ー猫步で!)』
ギシッ――――魔法行使に必要な最後の詠唱がかき消された。
パキィィィィィィィィィン!
生成されていた氷塊が砕け、森の大気へ還っていく。
「「(教授!)」」
青年と小柄な女性が立ち上がるも、一息で詰めるには遠すぎる距離。
――――突進する子供。
自分の詠唱魔法が不発に終わり、学者は近くに転がっていた鉄鍋を踏みつける。
――舞い上がった鉄鍋の取っ手を凄まじい速度で掴み、引き寄せる。
鉄鍋が布のように音もなくひしゃげる。
強大な詠唱魔法を無力化したのは、もちろんモクブーコ|(仮)だ。
そして僕には、周囲の音という音をむさぼり喰う猛獣に心当たりがあった。
ロットリンデさんもソレに気が付いたみたいで、頭の両脇に角代わりの手をくっつけてみせる。
(ボッボボッ――――ギャリギャリィィィィ!)
初撃を鉄鍋で防がれた小さな女の子が、空中を蹴って軌道を変える。
彼女に相応しい名前が有るとするなら、ソレは〝モクブーコ〟ではなかった。
魔の切れ味を持つ〝なますの角〟は封じたけど、空中を蹴り進むムチャクチャな軌道は並の冒険者に対応できるモノではない。
あー、回復薬、いや蘇生薬は残しておくべきだったかも――!
「(ぬぅん――はぁぁ!)」
声は聞こえないけど、闘気とでも呼ぶべき気迫が、目に見えた。
パシッ、くるん、すとん。
魔法詠唱を妨害し、空中で軌道を変え、死角から突進してきた怪童を事もなげに絡め取る、高名な学者。
僕達10人がかりでもアレだけ翻弄されたのに、スデットナー教授って一体何者!?
まるで子供のように抱きかかえられた、モクブー……いや、〝ファローコ〟もキョトンとしている。
「な、何者ですの一体!?」
ロットリンデさんの声が聞こえた。
成体では無いから、音を消す効果も限定的なのかも知れない。
「「…………王立魔導アカデミー唯一の……武闘派と呼ばれています」」
青年と女性の声は、どこか諦めたような響きがあった。
「武闘派? なんかティーナさんみたいな魔導師ですね……ガタブル」
「そうね、なんだか通じるモノが有りますわね……ガタブル」
僕とロットリンデさんは〝魔導固め〟を思い出して、身震いした。
初出 ノベルアップ+ 投稿日2021/3/12 3:00